28話 もう戻れない気がする扉
目的地についたが、やはりそれらしい建物は見当たらなかった。
目印もないため本当にここがその目的地なのかさえ疑わしい。
「見渡す限り、草木でいっぱいだな。こんなところに運営本部なんてあるのか?」
「文句は鈴本に言ってよね。私だって半信半疑よ。ともかく怪しいものがないかくまなく探すしかないわ。」
空模様もかなり怪しい。
一雨くるかもしれないのでそれまでにけりを付けなければ。
雨の中の山道は危険を孕んでいるとよく聞くので、帰りのことを考えながら急いで探索を始める。
「もし実際こんなところに拠点なんて構えているんだとしたら、いよいよ何を考えてる連中なんだか。」
「記憶を消したり現場の証拠隠滅したり、現実離れした技術だしな。」
「もっと世のため人のため役立つことに使いなさいよ、全く・・・。」
攻撃的な物言いをする樋口だが、内心その実体に迫りつつあることを恐れ、緊張していた。
強気な言動でそれを緩和しようとしたが、手足や声の震えは抑え切ることができていない。
虚勢を張っていると花田にバレないことを祈る。
「・・・おい!」
呼び止められた瞬間、樋口は身体が跳ねた。
祈りが強すぎて見透かされたのか?
「これ・・・。」
どうやら違ったらしく、肩透かしを食う。
花田が指差す方向には、草木が生い茂る空間に、わずかに獣道のような隙間ができていた。
そしてその下にはわざとらしく一枚のカードが落ちていた。
「あいつももう来てるってわけね。」
「・・・俺たちへの目印のつもりなんかな。」
鈴本智広の学生証だった。
誘導されているみたいで気味の悪い話だが、いずれにしても鈴本とももう一度話す必要があると考えていたので好都合である。
隙間を縫って奥へと進むと、四方木々に囲まれながら不自然に何も生えていない謎の空間に出る。
自動車一台分の広さはあるだろうか。
地面の片隅にはうっすらと窪みが見える。
引き戸によくある、手をかけるための窪みに見えた。
花田が何気なくそこに手を突っ込み、押したり引いたり力を加えてみる。
色々試しているとガタっと音が鳴り、地面に擬態していた戸がぎこちなく横にズレていき、下に降りるための階段が出現した。
「まさにゲームの世界だな。やっぱりロクでもない連中な気がする。」
「・・・行きましょう。」
遊園地のホラーアトラクションチックで、どこか現実味に欠ける出入り口だが、入場者を楽しませる気は微塵もないことが窺える。
壁や天井は薄汚れた石畳でお化け屋敷の雰囲気を醸し出しているが、階段は降りやすいステンレスの無機質な作りだった。蝋燭でも灯されていたらそれらしくはなるだろうが、明かりには飾り気のない蛍光灯が使われている。
見事なまでにアンマッチだった。
階段を下り切ると小さなオフィスビルのエントランスを連想させる、こぢんまりとした小部屋に出た。
正面と左右の三方向に一つずつ扉が、天井の隅には監視カメラが設置されている。
「呼び鈴でもあったらどうしようかと思ったけど、来訪者なんて想定してないよなさすがに。」
「鍵がかかっていない限りはあっても鳴らさないわよ。どうせ私たちがここに来ることもお見通しでしょ。」
「それもそうか。」
花田が左の扉に恐る恐る手を伸ばし、ドアノブを回す。
ガタガタと音を鳴らすだけで、どうやら開かないようだ。
樋口は右側の扉を試したが、結果は同様だった。
二人揃って今度は正面の扉を試すと、抵抗なく開き奥へ続く長い廊下が見えた。
「直感だけど、正面に進むんだろうなって思ってた。」
花田の感想に応えはしなかったが、樋口も同じことを思っていた。
そのまま廊下をゆっくりと歩く。
特になにがあるわけでもないのに、その廊下はやけに長く感じた。
ただ長く、殺風景な廊下。
奥に見える扉が近づくにつれ、樋口の胸騒ぎが大きくなる。
人の気配がする。
あそこを潜れば、もう戻れない。
樋口の中のなにかがそう告げていたが、今更戻る気などなかった。
先頭を歩いていたのは花田だったが、気が変わらないうちにと自分を奮い立たせるため、花田を早歩きで追い越しすぐさま扉のドアノブに手をかけ勢いよく押し込む。
目に飛び込んできたのは、無駄に広い打ちっぱなしのコンクリート壁の部屋。
中央には茶色いカバーがかけられた長めのソファ。
その付近に人が、三人。
情報はそれだけだった。
異様な部屋である。
他に物は置かれていない、何のためにあるのか分からない、生活感のない部屋。
ソファの側に立っているのは鈴本。
もう一人は、そのソファに座っている知らない女性。
そしてもう一人、黒スーツを身に纏った、こちらも知らない女性。
「智広!」
部屋のことや他の人には目もくれず花田が叫ぶ。
「佑一郎、やっときたか。聞いてくれよ、水木ちゃんなかなかえげつないぞ。味方に裏切られる前に裏切ったらしい。いやあ人は見かけによらないもんだな。」
「またわけの分かんない話を・・・!」
「ちょっと落ち着いて!・・・水木って、水木唯・・・さん?」
「・・・だって、だって仕方ないじゃないですか。小寺さんは、私を利用する気満々だったんですよ・・・隠してたつもりだろうけど、私にはわかるんです!いつもそう!自分に自信がある女は、私を見て押せば折れると思って都合よく使うつもりで・・・!」
ソファに座っている女性は興奮した様子で喋り続ける。
察するに彼女が水木唯ということか。
「風間さんもそうだった!いきなり連絡取ってきて、二言目には会おう会おうって・・・。あはは、バカみたい!利用するはずだった小娘に返り討ちにあって、二人とも死んで当然じゃん!」
どうやら振り切れているらしい。
錯乱状態とも言える彼女の顔は、気の毒なほどやつれていた。
「・・・あなたもゲームクリア寸前なんですね。もうアガらせて差し上げます。」
スーツ姿の女性は水木に言い放つ。
顔にも声にも生気が籠っておらず、今にも消え入りそうで不安定な彼女が水木に顔を近づけ、何かを耳元でボソボソ呟いている。
すると水木は間もなく———————
「は・・・あはは、ははははは!はは・・・は、あ、あ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
もはや聞き馴染んでしまった断末魔。
部屋の広さからか物が少ないからか、その声はよく反響し居酒屋での阿鼻叫喚を上回る耳障りであった。
ピタっと声が止まると、水木はそのままソファで横になる。
こんなにも簡単に人が死ぬのか。
「あなたはどうですか、風間さん。一人残ってくれればいいんで、このまま帰ってくださっても大丈夫ですけど、それでも知りたいですか。」
「あんたも知ってるだろ。兄貴のことを教えてくれるなら何でもいいけど、せっかくここまで来たんだ。全部見せてくれ。」
「死ぬかもしれませんよ。」
「今更すぎるだろ。」
「・・・分かりました。」
状況が読めないことは何度も経験してきたが、今は輪をかけて意味が分からない。
樋口は身動きを取ることも声をだすこともできずにいた。
助けを求めるように隣に目をやる。
そうだ、これまでも二人でやってきたんだ。
二人ならどうにか———————
しかし花田は目を見開いてスーツ姿の女性を凝視しているだけで、微動だにしなかった。
「行きますよ、花田さんも。あ、樋口さんは帰っても結構ですよ。全部忘れたければ処置もしてあげますので仰ってください。」
「・・・は?どういう意味ですか。」
「もうあなたのゲームはおしまいということです。別についてきてもいいですけど、おすすめはしません。この場であなただけは、ついてくる理由がありませんから。」
「・・・説明になってないです。私だけ?は、他二人は理由があるっていうんですか。ここまでやってきて、散々変なことに巻き込んではいさよならって、そんな話ないでしょ!ねえ、黙ってないであなたも何か言ってやれば・・・ちょっと?」
「・・・。」
花田は樋口に目もくれない。
ずっとスーツ姿の女性を凝視して、導かれるままにふらふらと二人についていく。
「待ってよ・・・!どうしたのよ、危険よ、行ったらダメ!」
腕を掴んで呼び止めるが、その甲斐虚しく遠慮のない膂力で振り払われて吹き飛ばされてしまう。
このまま別れるともう二度と会えない。
そんな気がした。
「どこ行くのよ!ねえ・・・返事をして!戻ったら一緒に田岡ちゃんに会いに行くんでしょ!」
三人はさらに奥の扉へと進み消えていく。
樋口だけを取り残して。
「なんでよ・・・なんなのよ・・・花田!!!」
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