21話 マリオネットの報告



『風間さんから連絡ありました。予定通り樋口さんと引き合わせます。』

水木の報告ラインを確認して安堵する。

このまま二人で潰しあってしまえばいい。

あわよくば、三人、四人・・・五人か。

都内某所のカフェテラスで文庫本を傍らに、優雅なアフタヌーンティーを楽しみながら理想の展望に胸を膨らませる。

自らは大して動きもせず盤面を支配している気になり、至福とも言える愉悦を感じていた。

水木を懐柔させてからの小寺はさながらマリオネットのパペッターの如く、裏で糸を引いて水木を動かし、情報収集やトラップの仕掛けをさせてきた。

風間への対応も、考えたのは小寺だが実働は全て水木が行なってきた。

生意気にもあの男は、小粋なプレゼントを私の郵便ポストに入れてきた。

いずれ殺す相手ではあるが、このまま放置しておくとまた何かよからぬ企みをするに決まっている。

早々に排除しなければ。

そう考えていた矢先、同じく風間を調べている人・・・いや、グループがいることに小寺は気付いた。

何の繋がりがあるか分からない、男女3人のグループだ。

樋口京香、花田佑一郎、田岡優奈。

ゲームの参加者であることを疑って水木に見張らせていた。

半信半疑だったが、水木からの報告を受けて確信に変わる。

三人は風間宅の郵便ポストに一通の手紙を入れたのだ。

水木に、ポストから強引に抜き取って確認させる。

内容はバイト募集ページの文面だった。

どんな意図でそれを書いて投函したのかは知らないが、あれを知っているということはもう確定だろう。

しかし、風間に対して揺さぶりにはなるだろうが、記憶を思い出させるには弱いのではないか。

そう考えた小寺は、もう少し武器になるものを封入させようか検討した。

悩んだ末に、樋口京香の名前を手紙の下に追記させて再投函させた。

風間の敵愾心を樋口に向けさせれば、それぞれがぶつかり合う舞台を用意できる。

皆、混乱するだろう。

勝手に考え込んで、勝手に死んでいけ。

そろそろ水木も潮時だ。

このタイミングで退場しても構わない。

そのために、風間宅のポストに水木唯の情報も記憶の報酬に擬態させて忍び込ませたんだから。

怪しまれないようにしっかり札束も入れた。

手痛い出費だが、いずれ回収する金だ。




日も暮れようとしていた。

順調にいっていればもうじき水木からまた連絡があるはず。

ただ待つだけというのも時間がもったいない。

こちらも予定通り、次のターゲットを探して仕掛ける準備を進めよう。

小寺はまだいくつか他の参加者情報をストックしており、着々とその数を減らして確実に勝者への道のりを歩んでいた。

こうして参加者のことを考えていると、あと何人生き残りがいるのか気になってくる。

ゲームが始まってからだいぶ経った。

自分のように積極的に他プレイヤーを攻める人間もいれば、守りに入る人間もいる。

自滅する人間も大勢見てきた。

当初100人近くはいたと記憶しているが、死と数多く直面している小寺の感覚的にはもう半分も残っていないと感じていた。

せいぜい20〜30人ほどか。

生活は普段通りだからか全く実感が沸かないが、ゲームは既に後半戦が始まっており、最終局面に向けてしっかり準備が必要になってくる頃かもしれない。

終わりが見えてくると、今度は終わり方が気になりだす。

最後の一人になるまでこれは続くのだろうか。

・・・まさか、勝者になっても記憶の爆弾は残ったままなのか。

「そんな横着、認めないわよ・・・。」

思わず小声でぼそっと発してしまう。

ここまで必死に戦ってきて、勝者なしのゲームに参加していたなどとは認められない。

運営者の首根っこを掴んででも、頭のコレは取ってもらう。




遅い。

予定の時間はとっくに過ぎて、ややもすれば日付が変わってしまいそうな時間帯になってきた。

それでも水木から連絡はこない。

なにか不測の事態でもあったのだろうか。

最初はその頼りなさげな姿から、彼女に何か託すのはとても心配であったが、思いの外水木は働き者で、言われたことはそつなくこなすタイプであった。

擬似的とはいえパートナーとしては十分な働きをしてくれていた。

仕事をこなすとすぐに報告もくれる。

そんな彼女が、時間を大幅に過ぎてもなお、連絡の一つも寄越さない。

これまで一緒に過ごしてきた小寺なりの印象が、怠惰やド忘れではないことを告げている。

・・・まさか、思惑通りとうとう全て思い出してしまったのだろうか。

そうなるように望んで色々仕掛けを施してきた小寺だが、いざそのときがきたとなると物惜しい気持ちになる。

愛好していたなんの変哲もないおもちゃを、自らの手で壊してしまったかのような感覚に陥っていた。

結末はどうなったにしろ、状況は把握する必要がある。

樋口と風間を引き合わせる予定だった場所へと足を向ける。

そのとき、ポップなラインの通知音が響く。

慌てて画面を食い入るように見ると、差出人は水木だった。

生きていた。

水木の報告には何度も胸を撫で下ろしてきたが、今回の報告はその中でも安堵の大きさが断トツだった。

メッセージ内容は端的だった。

『風間さんが殺されました』

風間が死んだ。

予定の一つとして組み込んでいた話だ。

順調にことが進んだ証のためここは喜ぶべきところなのだが、水木の表現に少し引っかかる。

『死んだ』でも『殺した』でもなく、『殺された』と彼女は言った。

言葉の綾かもしれないが、作戦通りに風間を死に追いやったのだとしたら、この場合水木は『死んだ』と表現する気がする。

それをわざわざ『殺された』と言う表現をするのは、私たち以外の誰かに殺されたからではないかと感じた。

であれば、その誰かは樋口か。

あの三人グループの誰かだろうか。

『お疲れ様。殺されたって・・・樋口さんかだれかにやられたってことなの?』

どう連絡すれば全て聞き出せるのか思いつかなかった。

とにかくいくつかやりとりして状況を読み解くしかない。

そう思っていたが、水木から帰ってきた返事はたったの6文字だけだった。

『ごめんなさい』

何に対する謝罪なのか、小寺には全く理解が及ばない。

それ以上水木から連絡が来ることはなかった。

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