30話 花田佑一郎という男は



「目が覚めた?」

いつの間にか知らない天井を見つめていた花田に、男は話しかける。

「・・・あんたか。」

花田に尾いていた監視者だった。

身体の節々が痛む。

ベッドに寝かされていたみたいだが、安物のようでとても硬い。

起き上がって周りを見渡す。

仮眠室なのだろうか、ベッドがいくつか置いてあるだけで他に特筆することもない、味気ない部屋だった。

「ここは?」

「まだ地下だよ。君が気を失ってから丸五日。とりあえずここで寝ててもらった。」

「五日!?」

思った以上に日にちが経っていて驚きを隠せない。

しかしほぼ同時に納得もした。

あんなことが起きた後だというのに、すっかり冷静になっていた自分。

体感時間は一瞬だったが、身体はもう五日も時を過ごしていたのなら、落ち着きも取り戻せるのだろう。

だが、あまりにも色々あり過ぎた。

改めて考えても謎が多すぎる。

「・・・聞きたいことが山ほどあるって顔だね。いいよ。もう隠すこともないし、なんでも聞いて。ああ、念の為言っとくともう全部思い出しても死なないよ。そういうスイッチは切ったから。」

「・・・なんでこんなこと考えたんだ。」

「こんなこと?」

「強制的に命を懸けさせるような、お前らが言うところのゲームだよ。」

「ああ・・・うーん、説明難しいなあ。大きく分けて理由は二つあるんだけど・・・一つは、見て楽しむ人たちがいるから、かな。」

「・・・は?」

「死に至るまでの過程で、人は何を考えてしまうのか。よく死の間際に走馬灯が見えると聞くけど、それは本当にあるのか。あるならば具体的に何を思い出し、考えているのか。それの計測がうちの産み出した技術で出来るかもしれないってことでね。知的好奇心だよ。」

「知的好奇心?そんな、そんなことのために・・・?」

「そんなことって言うけど画期的なことだよ。これまではせいぜい死ぬ直前の脳波を調べるくらいしかできなかったんだから。成果は企業秘密だから言えないけど。」

「ふざけるな、ただの人体実験じゃないか・・・それもちょっと興味があったからみたいな感覚で・・・!」

「まあ怒るのはごもっともだ。でも理由は二つあるっていっただろ。もう一つはもっと実益を兼ねてるから安心してよ。」

何が安心なのかと怒鳴り散らしたい気持ちを抑え、問いかける。

「・・・それは?」

「薬の開発。」

「薬って・・・いよいよ人体実験だろ・・・。なんの薬?」

「メンタルのほうのね。端的に言えば、鈍感になれる薬かな。」

鈍感?

そんな薬に価値があるのか?

疑問が湧き出るが、女性の声が割って入ってくる。

「そこから先は私が説明したほうがいいですか。」

「ああ、そうだね。君の分野だものね、よろしく。」

案内人だったスーツ姿の女性。

ここまで聞いてもなお、飲み込めない。

「ぼくと彼女はそれぞれ別の会社に所属するもの同士なんだ。薬の話は、彼女の会社の分野。」

「協業体制でこの企画は開始しました。彼らの会社は思考回路の観察を、私たちの会社は薬の開発を目的に。思考回路のお話は先ほど彼が言った通りです。薬については、厳密に言えば精神疾患を防ぐための薬の開発です。」

「・・・鬱とか、適応障害とか、そんな話?」

「その通りです。いわゆる神経の太さ、細さは人によって千差万別です。ストレス耐性が強い人もいれば、弱い人もいる。中には大きな負荷がかかって心を壊してしまう人がいます。そういった方々は大抵、外圧に敏感なものです。それを和らげるために、鈍感になれる薬が必要だと考えているのが当社です。」

「それと・・・こんな企画を通すことに、なんの関係があるんだよ。」

「負荷がかかっても変わらず鈍感でいられた人、そういう人の脳を研究対象にして観測し、必要な情報を抜き取る。簡単に説明するとこういうことです。」

「・・・もっと、やりようがあったんじゃないか。なにもこんなに人を死なせなくても・・・。」

「色んな人がいます。色んな思惑があるんです。物好きの娯楽も混じっているでしょう。参加者の皆さんには気の毒ですが、色んな人にとって必要なことでした。」

「気の毒なんて言葉で済ませられるかよ!何人死んだと思ってるんだ!」

「総勢104人、あなた以外です。」

「数字の話じゃない!大勢殺しておいて、それで済むかって言ってるんだ!」

「ですから、気の毒だと思っております。」

「あんまり言わないであげてよ、彼女も心を壊した者の一人なんだ。まともに話し合っても無駄だし、なにより彼女一人を責めたらかわいそうじゃないか。」

「はあ!?」

「これは企業規模の話なんだから。それに、こういう研究にのめり込む人はそれなりに深い理由があるんだよ。彼女の場合、彼女やそのご家族も精神を病んだその当事者なんだ。ちょっとは気遣ってあげな。」

「・・・余計なことは言わないでください。」

「睨まないでくれよ。助け舟を出しただけなんだから。」

「・・・お前らの事情なんか知ったことか・・・。他人に気遣えって言うならまず自分からやってみろよ・・・。わざわざ記憶を奪って、大事にして、巻き込んで・・・。そうだよ、記憶だよ!病んじまうほど辛いことがあるってんならその記憶を消せばいいだろ!お前らにはその技術があるんだろうが!薬なんて必要ない!」

「記憶をいじったら、それはもう別人だよ。人格っていうのは、その人の経験から構成されるもので大半を占めている。じゃあその経験は基本的にどこへインプットされてるのか—————それが脳、つまりは記憶だ。経験した記憶を失うってことは人格の喪失にも等しい。たとえそれが一部であってもね。それは君が一番よくわかっているはずだ。君が生き証人みたいなものだからね。」

「おれがよくわかってる?・・・生き証人?どういう意味だよ。」

「見たんだろう。説明会で起こった最初の犠牲者のシーンを。もういいんだよ、全部思い出しても。樋口さんに感謝しないとね。あの時思い出していたら死んでたんだから。」

「・・・。」

あの時、モニターにはおれが映し出されていた。

あの映像は、見せしめのように絶命するシーンだった。

単純に考えれば、そう。

簡単な結論である。

おれがここでこうして生きていることを除けば。

「・・・おれは、生きてる、はずだ・・・。」

「そうだね、君は生きている。」

「じゃあ・・・なんなんだあの映像は。」

「花田くんが死ぬ映像だ。」

「・・・おかしいだろ、それは・・・。」

「何もおかしくない。花田くんは死んだ。君は生きている。つまり君は花田くんじゃない。ただそれだけの話。」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る