22話 糸が切れたら



あの後、電話を入れても水木には繋がらなかった。

樋口と風間を引き合わせる予定だった場所にも行ってみたが、影も形もない。

水木も風間も、完全に行方を眩ました。

これでは本当に風間が死んだかどうかも分からない。

普通であれば、人一人殺されればすぐにニュース沙汰となり、殺された人間の氏名や年齢、職業が報道される。

だが、このゲームの運営者はどうやらとてつもない謎の力を持っているようで、参加者の死を隠蔽する能力があるようだ。

記憶を奪える技術があるくらいだ。

それくらいの離れ技、今更驚きはしない。

こうなるともうお手上げである。

もともと深い繋がりがある関係ではない。

水木との連絡手段はラインのトークくらいしかなかった。




以前と同様、水木の家で張ってはみたものの、彼女を見つけることは叶わなかった。

確か水木の報告では、風間も同じように滅多に家に帰宅しなかったらしいが、同じことを彼女もしているのだろうか。

命懸けのゲームをしているのだ。

敵に狙われる危険性を考えたら、それくらいの危機感は必要かもしれないが、水木が自分でそういった防衛策を立てているのかと思うと違和感がある。

あの日、彼女の身に何が起きたのだろうか。

何が彼女をそうさせているのか。

支配していたつもりの盤面が、とたんに暗闇と化しコントールを失ってしまう。

つい先日まであんなに上手くことが運んでいたのに。

想定外の出来事で自分の時間が奪われていくことに、小寺は苛立ちが募っていた。

こんなことで足踏みをしている暇はない。

水木と風間ごときに時間を使いたくはない。

さっさとこの事態に収拾をつけなければ。

この状況に説明が付けられそうな人間は、他に三人。

樋口京香と花田佑一郎、それに田岡優奈。

いずれかと話すことができればこの状況も多少はマシになるかもしれない。

誰だ、誰にする?

樋口はだめだ。

イメージだが曲者な気がするし、一度名前を勝手に借りて風間に仕掛けを打っている。

警戒心が強くなっているかもしれない。

何より、何となく気に食わない女だ。

花田はどうか。

毒にも薬にもならなそうな印象を受ける彼には、簡単に接触できそうだ。

だが彼は、樋口とよく行動を共にしているらしい。

自分の行動が樋口に筒抜けになるのは避けたい。

彼もだめだ。

ならば、田岡か。

田岡優奈はまだ女子中学生で、与し易いと言える。

歳の差もあるため接触の仕方次第では驚かせかねないが、他二人の相手をするくらいなら、子どもの警戒心を解くほうが容易い。

狙いは田岡優奈だ。

彼女がどこの中学校に通っているかはリサーチ済みである。

平日のため、田岡は登校しているはずだ。

不審がられないためにも、学生の父兄のような格好をして学校地区に溶け込んで田岡を待とう。

図らずとも、自分が父兄の格好をして違和感のない歳になっていることに複雑な心境となった。

中学生くらいの子どもがいてもおかしくない年齢だ、ということになる。




下校時間になり、部活動に所属していない学生は一斉に校舎からわらわらと群れをなして帰宅し始める。

通学路の雰囲気は好きになれない。

何人もの学生が横一列に並び、仲睦まじげに談笑しながら、男子学生であればど突き合って暴れるものもいる。

どう動くか予測がつかないから、すれ違うときには妙な緊張感が走る。

自分が学生の頃、とてもこのような団体の一員だったと思えない。

もう少し落ち着きがあったはずだ。

当時、小寺の周りには取り巻きが居て、皆が自分に気を遣っていて、スクールカーストの最上層に君臨していることを実感し、承認欲求が上限値を越えて満たされていた。

もう要らないと思えるくらい、全てが手に入っていた時期だ。

過去の栄光を羨むみたいでそれ以上考えたくはなかったが、間違いなく小寺法子の黄金時代である。

だが、決してピークではない。

再現、あるいはそれを凌駕する時代を築く。

今はそのための前準備に奔走しているだけで、多少泥臭くはあるがそれもすぐ終わる。

ほら、田岡優奈が出てきた。

友だち数人と一緒だが、帰宅途中でいずれ別れるだろう。

そのタイミングを見計らって声を掛け、先日の出来事の一部始終を明らかにする。

ここからまた仕切り直せばいい。

簡単な話だ。




「ごめんなさい。ちょっといいかしら。」

「・・・はい?・・・私、ですか?」

予想通り、一緒に下校していた数人の友人とは途中で別れたので、折を見て田岡に話しかける。

警戒されないよう、目一杯優しい表情と声色で接する。

子どもは嫌いだが、子どもと接するのは慣れている。

モデルをやっているとティーン世代と話す機会も少なくない。

仕事関係で関わる子どものませ具合と比べれば、そこらの女子中学生の相手など可愛いものだ。

「田岡さん、よね?」

「・・・あの、どなたですか?」

名前を知られていることで警戒心が強まったのを感じる。

「私、大橋と言います。樋口京香ちゃんの叔母なの。田岡さん、京香ちゃんのお友達よね?昨日、実は京香ちゃんのお母さんに頼まれてあの子と一緒にお買い物に行く約束をしていたの。でも約束の時間になっても待ち合わせ場所に来なかったから、どうしたのか心配になっちゃって。連絡もつかないし・・・。そのことお母さんに話したらちょっとだけパニック状態になって、まだ連絡つかなくなってから一日しか経ってないのに警察に通報しようとか言い出しだのよ。私も困っちゃって。もうあの子も大学生なんだから、そんなに敏感にならなくてもいいのにねえ。田岡さん、最近京香ちゃんと仲良くしてくれてるって聞いたから、何か知ってたらと思って声かけちゃったの。ほんとごめんなさいね、急に。」

冷静に話しかけたつもりだが、少しばかり焦っていたのか、捲し立てるように一気に話してしまった。

嘘をふんだんに混ぜたため、脳が興奮状態になったのだろうか。

偽名を名乗り、関係性を偽装し、有りもしない予定を話して、思ってもいない感想を述べた。

ここまで清々しいほどの嘘を吐いたのは生まれて初めてかもしれない。

粗だらけの話だが、どうせ話を聞き出したら用済みの子だ。

今ここだけ騙せればいい。

「えっと・・・あの・・・全然意味がわからなくて・・・樋口って誰ですか?」

流石に急すぎたのだろうか。

とぼけたフリをして聞き返されるとは、どうやらかなり警戒されているようだ。

「あら、京香ちゃんよ?樋口京香。最近、花田くんと三人でよく一緒にいるじゃない?」

これ以上とぼけられないように、花田の名前も出して三人で行動していたことを知っているぞと半ば脅しのように吹っかける。

「花田?一緒にいるって・・・。全然記憶にないです・・・。それ私じゃないと思います。人違いです。」

「そんなことないわ。あなたと三人で一緒に歩いてるのを見たのよ。」

「知りません。そもそも大学生の友だちなんていないです!」

「じゃああれは誰だって言うの!?」

「だから知りません!」

我を失いかけていた小寺はハッとする。

怯えた表情、猜疑心を宿す瞳、ジリジリと後ろに距離をとる田岡。

「あ・・・ご、ごめんなさい。やっぱり私の勘違いだったみたいね。それじゃあ・・・。」

逃げるようにその場を後にする。

失敗だ。

あんなに丁寧に話すことを心がけたのに、初動で田岡の心を掴めなかったのが全てで、上手くいかないことに腹を立てて感情的になってしまった。

それに田岡のあの反応。

演技ならばかなりの名優である。

本当に記憶がないんじゃないかと錯覚してしまいそうなほど、彼女の反応は迫真ものだった。

記憶がない、というフレーズが頭によぎったとき、疑惑が生じる。

その可能性もあるのか?

考えられる話は三つ。

一つ、田岡優奈はとぼけており、知らない演技が上手い。

二つ、そもそもこちら側の勘違いで、一緒にいたのは田岡優奈ではない別のだれか。

三つ・・・何らかの理由で、田岡優奈の記憶は部分的に消された。

突拍子もない想像だが、このゲームは記憶を消されたことから始まった。

運営に不都合なことが起きた場合、記憶を消す処理があっても不思議じゃない。

だったらどうする?

結局手詰まりなことに変わりはない。

正解が三つのどれにしたって、これ以上田岡から話を聞き出すのは難しい。

危険を冒してでも樋口や花田と接触を試みるか。

しかし仮にさっきの考察の三つ目が真実だった場合、彼らもその部分の記憶を消されている可能性がある。

無駄骨になり得るか?

気が付けば小寺は思考の渦に飲み込まれていた。

考えすぎてしまう。

ゲームの参加者においては一番恐れる状態だ。

今すぐ叫び出したい衝動に駆られる。

頭を掻き乱す靄をかき消したい。

予定を大きく狂わされて台無しだ。

「・・・予定?」

沸騰しそうな頭から、一つ重要なイベントを思い出す。

スマホの共有カレンダーアプリを起動させる。

あまり多く入れてはないが、小寺と水木はお互いの予定を少しだけこのアプリで共有していた。

このゲームを生き抜くための情報共有、と銘打って。

今週末、水木は夕方にインカレサークルの飲み会を予定していた。

性格に似合わず、その会にはちょくちょく顔を出していたようだ。

連絡がつかなくなった今、水木が素直にその会に出るかはわからないが、他に手がかりもない。

調べて張ってみるべきか。

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