24話 鈍きが人を助け、鋭さが人を殺す
まずは水木を籠絡する。
ゲームの参加者となっていながら、能天気にインカレサークルの飲み会に度々顔を出すような女だ。
どうせ大して考えもない鈍感な人間だろう。
質問紙を見た印象も、冴えない女子大生といった感じだった。
だが、ある意味で見習うべき長所とも言える。
鈍感力こそが、このゲームを制する鍵である。
勘が鋭い人間ほど、思考の渦に飲まれて苦しい思いをしてしまう。
とはいえ意図的に鈍くなることなどできやしない。
世の中の風潮として、敏感であればあるほど、繊細であればあるほど、あるいは精巧であればあるほど偉く、丁重に扱われるものだ。
風間はその風潮に異議申し立てたいと常々思っていた。
いや、実際意義は頭の中でいつも唱えていた。
事態を重く受け止め、反省の弁を深刻な面持ちで述べたら偉いのか。
細部をこだわり、時間をかけて完璧な仕事をした方がすごいのか。
感受性豊かなものが心に傷を負い、病んでしまったら同情すべきなのか。
答えは全て否だ。
偉くもすごくも同情する必要もない。
皆、自分自身がそうすべきだと思ったから、そういう生き方をしてきたからそうしているだけで、要するに自己満足、自己責任の世界である。
敏感力はリスキーな面が多く存在する。
それなのに世間ではそれが評価されやすい。
とんだ見当違いだ。
そういう意味では、自分が参加しているゲームはそのズレに一石投じる、鈍感力を評価するものだと言える。
水木唯、現代社会では今まで弱者として生きながらえてきたのだろうが、ゲームの参加者の中ではいわゆる強キャラとして扱われる部類だ。
皮肉のように頭の中で称賛する。
しかし残念ながら、強キャラだとしてもその攻略法は自分の手中にある。
会ったことも話したこともないが、風間は勝ちを確信していた。
その証拠に、ちょっと連絡を何往復かしただけでもう会う約束を取り付けることができてしまった。
警戒心がなさすぎる。
駅から少し離れた総合公園で落ち合うこととなった。
運動場、散歩道、遊技場、休憩スペースなど、様々な用途に対応した複数のエリアから成る広々とした公園。
大広場の中央にある茶色い支柱のような時計は目印としてうってつけで、その足元には同じことを考える人たちが、スマホを眺めながら周囲をチラチラ気にして人を待っている様子だった。
なんとなくその中の一員に加わるのは気が咎め、大広場の片隅に寄って少し距離を取りながら待機する。
約束の時間までまだ10分以上あるので、頭の中の整理に時間を使う。
水木唯はすぐに殺すのではなく、一度仲間として迎え入れて共闘する形を取るのがベターだ。
樋口と花田の関係を知り、最初はリスキーな話だと否定的な意見を持っていたが、しっかり利害関係を認識して手を結び、イニシアチブを握ればこれほど便利なものはないとも思った。
思えば風間は記憶のことで悩んでいた頃、一人だと考え込んでしまうからと美希を呼んで街に繰り出したのだった。
人を信じ込むのはもってのほかだが、全く信用しないのも危険かもしれない。
頼るべきところは頼り、いざとなれば切り捨てる。
それくらいの関係を築けばいいだけではないか。
それは正しく、風間光輝の好きな人間関係の距離感であった。
ここまで来るのに歩き疲れ、その上人を待って棒立ちしているとそれこそ足が棒になってしまう。
少し移動して腰を下ろせる場所を探そうとすると、水木からラインが届く。
『すみません。バスが遅延しているので少し遅れます。』
約束の時間5分前の連絡である。
連絡おせーよ。
遅延なら遅刻することはもっと早くにわかるだろ。
どれくらい遅れるのかも書かれてないし。
風間はまた、頭の中に批評家の自分を召喚する。
待ち人来たらず。
結局30分近く遅れているようで、待たされているという苛立ちはその水木を待っている間に鎮火していった。
ベンチに腰掛け、心身ともに健康そうな道ゆく人たちをぼうっと眺める。
空白の時間。
ここ最近はずっと気を張り詰めていたが、公園の空気がそうさせるのか、今だけは頭を空っぽにして無の時間を過ごすことができた。
こうやって考え事をコントロールできればどんなに楽なことか。
以前、頭に詰まっているのが本当に自分の脳なのかと突拍子もない不安を抱えたことがあったが、やはりというべきかそれは杞憂だ。
考えこんでいるときよりも頭を空っぽにできている今のほうが、自分の脳が正常だと実感できるのはなんとも奇妙な話である。
それに、こうして色々と考え込んでしまっているということは、既に頭が空っぽの時間は終わっていることを意味する。
改めて脳の複雑さを思い知る。
「・・・ん?」
気が付くと、ベンチに座っている風間の前に立ってジッと見てくる女子がいた。
中高生といったところか。
あまりにもまっすぐこちらを見てくるので知り合いかと思ったが、これくらいの年頃の女の子と知り合うような機会はない。
「風間さん・・・ですよね?」
「は?・・・君、誰?」
「田岡って言います。」
「はあ・・・それで、なにか用?・・・え、え!?田岡?」
田岡重には確か娘がいた。
中学生くらいの娘が。
「田岡ちゃん、ダメ!そんないきなり・・・!」
遠くから声をあげて走ってくる女性。
こっちは見覚えがある。
樋口京香だ。
前に拙くも考察した話が花開く。
だが、開花時期を予測していなかったので完全に不意打ちを喰らった。
田岡の家族と樋口が繋がっていた。
そして、こんなにも直接的に仕掛けてきている。
明らかな敵意じゃないか。
「少し・・・お話いいですか?」
なにをするつもりだ。
手足が震える。
田岡の瞳の奥に、憎悪と憤怒に塗れた自分への害心を宿しているように風間には見えた。
対面してようやく思い知る。
二人は遺族と加害者だった。
とうにそんな良心の呵責は消えたと思い込んでいたが、幸か不幸か風間の心は歪んでいるだけで本質は未だ人のそれだった。
田岡を直視できず、恐れる気持ちが膨れ上がり風間は逃げ出した。
身に迫る危機感と、押しつぶされそうな心への重圧に耐えられなかった。
糾弾される罪人の感情とはこういうものなのだろうか。
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