23話 報い



目覚ましの音で起きたが、はっきり覚醒できたのは起床予定時刻より30分も遅れてのことだった。

30分間、鳴りっぱなしの目覚ましをBGMに質の悪い微睡みの中だったと思うと、もったいないことをしたと自己嫌悪に陥る。

今日を外せば、いよいよ水木に辿り着く術がなくなるかもしれない。

気を引き締めて望むべきだが、胸の奥のざわめきが止まらない。

何か、とてつもない場所に足を踏み入れてしまいそうな感覚だ。

しかし他の手立てがあるわけでもない。

多少気に掛かることがあろうが関係ないと信じ、小寺は戦支度を整える。

思えばなぜ、ここまで水木に執着しているのかがわからない。

信頼を得て、依存させ、自分なしではこのゲームで生き残れないと思わせていたのは小寺のほうで、水木は腰巾着となっていたはずだった。

まやかしの協力関係で利用し切ったあとはさっさと排除する気でいたのが、タイミングを逸してしまった。

思い通りにならなくなった水木のことを考えていると、小学生の時分に一度だけ、スクールカーストの低層に位置する他の生徒から小さな反撃にあったことを思い出した。

やりたいとは微塵も思っていなかったが、クラスの美化委員に選ばれてしまったときのことである。

美化委員とは言ってもやることはお掃除係のようなもので、クラスのゴミを集めたり毎週の掃除当番の割り振りを考えたりとその程度だ。

美化委員は小寺のほかにもう一人、クラスでは選出されていた。

子ども心ながらに小寺は、自分とその子の間に確かな優劣があるということを認識していた。

それは頭の良さではなく、運動神経でもなく、ただ周りの評価から見る『イケてる雰囲気』というあやふやな部分の優劣であった。

大人になった今でもそのあやふやな部分は微かに感じることがある。

だが、それなりに人間社会を生きているとそれを振りかざすのは恥ずべきことだとだんだん覚えてくる。

『イケてる雰囲気』の優劣はどの世代にも大なり小なりあるものだと思うが、残酷なことに子どもという生き物はその優劣が全てかのように絶大なものと信じ切っている。

小寺も当時、自身のそれの力を信じ切っており横柄な態度を取っていた。

『ごめん、放課後忙しいから美化委員のことお願いね』

そうやってその子に仕事を押し付けたことも一度や二度じゃなかった。

何度か続けて仕事を放ったらかしにしたある日の朝。

登校して自分の席に目をやると、昨日捨てるはずだったゴミ袋が小寺の席の上に置いてあった。

ゴミ袋と一緒に待ち構えていたその子が堂々と小寺に言い放った。

『不公平でしょ。自分の仕事くらい自分でやってよ。』

その勢いに最初は面食らってしまったが、冷静になった小寺はその言動に無性に腹が立ち、その後は自分のほうが味方が多いのをいいことに、半ばいじめに近い仕打ちをその子へ与え続けた。

見誤っていたのだ。

これくらいならば負荷を与えても大丈夫。

何も言ってこないし、してこない。

そういうタイプだと思い込んでいた。

だが、普段おとなしい人間を怒らせると怒り慣れていないからか、何をしでかすか予測できないため一番恐ろしいものだと、何となく理解した。




水木に聞いた話を思い出しながら、飲み会の会場を探り当てるとそこは樋口や花田が在学している大学に近い安居酒屋だった。

時刻は17時。

何時開催なのかを聞きそびれていたので、開店時間から向かいのカフェで見張り様子を伺い続ける。

ここで万が一水木を発見したら、どう詰め寄るべきなのか小寺は考えていた。

心配していたことを口にすべきか、連絡を寄越さないことを怒るべきか。

ここで選択を間違えたら再び水木をコントロールすることなどできない気がするので、慎重な判断が求められる。

・・・日も完全に暮れた19時前、一人の男が居酒屋の前でスマホ片手に立ち通すようになる。

まだ年若く、おそらく大学生だろう。

そして同じく年若い男女数人がその男を見つけると声をかけ、その男は誘導するように店の中へ促した。

しばらく見ていると何回か同じやり取りをしていた。

飲み会の幹事だろうか。

もしかすると、水木が参加する予定だった会かもしれない。

ぼんやりそんなことを考えながら監視を続けていたが、瞬間心臓が跳ねて目を見開く。

その男にまた声をかけた男女二人組が現れた。

樋口と花田だった。

なぜ二人がここにいる?

いや、二人の大学が近くにあるからここにいること自体はそこまでおかしな話ではない。

問題は、なぜその居酒屋に入っていくのかということだ。

なにかただならぬ因果を感じる。

いてもたってもいられず、慌ててカフェの会計を済ませて店の前まで向かい幹事らしき男に声をかける。

「あの!」

「はい?・・・えーっと、参加者の方ですか?」

参加者というワードにドキっとしたが、そういう意味ではない。

この飲み会の、という問いだろう。

「はい、あ、いえ・・・そうじゃなくてですね・・・あの・・・水木さん・・・そう、水木さん、ご存知ですか?」

「?ええ、知ってますけど。」

勢いで話してしまい、つい水木の名前を出して反応を探ってしまった。

これで全てどうにかなるとも思えないが、少なくとも知り合いの知り合いであることをアピールして警戒を解かなければ。

男はしばらく考え込んで、ハッと思い出したように話した。

「ああ!水木さんから聞いてますよ。えーっと、お名前、なんでしたっけ?」

「?小寺、ですけど。」

当たりだ。

この男は水木が参加する予定だった飲み会の幹事だ。

しかし新たな疑問が浮上する。

一体水木から何をどう聞いていたのか。

「そうそう、小寺さん。もう少しで始まりますんでぜひ上がっていってください。あ、おれ鈴本って言います。だいたい集まったんで、おれも一緒に店入ります。」

「え?いや、私はいいわ。大学生の集まりみたいなものでしょう?それにそうじゃなくて・・・。」

「大丈夫ですよ。普通に社会人もいますから。水木さんも中にいますよ。」

「え!いるんですか?」

「ええ。」

見張っているときには姿を見かけなかったが、見落としてしまったのか。

鈴本という男の勢いに負け、流されるように店内に案内される。




なんなんだこの状況は。

大学生のイベントにアラフォーの自分が混ざり、そして同じ卓には樋口と花田がいる。

向こうはこちらのことなど知らないだろうが、こちらからすれば真相を知り得る重要人物の一組である。

様々な感情が混同して、違う種類の緊張が一気に小寺を襲う。

しかし水木の姿は見当たらない。

そのことを鈴本に問い詰めたかったが、あいにくと鈴本は別の卓ですでに会を楽しむ側となっている。

周りを見ると確かに、学生っぽくない出たちの人間もちらほら見かける。

が、はたから見れば明らかに浮いている。

気のせいか、この会で一番騒がしいのはそういった学生っぽくない浮いた存在のようだ。

あまりうるさいと苦情が出そうだと要らない心配もしたが、騒いでも問題ないようにか部屋は最奥の個室を用意されており、壁が厚めで声が響きにくく、多少の騒音は遮ってくれそうだ。

どうでもいいことばかりに頭がいく。

樋口と花田に話を聞く絶好の機会だが、この場でどう切り出せばいいのか迷い話せずにいた。

「あれ、この席だけなんか盛り上がってないな。ちゃんと飲んでる?」

黙り込む人がいることを気にかけてか、幹事の鈴本が入ってきた。

水木のことを聞かなければ。

そう思い話しかけようとしたが、その前に花田が口を出す。

「おい、智広。おれらは別にそういうつもりで来たわけじゃ・・・。」

「わかってるよ。でも来た以上は楽しんでほしいって思っちゃうのが幹事の性だからな。田岡ちゃんのことは後で話すから。それに見てもらいたいものもあるし。」

そう言って鈴本は席を離れ、何かを取り出し準備を進める。

プロジェクターだろうか。

それよりも、とても気になる会話だった。

「・・・田岡ちゃんって、だれのこと?」

「あ、あの・・・共通の知り合いなんです。ちょっとあいつには教えてもらいたいことがあったんで。」

何も知らないことを装い聞き出すのは限界があるかもしれない。

これ以上突っ込んで話をすると、自分も参加者であることがバレかねない。

それに、鈴本は田岡のことも何か事情を知っているのか。

聞きたいことが増えるばかりだが、問答の場が用意されているわけでもない。

どうしたものかと悩ませていると、鈴本は余興の準備を終えたのか部屋の電気を消して全体に話を振る。

「えー、盛り上がっているところすみませんが準備が整いましたんで正面のスクリーンをご覧くださーい!」

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