17話 娘



「流石に傷があったり血が残ってたりはないみたいね。」

「そりゃそうだろ。もうそこそこ時間経ってるし、そのままにはしないだろ店側も。」

動画が撮影されたと思われる現場に立ち寄って、撮影者が当時居たであろう遠巻きの位置に立ち止まり眺める。

すぐに収穫が得られるとも思ってはいなかったが、現場の確認はあまりにもあっけなく終わり、樋口は落胆を隠せずにいた。

なんの変哲もないショッピングモールの廊下。

モダンで清潔感のある白の床は、数ヶ月前に起きた小さな事件など取るに足らないと言わんばかりに綺麗なままであった。

「もう一度、動画見せてもらえる?」

「えーっと・・・はい、これ。」

この場に向かう前に見せてもらった男の奇行の動画を再度確認するため、花田のスマホで当時の映像を視聴する。

やはり顔までは見えない。

今どきのスマホのカメラは高性能とはいえ、思いつきで撮られた野次馬の動画撮影では得られる情報に限界があった。

「場所はここで間違いないと思うけどな。でもこれだけじゃなんの手がかりにもならないだろ。」

花田の言う通り、これでこの男の足取りを追うことは難しいかもしれない。

「・・・それにしても、すごい勢いで頭突きしてるわね、この人。打ちどころ悪いと本当に死んじゃいそう。」

「確かになあ。止めてもらわなかったらやばかったかもな。」

「カップル、だったのかしらね。隣に居るこの女性。」

「そうかもね。動画が途中から撮られてるから分からないけど、普通見ず知らずの人がいきなりこんなヤバいことし出したら、止めに入れないでしょ。おれだったら距離置く。少なくとも、連れなんじゃない?」

映像と現場を交互に見比べる。

しかし、何度見ても目新しい発見はなかった。

これ以上はどうしようもない。

そもそも、仮にこの人物に目星がついて接触できたとして、そこから先の話は特に考えがあったわけでもない。

もう一度、振り出しに戻って考えてみるべきかと頭を抱えていると—————

「あの、すみません。」

「・・・え?私?」

見知らぬ女子に話しかけられた。

中学生くらいだろうか。

そのような知人など自分の覚えの限りではいなかったはず。

だが、記憶を失ったあとの『見知らぬ人』という感覚はあまりアテにならないと最近学んだので、知り合いか否かを判断するべく、樋口は警戒して返事を待った。

「はい、えっと・・・あ、突然すみません。間違ってたら申し訳ないんですが・・・今、頭を打ちつける動画を見てましたか?」

「あ、あー・・・その、まあ・・・そう、ね。見てたけども・・・。」

どうやら知り合いではなかったようだが、別の意味で警戒が必要になった。

彼女も参加者なのか、と疑惑が生まれる。

だが見た目通りであれば、彼女はまだバイトをしていい年代ではない気がする。

「この人のこと、なにか知ってるんですか?」

「知ってるって・・・なにを?」

「なんでもいいんです。私、この人を探してるんです。でも今のところなにも手がかりがなくて。この人の動画が撮られたこの場所で色々調べられたらと思ってたら、私とおんなじようなことをしているお二人が居たんで、もしかしたらこの人のこと知ってるのかなって・・・。」

興奮を抑えきれずに捲し立てられ、圧倒される。

参加者のそれとは違い、別の理由で切羽詰まっているとも感じ取れた。

特別な事情が彼女にはあるのかもしれない。

どう答えるべきか樋口は迷っていた。

「実はおれ達もこの人のこと探してたんだよ!ちょうどいい。情報交換しようよ。なあ樋口!」

花田が一緒にいたことを失念していた。

彼は能天気に樋口とその子へ提案をする。

「・・・ほんと、すごいわねあなたは。」

「へ?なにが?」

大して提供できる情報もないのに何を交換するつもりなのか。

自分たちの事情を洗いざらい吐く気でいるのか。

恐らくはどちらも考えていない。

考えずにそう発言できるのだから羨ましい。

もしかしたらこの状況下においては、無警戒でいることが最大の防御なのかもしれない。




ショッピングモールを出て、近くの森林公園を三人で歩く。

天気が良く気温もちょうどいい。

森林浴にはうってつけの場所だった。

点々と地面に散らばっている木漏れ日の光を踏みしめつつ談笑できれば、きっと理想的な休日の午後休憩だと外野の目には映るだろうが、あいにくと時節が悪く、今この場で行われるのは重く深刻な話合いとなってしまう。

「別に、その人を見つけてどうにかしてやろうなんて、思ってないんです。面識があるわけでもないし。ただ、どうしても聞きたいことがあって。」

「聞きたいこと?」

「はい・・・知り合いが、その人と関わりがあって。で、急に連絡つかなくなっちゃったんです。」

「その知り合いに?行方不明ってこと?」

「そうです。」

「それで、どうしてその動画の男に会おうと思ったの?どんな関わりがあったの?その知り合いの人と。」

こういうときも、素直に色々と質問ができる花田の性格が羨ましく感じる。

樋口の場合、なにがその人の地雷を踏むことになるか分からないため、あけすけにものを聞くことができない。

「行方不明になる前、最後に連絡を取っていたのがその人だったんです。しかも、状況からして呼び出されてたみたいで。」

「ああ・・・確かにそれは怪しいね。呼び出して誘拐かなにかされちゃったのかな。」

「ちょっと!さすがに包み隠さず言い過ぎよ。」

「え、あ、ごめん!大丈夫、まだなにかされたって決まったわけじゃないよな!」

「別にいいですよ。これだけ時間が経っても戻らないんだから、何かに巻き込まれてるのは事実だと思いますんで。」

「そ、そう?」

かなり達観した物言いに樋口は関心する。

自分が子どもの頃、こんな考え方や喋り方ができていただろうか。

しかしその子の顔は、言葉とは裏腹に物憂げな感情が垣間見えていた。

「・・・最近は話す機会も減ってたから、こんなことになるなんて想像もしてなかった。いきなりいなくなられると、なんだか・・・もやもやする。」

「仲良かったんだね、その人と。」

「そういうわけじゃ、ないですけど。」

「警察には捜索願とか出した?」

「出したみたいですけど、事件性がないと積極的に捜査してもらえないとかで・・・。」

「・・・よし!じゃあおれたちで探そう!」

「え?」

花田が勢いよく意気込む。

ここ数日行動をともにしてわかってきたが、妙なところでお人好しなところがある。

大学生活のルーティンを観察していたときとは大違いの印象だ。

「だって心配だろ。もしその人が生きてるんだったら、死んじゃう前にどうにかして見つけてやろうよ。」

「・・・そうね。こいつのデリカシーのなさはさておいて、三人で協力すれば違う何かが見えてくるかもしれないしね。」

「でも、あんまり手がかりはないのに・・・。」

「そんなことないわ。たとえば、その人が呼び出されたとき、どうやってどこに呼び出されたとか分からないかしら?」

「えっと・・・確か父のパソコン宛にメールが届いて・・・そう、メールで呼び出されたはずなんで、それを見れば場所とかはわかると思います。」

「なるほどね、お父さんの・・・。え?お父さん?誰の」

「あ!」

「・・・もしかして、行方不明になったのってあなたのお父さん?」

「・・・。」

黙りながらこくりと頷く。

まさか実の親が当事者だったとは。

父親を『知り合い』と表現するのは、思春期特有の照れ隠しなのだろうか。

先ほどまでの花田の発言が彼女を傷付けてなければいいが。

「まあいいや。とにかく、協力してお父さんを探そう!君・・・えっと、そういえば名乗ってなかったな。おれ、花田。よろしくね。」

「樋口京香です。あなたは?」

「田岡です。田岡優奈。」




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