18話 迎撃準備
人を殺しているという実感はなかった。
刃物で刺したり、ロープで首を絞めたり、鈍器で殴打したりといった、暴力沙汰に及んでいるわけではない。
ただ、見せたいものを見せているだけだ。
たったそれだけのことで勝手に相手が死んでいくものだから、だれもおれの罪を立証することなどできないはず。
社会はおれを裁けない。
そもそも、死体はこれまた勝手に運営側が処理してくれている。
日本では年に数千、数万人の行方不明者が出ると聞く。
だれも気にしないのだ。
多少の人間が消えようとも。
みんなで仲良くゴールするゲームじゃない。
勝利者を決めるゲームなんだ。
だから、仕方ないだろう?
参加した以上、全てが自己責任だ。
「恨むなら、些細なきっかけで記憶を思い出す賢い自分の脳を恨んでくれ。」
「ア・・・ア・・・。」
勝手に血塗れになって倒れ込む男に、風間は手向けの言葉を贈る。
深夜1時を回る暗がりの路地裏に、先ほどまで男の唸り声が響いていたがそれも束の間、地面に突っ伏す音の後は時間帯相応の静けさが戻った。
周囲には血痕と紙、それに現像された写真が散らばっている。
達成感と倦怠感が同時に襲ってくる。
子どもが派手におもちゃで遊んだあと、散乱した遊び道具を見て感じるそれに近い。
血や死体はどうでもいい。
どうせ運営が掃除する。
しかし他を残したままにするのは気が引ける。
ただの紙きれだが、それこそが風間の凶器だからだ。
勝手に人を死に至らしめてくれる、猛毒のような紙切れたち。
効く人間は限定されるが、むしろ一般人にも影響が出てしまうようでは困る。
どうせ残しても大して問題ないとは思うが、自分が殺した痕跡なのは間違いない。
企業勤めだった頃から風間は仕事が雑だったが、命がかかってるこのゲームにおいては面倒臭がるわけにもいかず、ノロノロとそれらを拾い上げて退散する。
2週間振りに自宅へ帰宅する。
田岡を葬ったあの夜から、家に帰る頻度を抑えるようにして転々とネットカフェで寝泊まりすることが増えた。
普段通りの日常過ぎて感覚が麻痺するが、今はサバイバルゲームの真っ只中である。
自分が狙われる可能性も考慮し、無防備に家で過ごすのは控えていた。
ポストには広告チラシやDMはがきに紛れて無記名の茶封筒が2通入っていた。
記憶の対価である。
しかし中身を改めるまで油断してはいけない。
以前、自分自身が使った手口もある。
報酬に偽装した殺人の文。
思いついたときはユニークな飛び道具だと我ながら感心したが、よく考えるとターゲットがそれで死亡しなかった場合、無駄に警戒レベルを上げることになるのではないかと思い反省した。
だが、それでもいい。
あれで死んでくれたならば良し。
死ななくてもなお良し。
あの女にはお返ししなくては収まらない。
あの程度で死んでもらってはつまらない。
せっかく手に入った彼女の質問票のコピー、使わない手はない。
必ず小寺法子は突き落とす。
この記憶の綱渡りのゲームから。
あの夜、不覚にも魅せられてしまった妖艶な女性が年増の魔女であったと知ったとき、理不尽とも言える怒りと憎しみが小寺に対して湧き上がった。
「?・・・ああ?手紙・・・?」
どう殺すかの算段を考えながら茶封筒を慎重に確認していると、目の端にチラリと一通のダイヤ貼り封筒が写った。
見覚えのない手紙だった。
宛名書きは無かったが、直感で自分宛のものだと分かった。
意趣返しのつもりかよ、芸がないな。
もっと凝った手口はないのか。
まだ小寺法子からの手紙だと確定したわけでもないが、そうだと決めつけ頭の中で彼女を貶す。
先ほどの茶封筒同様、慎重に中身を改めるが、予想を外し面食らってしまう。
拝啓 風間様へ
私はあなたの秘密を知っています。
【当日支給50,000円。見込みがあればその後も支払いあり。頭を使うお仕事です。】
意趣返しは意趣返しでも、思いもよらぬ方向から返ってきた違う手紙だった。
その文面は、風間が田岡重に対して送ったメールの内容に酷似している。
つまりは、メールを読んだ人物からのメッセージということになる。
「あのクソジジイ・・・死んでも鬱陶しいやつだな。」
忌々しい元上司が、あの世から司令を出して刺客を放ってきた。
そう穿った考え方さえしてしまうほど、風間は意表を突かれた。
どうしておれの周りにはうざったい中年ばかりがうろちょろしているのか。
手紙の出し主がだれであろうと、田岡の関係者ならば容赦しない。
ゲームのルールに則って、正々堂々と迎え撃ってやる。
意気込んで迎撃のための策を考えようと頭の中で整理を進めるが、手紙の最後の行を読んで、風間の思考はぐちゃぐちゃにかき乱される。
手紙の出し主は名前を記入していた。
「樋口・・・京香・・・。」
どうして樋口京香の名前がここで出てくるのか。
彼女もこのゲームの参加者なのか。
田岡と繋がりがあったのか。
考えても答えの出ない自問を幾重にも重ねるが、新たな疑問が増えるばかりである。
小一時間話したことのある程度で、愛想のない女としか彼女のパーソナリティを理解していない風間だが、ここにきて更に謎が浮かび上がった。
わざわざ名乗ってなんの意味がある?
仮に彼女が参加者であるならば、自らの存在をアピールして得になることなど何もないはずだ。
ましてや、曲がりなりにも知り合いである。
自ら弱点を曝け出し、狙ってくださいと言っているようなものじゃないか。
風間の思考では予測のつかない事態となっていた。
大体の場合、予期せぬことが起きているときは、不幸の前触れだ。
あの陰気な女は姑息な罠を仕掛けてくるに違いない。
「ジジイにババアにクソ女。世の中クソだらけだな。全員思い出させてやる・・・まあ、すでに一人いないけど。」
風間は迎撃準備をする。
田岡のときも、小寺のときもそうだったが、他人に舐められ見下されることを一番嫌い、自尊心を傷付けられないために精一杯の虚勢を張る。
必ず分からせてやる—————
歪んだプライドが肥大化し、決して正常な形には戻らない鋭利な刃と化す。
触れるものは傷付けるが、形が崩れているために鞘にはもう収まらない。
振り下ろす先を失っても、収まる場所も失っているため一生それを振り回すことになる。
風間の心はもう戻らない。
よしんばこのゲームを制したとしても。
風間はそれに気付けない。
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