引きニートの妹が俺とラブコメするために仕組んだ異世界転移

浅見朝志

仲良し兄妹

朝、家から出たら外が別世界だった。


……突然なにを言い出すのかって? 


でも、それ以上表現のしようがないんだよ。

朝、いつもの通り高校に行こうとしたら、俺の目の前に広がっているのは地平線まで見渡せそうな草原だったんだ。

俺がそれまで住んでいた住宅街がすっかり消失してしまっているではないか。


「あー、俺まだ寝てんのか? 夢だろ?」


頬をつねる。

結構な力を込めた。

ギュ~~~ッと


──痛い。


「……おいおい、マジかよ」


夢じゃないのか?


「おーいっ、ツキちゃんっ! 外がエラいことになってんぞっ!」


俺は家の中に向けて叫んだ。

返事はない。

我が家の妹ちゃんはまだ爆睡中のようだ。


「……仕方ねぇ」


ドアを閉め靴を脱いで室内へと引き返す。

階段を上って目的の場所──【The 妹】というふざけたボードがドアに掛けられたその部屋の前に立った。


「起きろ、ツキちゃん」


ドアをノックする。返事はない。


「ツキちゃーん、起きろー。ツキコ、おーい」


ドアの奥からはやはり返事がない。


「マジで緊急事態だし、入るからな」


鍵はかかっていないことは知っている。

数年前に両親を亡くしてからは兄と妹のふたり暮らしだ。

互いに支え合ってきて生きてきたからこその信頼関係を築けているといえる。


……いや? 主に支えてるのは俺の方だなぁ?


なにせ、


「……うっわ」


ホラ見ろ、ゴミ部屋だ。

床に散乱するポテチの空き袋、残飯、ペットボトル。

それにレンチ、ドライバー、ネジ類、果ては溶接用の被り面……などなど。

3日俺が入らないだけでこのありさまである。


「まったく……この駄目妹め」


ゴミ部屋の中心で大の字に眠る我が妹、天池月子ツキコに向けて悪態をつくものの、返ってくるのは一定のリズムの寝息だけ。

いちおう美少女に分類されるだけのスペックはあるのに……

それが全部無駄になるほどのこの生活習慣のヒドさ。


……昔はただただ可愛いだけの妹だったのにな。


何をするにも俺の後ろについてきて、『おにぃ、おにぃ!』と遊びたがってきて、甘え上手で……だからこそ俺もとても可愛がってきた。

それが今となってはこの惨状。

嗚呼ああ、卒倒したい。


「起きろツキコ」


俺はその部屋のカーテンを開け、窓も開ける。


「……うっ、うぅ……」


陽の光が部屋に差し込むと、寝ている妹が苦しそうにうめき出した。

まるで朝日が弱点の吸血鬼だ。


「……あ? なんだこれ」


妹の部屋の隅には見慣れぬ大きな機械があった。

いや、装置か?

メカニックな近未来的デザインの大きな砂時計のような形をしている。


あれぇ? 

こんなもの、3日前にはなかったはずだけど?

部屋の散らかり具合を見るに、もしかして引きこもってコレを組み立てていたのだろうか?


「……いや、今はともかく、だ。おいツキちゃん。起きろ」


「……」...スヤスヤ...


「ツキちゃん、ツキコ! 起きなさいって!」


「う……うーん……おぃ……?」


「はぁ、ようやく起きたか。おはようツキちゃん」


「……んん……してくれ」


「……え?」


「……チューしてくれ……したら起きれる……」


「は? 嫌だが」


「……チッ、出直してこいや」


ツキコは俺の呼びかけにシッシと蚊でも追い払うようにあしらうと、寝返りを打った。

うつ伏せに、窓から入る光に背を向ける。


「……」


……いや。『出直してこいや』じゃねーんだよな。


ムギュリ。

俺は寝転がる妹のケツを踏んづけた。


「いいから起きんかいっ、この駄目妹! 外が大変なんだよ!」


「ふぎゃっ!?」


我が妹ツキコは16歳。

生活習慣オール赤点の引きこもりでニート、略して引きニートある。


……まあ、引きニートであることをとやかく言うつもりはない。


ツキコは学校に適応できる子じゃなかった。

気弱、コミュ障、1人好き、ギフテッド……

さまざまな原因があった。

それゆえに友達もできず、平日はいつも辛そうで……

だから俺は背中を押すことなく、学校なんざ行かなくていいとその首根っこ掴んで家に引き戻したんだ。


……ツキコは家族で、俺の大切な可愛い妹だ。


普通の人生?

安定の将来?

知ったことか。

我が妹が今この瞬間の人生を笑顔で歩めるならそれでいい。

障害が立ち塞がるなら、そんなものは全部俺がなんとかしてやる。

そんな考えで、俺は妹の気持ちを尊重してきた。


まあ要は、妹が引きニートの一因となったのは俺なわけだな。

とはいえ、だ。


「人として駄目になっていいとはひと言も言ってねぇぞっ! お前はいつになったら昼夜逆転の生活を直すんだっ! あと部屋は自分で片付けろと何度っ!」


「あっ、朝から妹ちゃん踏んづけながら説教とはトチ狂ったかおにい!」


「ほら、はよ立て!」


「ぐえっ!」


俺はツキコの脇に腕を差し込んで無理やり立ち上がらせると、そのまま歩かせて下の階に連行する。


「もぉ……なんなんだよぅ、こんな早朝にどこに連れてこうってんだよぅ……」


「もう朝の8時だっつーの。家の外に出るんだよ」


「朝から外って……はぁ。陽キャかよ」


「一般人だわ。大体の人は朝起きて活動して、そんで夜帰ってきて寝るんだわ」


「ならいっしょに陰キャやろうぜ、生の妹が添い寝で癒しASMRをするからさ、お兄もいっしょにGO TO BEDして惰眠を貪ろうよ……」


「惰眠を貪ってる場合じゃないんだって。ついでに通学してる場合でもない」


俺は玄関までローテンションなままの妹を引っ張ってくると、その目の前でドアを開けて見せた。


「ほら、見ろよ! 外の景色が……住宅街じゃなくなってるっ!」


「わー、ホントだ」


「周りに何もない! 見渡す限りの草原だ!」


「いやぁ、成功するもんだなぁ」


妹は気の抜けたような声で返す。

まるで動じていない様子だ。


……ん? 


というかいま、なんて言った?


「ツキちゃん? いまもしかして『成功するもんだなぁ』って言った?」


「へっ? あ、言ってない、言ってないよ?」


にへっ、と。

妹は何かを誤魔化すような笑みを向けてくる。


「いやしかし大変だ、こんな"異世界"に転移しちゃうなんて」


「は?」


「これからはよりいっそう兄妹きょーだい愛を深め合い、互いに支え合っていかないと!」


「は?」


「ってことで、はい。これ婚姻届けね。ここは異世界なので血縁とか関係なく結婚OKなんだよね、これが」


「はぁ?」


いつお前が俺を支えたって?

それに結婚だぁ?

って、違う違う。

問題はソコじゃない。


「ツキちゃん、いま"異世界"って言った?」


「うん、言ったよ?」


「異世界って、あの最近のアニメでよく見る?」


「そうだよ。ステータス、オープン!」


すると、妹の前に突然、ゲームによくあるような四角いステータス画面が現れる。


名前:アマチ ツキコ

職業:天才発明家

HP:3 / 3

MP:3 / 3


いやいや、

本当に出るのかよ……!

てことは、ここって本当に異世界……!?


「どうよ。お兄も出せると思うよ?」


「マジで? ステータス、オープン」


名前:アマチ ヨウタ

職業:兄

HP:30 / 30

MP:24 / 24


「ホントだ、出た──って、"職業:兄"ってなんだよッ!!!」


「やっべ」


「『やっべ』じゃねーよ、おいツキちゃん、ひょっとしてお前……」


「なっ、なんだとうっ? 私が何をしたって言うのさっ?」


「何かしたのか?」


「な、なにもしてない……よ? それに、どうしたらこんな状況を創り出せるというんだっ!」


「……ツキちゃんの部屋にあった巨大な装置」


「っ!!!」


鎌を掛けたら見事に妹の目が泳いだ。

分かりやすっ!


「やっぱりな……ツキちゃんお前、またワケわからんものを"発明"したなっ!?」


「くぅっ……!」


「今なら怒らないで聞いてやる。白状しなさい」


「うぅ……そうですよ、この状況は私、天才発明家の妹ちゃんが作った"異世界転移装置"の仕業です……」


妹は弱々しくそう白状した。


──自称している通り、妹は引きニートではあるが天才発明家でもある。


部屋に引きこもって騒音を立てたかと思うと、空を飛べるホバーシューズだとか、みかんの皮をゴミ箱にワープさせる装置だとかを作っては俺だけに披露してくれるのだ。


「で……今回はなんで異世界転移装置なんだ?」


「……だって、お兄は今年で高校卒業でしょ」


「ああ。それが?」


「高卒で働いて、職場で出会いがあったら結婚するんでしょっ?」


「ん? いやそうとは限らないと思うけど……」


「でもっ! 学生と社会人はもう違うじゃんっ! 将来のこととか、家庭のこととか考え始めるじゃん……」


気付けば妹の目の端には小さな涙。


「お兄が家から出ていったら、私ひとりでどう生きればいいんだよぅ……。誰が私を起こして、掃除して、ご飯を作って……話し相手になって、愛してくれるんだよぅ……」


「ツキちゃん……」


要は、不安だったのか。

変わっていく俺たちの生活が。

自分から離れていくかもしれない、俺のことが。

だから異世界にまで逃げてきて婚姻届けまで用意した、と。


「……ツッコミどころはたくさんあるが、とりあえず、」


俺は妹の頭の上に、優しく手を置いた。


「高校を卒業しようが、社会人になろうが、俺がツキちゃんを放ってどこかに行くわけないだろ。ちゃんとお前が自立するまで、俺はツキちゃんの側に居るよ。絶対にだ」


「お兄……ほ、ほんとに?」


「あったりまえだろ。俺を誰だと思ってる? ツキコのお兄ちゃんだぞ」


「~! お兄、大好きだーッ!!!」


勢いよく、妹が抱き着いてきた。

その頭を優しく、ヨシヨシと撫でてやる。


「だがな、朝は自分で起きろ。あと部屋の掃除も自分でしろ」


「……うん。善処するよ」


妹はそう言って、微笑んだ。


……絶対にやらないパターンだな。

まあなにはともあれ、笑顔が戻ったならいいか。


「さ、それじゃあ元の世界に帰ろうか、ツキちゃん」


「えっ?」


「いや、俺早く帰んなきゃ学校遅刻しちゃうし。で、どうやって帰るんだ?」


そう訊いた俺に、妹は満面の笑みを向け、


「考えてなかったや、だって異世界で生活する気満々だったし」


「えっ?」


「発明するまでちょっと待って? ね?」


なにそれ……

覚悟ガン決まり過ぎだろ……

どんだけ俺と離れたくなかったんだよ。

呆ける俺に対して、


「ま、当面の間は異世界ファンタジーを楽しもうよ。あとどうせ私はこの先も自立するつもりないし、今のうちに結婚もしておかない?」


イタズラっぽく妹は笑うのだった。




===============


引きニート、というテーマを考えていたら思いついたので書きました。

こういうひとりじゃダメ人間だけど1点特化した才能を持ってるキャラがとても好きです。


「おもしろかった」「続きも書いてほしい」など思っていただけたら☆評価やレビュー、感想などをいただけると助かります!


それではお読みいただきありがとうございました。

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引きニートの妹が俺とラブコメするために仕組んだ異世界転移 浅見朝志 @super-yasai-jin

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