キス待ち眠り姫

幽玄夢幻

キス待ち眠り姫

 可愛い彼女の佳恋ちゃんと、自室にてテスト直前の勉強会に勤しむ。

 といっても私は余裕があるので、ほとんど家庭教師に徹していた。

 私と同じ大学に合格できるよう、佳恋ちゃんには頑張ってもらわなくては。


「……ツンツンするな。鬱陶しい」


 後ろから柔らかい脇腹やふくらはぎを愛でていると、ジト目で睨まれてしまった。

 だが子猫ちゃんみたいにキュートなお顔なので、全然怖くない。


「だって暇なんだもん」


 華奢な体を抱きしめて頬ずりする。

 シャンプーの甘い匂いが芳しく香り、高めの体温が心地良い。


「暑苦しい。離れろ」

「えー。でも全然ペンが進んでないじゃん」

「ぅ……それは澪が邪魔するから」


 佳恋ちゃんは私にもたれかかってきた。

 フワフワした猫っ毛にくすぐられる。


「ちょっと息抜きする? 朝から頑張ってるもんね」

「そーする」

「はい、ぎゅー!」

「うわっ」


 佳恋ちゃんを抱きしめたまま、一緒にカーペットに倒れ込んだ。


「もー、苦しいってば。はーなーせっ!」

「離しませーん。佳恋ちゃんったら、ずっと勉強してばっかりで全然構ってくれないんだもん」

「勉強してるんだから当たり前でしょ」


 佳恋ちゃんは口答えをしつつも、観念したように大人しくなった。


「えへへ、いい子いい子」


 私の腕に行儀よく収まっている佳恋ちゃんをワシャワシャする。

 佳恋ちゃんは満更でもなさそうに撫でさせてくれた。


「痒いところはありませんか」

「澪のウザさが歯痒い」

「おっ、言ったなー」

「うぐっ、なにをする」

 

 私は佳恋ちゃんをカーペットに組み伏せると、馬乗りになって覆いかぶさった。

 細い両手首を掴んで押さえつけ、降参のポーズを取らせる。

 そして呆然とした様子で固まっている佳恋ちゃんの腋を、思いっきりくすぐった。


「くふっ!? うひっ、ちょっと……ん ふふ、やだぁ!」


 少し蒸れた腋に指を細かく蠢かせる。

 すると普段はクールな佳恋ちゃんは破顔して嬌声を上げ、なまめかしく身体をくねらせるのだった。


「どうだ、参ったか!」

「もうっ、お願い、やめ……ぁ、んっ……」


 息も絶え絶えに懇願される。

 私の指に合わせて悶える佳恋ちゃんを見下ろしていると、少しずつ悶々とした気持ちが湧いてきた。

 歯止めが効かなくなる寸前でやめておく。


「ハァ……ハァ、疲れた……もうっ」

「あはは、ごめん。やりすぎたかも」


 くすぐりから解放された佳恋ちゃんは、馬乗りする私の下で力なく寝そべり息を荒げていた。

 しっとり汗ばんだ頬をむにむにする。


「かわいいねぇ。食べちゃいたい」

「うぅ……いい加減下りろよぉ」


 細い顎の輪郭を指先でなぞり、柔らかい首筋まで伝わせる。

 そこからゆっくり華奢な鎖骨を辿って、なだらかな胸のラインに触れた。


「……すーぐエッチなことする」


 佳恋ちゃんは寝そべったまま、抵抗するでもなく睨んできた。

 しかし正真正銘の彼女である私が構うことなんてない。

 ブラジャー越しに感じるささやかな膨らみの感触を、ツンツン堪能した。


「脱がせていい?」

「駄目」


 ピシャリと言われ手を払いのけられる。

 私は諦めて佳恋ちゃんから下りた。


「ほんと好きだね、そういうの……私が告白するまで、女の子好きじゃなかったくせに」

「佳恋ちゃん可愛いんだもん」

「褒めてもなんもでませんよ」

「んちゅー」

「やめろ」


 唇を突き出して迫ると、腕を突っ張られて拒まれた。


「受験が終わるまで我慢してってば」

「えー、なんでさ」

「だって私も我慢できなく……いいから!」


 佳恋ちゃんは勢いよく体を起こし、ペンを握りテーブルに向かった。

 それから黙々とテキストに取り組み始めたのだった。


「がんばえー」


 手持ち無沙汰になった私は、佳恋ちゃんの真剣な横顔を眺めながらスマホをいじっていた。

 しかしふと佳恋ちゃんはシャーペンを置くと、伸びをしながら大きく欠伸した。


「澪のせいで集中力が切れたんですけど」

「そりゃ申し訳ない」

「休憩する。ふわーあ……なんかオヤツ出してよ」

「はいはい。なにかあったかな」


 可愛い彼女の小腹を満たすため、私はよいしょと腰を上げてキッチンに向かった。

 といっても、我が家にオヤツらしいものはあまりない。

 お湯を沸かしつつ、どうしたものかと思いながら冷蔵庫を開ける。

 仕方ないので毎朝トーストに塗っているベリージャムを小皿に盛り、お茶請けとすることにした。

 ロシアンティーと呼べば聞こえはいいが、ただのズボラである。


「おまちどーさまー」


 保温用のポットに移した紅茶とジャムの小皿を、可愛い彼女お待ちかねの部屋に運ぶ。

 だが可愛い返事は帰ってこない。

 おや、と思いながらトレイをテーブルに置く。


「すぅ……」


 佳恋ちゃんはカーペットの上で子猫のように丸まり、スヤスヤ眠っていた。


「あらら」


 物音を立てないよう隣に腰を下ろし、間近から観察する。

 無防備であどけない表情が愛くるしい。


「紅茶が冷めちゃいますよー」


 起こそうかとも思ったが、もう少し寝顔を眺めていたい。

 なので私は傍らで紅茶を嗜みながら、眠り姫が目覚めるまで待つことにした。


 ジャムをすくったスプーンの先を舐め、舌に広がった甘酸っぱさを味わう。

 そこに温かな紅茶を流し入れると、鼻を芳醇な香りが抜けていった。


「ぐっすりだね」


 カップを置いて、佳恋ちゃんの顔に垂れた髪を耳にかけてあげる。

 むず痒そうに口元を動かす佳恋ちゃんに、クスッと笑ってしまった。


「寝てる場合じゃないと思うんだけどな。全然数学進んでないし」


 ほっぺをツンツンしても起きる気配はない。


「早く起きないとお仕置きしちゃうよ」


 スマホで可愛い寝顔を激写する。

 シャッター音にも反応はない。

 なるほど、佳恋ちゃんは眠りが深いほうなのか。

 一つ勉強になった。


 さてどうしたものかとジャムを舐めながら思案する。

 叩き起こしてもいいのだが、もっとこの状況を楽しまなければ勿体ないだろう。


「……ちゅーしちゃおっかな」


 ぽつりと聞こえるように呟いてみるも、佳恋ちゃんは安らかに眠り続けている。


 軽い気持ちだったのに急に胸が高鳴って、頭が熱くなった。

 私の荒い息遣いで起こさないかと緊張しながら、身を屈めて佳恋ちゃんに迫った。


 相変わらず可愛い顔。

 ……好きな子の唇。


 躊躇いはすぐに消えて、私は誘われるようにキスをしていた。

 唇の先端同士が触れ合い、ぴとりと表面張力で吸い付く。

 佳恋ちゃんの微かな鼻息に、頬の産毛の一本一本が撫でられる……私の心をざわめかせる。


「んん……」


 佳恋ちゃんが一瞬呻き、身じろぎした。

 私はキスしたまま硬直する。


 すぐに寝息は規則正しいものに戻った。

 それを確認して、今度は更に唇を密着させる。


 起こしてしまうかもしれないという警戒心は、次第に薄れていった。

 代わりに強い興奮が押し寄せてくる。

 もっと佳恋ちゃんを味わいたい。

 初めてのキスの快感に、今まで体験したことないほど欲望を駆り立てられる。


 唇を少しだけ大胆に押し当てると、ぷるんとした弾力が返ってきた。

 優しく唇で挟んでみれば、とろけるような潤いのある感触がする。


 夢中になって佳恋ちゃんを貪るうちに、段々意識が朦朧としてきた。

 私は欲望のまま舌を差し出し、佳恋ちゃんの唇の隙間に忍ばせる。

 そして少しずつ奥のほうまで侵入していった。


 慎重に口内を探り回す。

 熱く濡れた粘膜の生々しい感触で、頭が熱くなり脳が融けそうになった。

 眠る佳恋ちゃんに悪戯しているという背徳感が、興奮を際限なく加速させる。


「んぐっ……ぅう……」


 キスで苦しくなったのか、不意に佳恋ちゃんが呻いた。

 私は慌てて体を起こし、佳恋ちゃんから離れる。

 佳恋ちゃんの口の周りは私の唾液で濡れていた。


「……ん……あれ、寝ちゃってた」

「お、おはようございます」


 佳恋ちゃんは目を擦りながら体を起こした。

 私は慌てて居住まいを正す。


「おはよ……ごめん、なんか眠たくて」

「昨日は遅かったの? 勉強?」

「いや、昨日はあんまりしてないよ。ただ……楽しみだったから、澪ちゃんの部屋に来るの」


 佳恋ちゃんはニヘヘと笑い、恥ずかしそうに俯いた。

 その無邪気な表情に罪悪感が湧いてくる。


「あ、ごめん。涎垂らしちゃったかも」


 佳恋ちゃんは自分の唇の端を舐める。

 それから口をモゴモゴさせると、小首を傾げた。


「いいよ。気にしないで」

「んー? うん。あれ、それなぁに?」


 佳恋ちゃんはテーブルに置かれた小皿に目を向けた。


「ジャムだよ。ロシアンティーっていってね、ジャムを舐めながら紅茶を飲むの」

「へー、おしゃれ」


 佳恋ちゃんは早速スプーンを手に取り、ジャムをすくって口に含んだ。

 その瞬間、ピタリと動きを止めて目を見開いた。


「どしたの? 酸っぱかった?」

「この味……」


 佳恋ちゃんは小さく呟くと、スプーンを置いて私を睨みつけてきた。


「ねぇ……寝てるときチューしたでしょ」

「してないです」


 そういえばジャムを舐めてからキスしたんだっけ。

 私はそっぽを向きながら紅茶を飲み、己の迂闊さを呪った


「うそ! だって起きたとき、このジャムの味が口の中でしたんだもん! 私が寝てるときにチューしたんでしょ!」

「……そんなに怒んなくていいじゃん。彼女なんだから」

「そうだけど! そうじゃなくて……ファーストキスだったのに」


 佳恋ちゃんはムスッとした表情でジャムをパクリと食べ、紅茶で流し込んだ。


「楽しみにしてたのに……私の知らない間にするなんて」


 涙目で睨みつけられタジタジになってしなう。


「ま、まだ今なら間に合うんじゃない? えっと、する?」

「ロマンチックな雰囲気じゃないとやだ!」



 佳恋ちゃんはそう言って、完全に機嫌を損ねてしまったのだった。





 三日後、無事にテストを終えた私たちは、テストを頑張ったご褒美にケーキパーティーを開催していた。

 テーブルにズラリと並べられたミニケーキを前にして、佳恋ちゃんは頬を綻ばせている。


「佳恋ちゃん、お疲れさま」

「お疲れー、ありがと澪」


 お互いにティーカップを掲げ、戦勝の前祝いをする。

 佳恋ちゃんはテストの出来に、未だかつてないほど手応えを感じているとのことだった。


「澪さまのお陰ですよ。頭も上がりません」

「フハハ、崇めるがいいぞ」

「天才! 澪さま万歳!」


 そう声高に称えつつも、佳恋ちゃんの視線はもうケーキにしか向いていなかった。

 自分の皿に載せたチーズケーキを、フォークで大胆に崩しにかかる。


「美味しい?」


 私は呆れて笑いながら問いかけた。


「んーっ、おいひい!」


 佳恋ちゃんは頬に手を当てながら笑みを浮かべていて、ご満悦の様子だった。


「へー、あのお店ってチーズケーキも美味しいんだ」

「一口どーぞ」


 そう言って佳恋ちゃんはフォークに載せたケーキを差し出してくる。


「お、いいの? 間接キス」

「ご褒美です」

「やった」


 遠慮なくパクつかせてもらう。

 チーズの濃厚な香りと爽やかな酸味のマリアージュがとてもよろしい。

 紅茶もよく進みそうだ。


「うま」

「ショートケーキも食べちゃおっと」


 のんびりパクパクしていると、私の好物が遠慮なく取られてしまった。

 可愛い彼女だからギリ許せるが、ちょっとムッとしてしまう。


「ねぇ佳恋ちゃん、私もっとご褒美ほしーなー」

「自分で食べなよ。はいどうぞ」


 一口差し出され、パクリとする。

 甘くなめらかなクリームと、フワフワしたスポンジが幸福感をもたらしてくれる。


「足りない。もっと」

「えー、私のぶんがなくなっちゃう」


 そう言いつつも今度はイチゴを渡してくれる。

 この子は天使かもしれない。


「ケーキはもういいよ」

「え、もっと食べたいんでしょ?」

「んーっ」


 私は唇をすぼめて突き出し、指で示してみせた。


「なに、肛門のジェスチャー?」

「ご褒美のチューは?」

「……えー」


 佳恋ちゃんは戸惑いの表情を浮かべていた。


「私、勉強いっぱい教えてあげた」

「それはそうだけど……」

「ケーキも私のバイト代」

「ぅ……うん」


 恩着せがましく言うと、佳恋ちゃんはフォークを置いて恐縮してしまった。

 申し訳ないと思いつつも、少しくらい我儘を言わせてもらうことにする。

 だって彼女だもん。


「今日は佳恋ちゃんからチューしてほしいなー。ちょっとチュってしてくれるだけでいいから」

「ぅぅ、もちろん、感謝してるけどさぁ」


 佳恋ちゃんは目を泳がせながらモジモジしていた。


「……チューするの嫌?」

「えっ!? い、いやそんなことないよ! ただ……恥ずかしいっていうか、まだ心の準備ができてないっていうか……私たちには早い気がするというか」

「私たちの仲はまだまだってこと?」


 落ち込む素振りをしてみせると、佳恋ちゃんは慌てたようにブンブン首を振った。


「違うっ、そうじゃなくて! その、だからさ……何回も言うけど、そういうのは高校を卒業してから。ねっ?」

「もー、なんで卒業にこだわるの? 別にキスくらいいーじゃん。普通の男女カップルでもしてるよ」

「うぅ……だって……」


 佳恋ちゃんは身を縮こまらせながら呟く。


「まだ恋人みたいにイチャイチャしてたいもん」

「へ?」


 一瞬、言っていることが理解できずポカンとしてしまった。

 しかし段々とニヤニヤが込み上げてくる。


「ふーん。チューしたらイチャイチャできなくなっちゃうんだ」

「……うるさい」

「佳恋ちゃんってムッツリだもんねー」

「うっさいってば!」


 佳恋ちゃんは顔を隠すようにカップを傾け、紅茶を一気飲みした。

 可愛い反応を引き出すことができて、私はニコニコしていた。

 でも、もっと見てみたくなる。


「ご褒美くれないと、卒業する前にどっか行っちゃうかもなー」

「え……」


 佳恋ちゃんは不安げに短く声を漏らした。


「ほら、私ってモテるじゃん? 別に私は男の子が相手でも平気だし」

「……うぅー」


 佳恋ちゃんは唇を噛み、上目遣いで睨みつけてくる。


「分かったって……すればいいんでしょ、キス!」

「素直でよろしい」

「もーっ、澪のバカ! 私だってしたくないわけじゃないのに。私たちのことを考えて我慢しようって言ってるのに!」


 恨めしげな視線を向けられるも、可愛い顔のせいで全然怖くない。


「はいはい」

「ほら。目、瞑ってよ」


 プンプンしている佳恋ちゃんを微笑ましく思いつつ、仰せのままに目を閉じた。

 衣擦れの音で佳恋ちゃんが少しずつ近づいてくるのを感じながら、必死でニヤけを抑える。


 肩に両手が乗せられた。

 シャツ一枚越しでも、手の平の体温が伝わってくる。


 少しずつ迫ってくる佳恋ちゃんの呼吸は、浅く早かった。

 緊張しているのか、それともキスで興奮しているのか。

 今、佳恋ちゃんがどんな顔をしているのか心の中で思い描きながら、私はキスを待ち受けた。


 鼻先に香るのは甘酸っぱい匂い。

 唇に触れたのは瑞々しい感触。

 私はそれを舌先で受け入れ、前歯で軽く噛み……潰す。

 溢れ出てくるイチゴの果汁を、私は口いっぱいに味わった。


「ざ、残念でしたー。イチゴ美味しいですねー」


 口移しでイチゴを食べさせてきた佳恋ちゃんは、耳まで真っ赤になっていた。

 汗が滲んだ顔をパタパタ手で扇いでいる。

 しかしどこか得意げな表情で、してやったりとでも言いたげだった。


「ケチ」

「はいはい、ご褒美はおしまいです。イチゴで我慢してください」


 イチゴをもぐもぐしながら、私は不貞腐れてみせた。


「ふん。佳恋ちゃんにキスしてもらえると思って、楽しみにしてたのになぁ。めっちゃ入念に口臭ケアもしたのに」

「アハハ……ごめんごめん。えっと、その、卒業したらいっぱいしてあげるから……ね?」

「はぁ。分かった、我慢するよ」


 溜め息をつきつつ、諦めることにした。

 佳恋ちゃんのお茶目な一面が見られただけでもヨシとしよう。

 そう思いつつ私は腰を上げた。


「ちょっとコンビニ行ってくる」

「え?」

「コーヒー飲みたいから」

「ぁ……うん」


 佳恋ちゃんは叱られた子供のように小さく細い声で返事をした。

 一人になるのが寂しいのかな?


「佳恋ちゃんもなんかいる?」

「ううん。いい」

「はーい。行ってきます」

「……ちょっと待って!」


 部屋を出て行こうとすると、後ろから呼び止められた。

 驚いて振り向くと同時に、佳恋ちゃんは立ち上がって私の手を握ってきた。


「ん、どうしたの。一緒に行く?」

「いや、そうじゃなくて……ごめん、怒ってるよね? せっかく澪がよくしてくれたのに、なんもお返しできなくて……恋人らしいことできなくて」


 泣きそうな声で謝罪され面食らってしまった。


「あぁ、いやいいよ。別に怒ってるわけじゃないから。佳恋ちゃんにチューしてほしくて、わざと恩着せがましくしただけ。ごめんごめん、気にしないで」

「でも……」

「もー、いいから。ね? そうだ、プリン買ってきてあげる」

「……お腹いっぱいになっちゃうよ」


 佳恋ちゃんは涙目で私を見つめていた。

 少し意地悪しすぎたな。

 反省しつつ、私は佳恋ちゃんを宥めてコンビニへ行くのだった。





 佳恋ちゃんの分のカフェオレも買ってきて、自室に戻る。


「ただいまー」


 声を掛けても返事はなかった。

 佳恋ちゃんはベッドの上に仰向けで寝そべっている。



「あれ、また寝ちゃったの?」


 レジ袋を置いてベッドに向かう。

 佳恋ちゃんは目を閉じてじっとしていた……なにかを待ち受けるように。

 私は自分の口角がニヤリと持ち上がるのが分かった。


「えー、まだパーティーの途中なのに。つまんないの」


 佳恋ちゃんの目蓋は細かく震えていた。

 もしかすると薄目を開けてこちらを窺おうとしているのか。

 表情が強張っているので、寝たフリをしているのはバレバレだった。


「つまんないからチューしちゃおっかな」


 佳恋ちゃんの傍らに腰掛け、頬をそっと指先でなぞる。

 ビクッとして身体を震わせるものの、まだ目は瞑ったままだ。


「寝てる佳恋ちゃんが悪いんだからね。昨日、あれだけ文句言ってたくせに、無防備なんだから」


 佳恋ちゃんに覆い被さり、耳たぶを舐めてしまいそうなくらいの距離で囁きかける。

 佳恋ちゃんは目をギュッとつぶった。


「ふふ、寝てるから聞こえないか」


 佳恋ちゃんと体を密着させる。

 普通なら起きそうなものだが、佳恋ちゃんはわざとらしい寝息を立てるだけだった。


「ほっぺから食べようかな」


 佳恋ちゃんのスベスベした頬に、綿あめでも食べるように唇でかぶりつく。


「ん……おいひ」


 唇はそっちのけで、佳恋ちゃんの柔らかな頬を堪能する。

 佳恋ちゃんはもどかしそうに口をモゴモゴさせていた。


「あれ、なんかケーキの味がする」


 舌を少しだけ伸ばして、口の周りをチロチロ舐める。

 唇には触れず、輪郭だけをなぞるように。


「中はもっと甘いのかな。そういえば歯磨きしないで寝ちゃったんだよね。虫歯になっちゃう。私が綺麗にしてあげようかな」


 佳恋ちゃんの両肩を掴みシーツに押し付ける。

 その瞬間、佳恋ちゃんは目を大きく見開いた。


「……そういうのじゃない!」

「おはよ」


 ムスッとした顔で睨まれる。

 私は佳恋ちゃんを解放した。


「駄目じゃん、王子様にキスされるまで寝てなきゃ」

「身の危険を感じたんだよ……普通にキスしてほしかったのに」


 佳恋ちゃんは恨めしそうに言う。


「ごめんごめん、冗談だよ。急に可愛いことするから、ちょっと意地悪したくなっただけ」

「ホントかなぁ。口の中を隅々まで舐められるかと思ったんだけど」


 私は笑いながら佳恋ちゃんの額をそっと撫でた。


「ごめんね、佳恋ちゃん」

「え? 急になに」

「無理させちゃったよね、恥ずかしいのにキスさせようとしてくれて」

「……うん」


 佳恋ちゃんは気まずそうに目を逸らした。


「もうワガママは言わないよ。佳恋ちゃんの嫌がるようなことはしないから」

「そう」

「約束する。嫌われたくないもん」


 佳恋ちゃんは唇をキュッと結び、私のシャツの裾を掴んだ。


「それって、しばらくキスとかしないってこと?」

「え? うん。佳恋ちゃんが言ったんじゃん、卒業までキスしないって」

「……うん、そうだけど」


 佳恋ちゃんは歯切れ悪く頷いた。


「えっと、してもいいってこと?」

「だめ……恥ずかしい」


 急に面倒くさい女ムーブをされる。

 私が男みたいな性格をしているから、そう感じるだけだろうか。


「じゃあこうする?」


 私は佳恋ちゃんを抱きしめた。


「うわ、なに?」

「お昼寝しよ」


 佳恋ちゃんを脚でも挟んで捕まえる。

 そのまま毛布を引き寄せて二人でくるまった。


「もしかして、私が寝てる間にチューするの?」

「そうだよ。それなら恥ずかしくないでしょ?」

「うーん、そうかもだけど」

「駄目?」

「……いいよ」


 佳恋ちゃんは私の胸に顔を埋めてくる。

 私も佳恋ちゃんを抱き締め、二人で眠りに就くのだった。





「んちゅ……んっ、ぷはぁ」


 存分に佳恋ちゃんのお口を堪能し終えて、顔を上げる。

 二人の熱い吐息が混ざり合う。


「ご馳走さま」


 目蓋を閉じたままの佳恋ちゃんは頬を紅潮させていて、額には汗で髪が張り付いていた。

 毛布の中は蒸れていて、太もも同士がヌルヌル滑るのが気持ちいい。


「あれ、まだお目覚めじゃないの?」


 身体を起こし、しっとりと色っぽくなった佳恋ちゃんを見下ろす。

 体が熱く、胸が苦しい。


「じゃあ、もうちょっと遊んじゃおっかな」


 佳恋ちゃんの呼吸はより早くなった。

 なにか期待しているのか、少し身じろぎをする。


「綺麗な脚」


 ツヤツヤしている脚に手を這わせる。

 お人形さんみたいに細いのに、薄い脂肪の層があって触り心地がいい。


「太ももモチモチ」


 スカートの下へと手の平を滑らせる。

 指を食い込ませて揉みしだき、おっぱいとも違う感触を楽しんだ。


「おいしそう……あむ」

「んっ……ぅ」


 柔らかい内股にかぶり付いて、しょっぱい肌に舌を這わせる。

 佳恋ちゃんは両脚をモジモジさせて悶えていた。


「パンツ見ちゃお」

「ん……」

「見るね」

「んん……」


 スカートをペロンとめくる。

 前に私が選んであげた、薄桃色で花柄レースが可愛いパンツとご対面する。

 私の部屋に来るから穿いてきてくれたのかな……嬉しくなって指でつついた。


「こんなになっちゃったんだ……キスしただけなのに」

「……っ! やだ!!」


 いきなり佳恋ちゃんは私の顔を蹴り飛ばした。

 そして勢いよく両手でスカートを押さえる。


「oh……食らったぜ」

「見るなよそんなところぉ……バカぁ……」


 佳恋ちゃんはうずくまって私を睨んでいた。


「ご、ごめんごめん。嘘だよ。濡れてるか分かりにくい素材だし」

「え?」


 佳恋ちゃんはスカートをめくり、股を確認した。


「ほんとだ」

「ねっ?」

「ならいいけど……いいよ、見るだけなら」


 佳恋ちゃんは吹っ切れたように大股を開いて、私にパンツを披露してくれた。

 しかし私がスマホを取り出すと、パタンと閉じられてしまう。


「澪はどうなの?」

「え?」

「私とチューして濡れてくれた?」


 佳恋ちゃんはボソボソと訊いてくる。


「さぁ」


 私はスカートの裾をつまんでみせた。


「確認してよ」

「……うんっ」


 佳恋ちゃんは私のスカートを震える手でめくってくる。

 そして私のパンツを覗いて、大きく息をついた。


「……別のにすればよかった」

「澪っ……」


 佳恋ちゃんは私に抱きついて、キスをしてくる。

 さっきまで恥ずかしがっていた割には激しく、私の舌を吸い出してくる。


「んんっ……待って、苦しい」


 私は澪の肩を叩くが、解放してもらえない。


「駄目だよ、彼氏のキスを嫌がったら。私のファーストキスなんだから我慢して」

「起きてたじゃん」

「うっさい! ……もっとビチョビチョにしてやるから」


 佳恋ちゃんは日頃の鬱憤を晴らすように、私を激しく責め立ててきた。

 いつも体育で着替えるとき、じっと凝視している胸を遠慮なく鷲掴みにしてくる。


「……ねえ、あんまり見ないでよ」


 私のシャツのボタンを外しながら、佳恋ちゃんはポツリと言った。


「え、恥ずかしいの?」

「うん……あんまり、今の顔を見ないでほしい」


 興奮でだらしなく緩んだ顔でお願いされる。


「いいよ、分かった。目、つぶっててあげる」

「うん……」

「なんでもしていいからね?」

「うん……ありがとう」


 私は目をつぶった。

 佳恋ちゃんは優しくキスしてくる。


「……大好きだよ、澪」


 そう言ったきり、佳恋ちゃんは私の首筋に顔を押し付けて全身を発熱させ、じっと動かなくなってしまったのだった。

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