16話 思ったよりネガティブな
あれこれと奔走してくれた花田には申し訳なく感じているが、大して物欲のない樋口の購買意欲を刺激するものは見つからなかった。
ショップ店員かと見間違うかの如く、いくつもの製品をアピールしていた花田だったが、その甲斐虚しく徒労に終わろうとしていた。
花田が推して、樋口が断る。
いつの間にかこの流れが鉄板となり意地でも何か一つ買わせてやると息巻いていたが、樋口の鉄壁の前に花田はなす術をなくしていた。
厄介なことに、樋口はこの鉄板の流れ自体に楽しさを感じてしまっていたためその鉄壁は更に強固となっていた。
当初の目的を忘れて欲しいもの探しをしていた二人だったが、そのうえ脱線して購入させられるか断れるかの勝負になり、いよいよ何をしにショッピングモールに来たのかが分からない謎の状況に陥っていた。
幸か不幸か、そのことに二人は気付かない。
「何なら興味があるんだほんとに・・・。意地でいらないっていってるんじゃないよな?」
「そんなわけないじゃない。そう言われてもいらないものはいらないし・・・。別に困ってないなら買う必要ないんじゃない?」
「困るとか困らないとかそういうことじゃないんだよなあ。欲しいものっていうのはもっとこう、非合理なものもあるんだって!たとえば・・・こういう雑貨店的なところの、何気ないアイテムが人生を豊かにしてくれることもある・・・気が・・・。」
「煮え切らない言い方ね。」
服飾店やシューズショップが立ち並ぶフロアも見尽くして後がなくなり、隅にこぢんまりと構えていた雑貨屋に行き着く。
半ばヤケになって樋口に話しかけつつ店内に入り、一縷の望みをこの店に託す。
少々古ぼけたテイストの雰囲気で、置いてある雑貨も時代を感じる手作りのものばかりであった。
風呂敷や巾着、扇子、招き猫の貯金箱。
いわゆる昭和レトロとも違う、需要という名の地位を確立できなかった古き小間物たちがところ狭しと陳列されている。
「おおう・・・。」
花田が思わず声を漏らしてしまう。
普段であればこのような店を覗くことはしなかっただろう。
「流石にここには・・・ないよなあ。・・・ん?樋口?」
「・・・。」
多くの若者が素通りする店だが、樋口はなぜかその店内の空気に居心地の良さを感じていた。
店に並んでいる製品をずっと昔から知っていたような、それでいて新鮮なような、相反する感覚が樋口の肌を包み込む。
大きな木目調の掛け時計が、一定のリズムでカチカチと音を鳴らして心地いいBGMと化している。
唐松模様の折り紙セットが、現代にはない特殊な彩りを店内にもたらしている。
年季の入った竹細工のカゴが、竹独特の香りをほのかに発している。
そして目の前の小さな戸棚には、犬や猫などの動物を模した手作りの箸置きがまばらに置いてある。
統一感があるのか無いのか分からない、そんな間抜けた感じの空気がまた樋口の心を安らげた。
箸置きの犬の小さくつぶらな瞳と目が合う。
手作りだからか一つとて同じ形のものはなく、目の焦点が合っていないため可愛いかどうか絶妙なラインで、この犬をどう評するか悩んで見つめ続けてしまった。
「・・・もしかして、気に入った・・・!?」
「え?」
「おおお!ついに見つけたか!しかし樋口がそんなもんに興味惹かれるとはなあ。よし、ちょっと待ってて買ってくるから!」
「いや、あなたこそちょっと待ちなさい!欲しいなんて一言も言ってないから!」
またもやテンションを上げたのは花田のほうで、咎めはしたが全く聞き入れようとはしない。
なぜ他人の買い物に全力を注げるのか、樋口には理解できなかった。
「ほら、良かったなあ見つかって。こういう何でもない物がだんだんと愛しくなるんだって。」
「え?・・・あ、ありがとう。」
何気なく小さな紙袋を差し出され、ぎこちなくそれを受け取る。
深く考えていなかったが、どうやらプレゼントだったらしい。
それを認識したとたん、気恥ずかしさが頭をのぼり熱を帯びる。
恐らく顔も微かに赤く茹だっているだろう。
そんな樋口にもお構いなしに満足げな顔をしている花田。
勝ち誇っているようにも見える。
・・・この男の鈍さは天性のものか?
憎らしささえ覚えるが今は勘弁しておいてやろう。
贈り物で気を良くして許すなんて、樋口にとっては受け入れ難い話ではあったが。
「だからこんなことをしに来たわけじゃないのよ。」
「でも楽しんでたでしょ。」
「黙りなさい。」
フードコートの一角で昼食がてら小休憩を挟み、話を元に戻す。
呑気に買い物をしている場合ではない。
監視者を炙り出すために街中を出歩いていたのを思い出し、もう一度作戦会議を行う。
「で、どうだった?怪しい人というか、見られてるって感覚というか、そんな感じのなかった?」
「そんなこと言われてもな・・・。正直全くピンとこない。」
「まあ、あなたそもそも鈍チンだものね。」
「そういう樋口こそどうなんだよ。一緒に行動してたんだからもし尾けられてたら分かりそうなもんじゃないか?」
「・・・手がかりなしか。」
「おい、無視するなよ。」
椅子の背もたれに体重を預けて天を仰ぐ。
いくらか気持ちは軽くなったとはいえ、根本的な解決には程遠い。
もう少し様子を見て、真剣に監視者を探すことも考えるべきだが、本当にこれが今できる最善の対策なのか不安になってしまう。
ここ最近、考えることを放棄するのに注力していたため、思考力が低下したのではないかとも思う。
バイトの参加者に限って言えばそれは良いことではあるが、ある意味ぞっとする話ではある。
究極、脳がバグってしまえばこんな悩みなど一瞬で解決できる。
そんな考えに行き着いてしまえば、人間としての最期を迎えてしまうことに等しいのではないか。
思ったよりネガティブな自分の思考回路に嫌気が差し、ため息も大きくなる。
「・・・。」
「・・・。」
沈黙。
目に見えて二人とも行き詰まってしまった。
周囲は家族連れやカップルで賑わい、子どもたちの陽気な声が雑然と響いているが、二人の間には痛いほどの静寂が流れている。
さきほどまでの買い物騒動が嘘のように陰鬱とした雰囲気になった。
悪い妄想が頭をよぎるのも無理はない。
忘れていただけで、今も二人は生死を彷徨う状況に立たされているのだ。
ただ、一見そうは見えないだけで。
「・・・そういえば、このショッピングモールだったんだよな。」
「なんの話?」
「ちょっと前、なんだかヤバい男がここに来たんだって。」
「?よく分からないわね。なにがどうヤバい男なの?」
「おれもSNSで流れてきただけだから詳しい話は知らないけどさ、頭をこう・・・ガンガン地面に打ち付けて騒いでたんだって。」
「なにそれ・・・。自分の頭を、ってこと?死にたがってたの?その人。」
「いや、だから詳しくは分からないんだよ。ただ、野次馬が遠巻きから撮った動画がSNSで流出してきたんだ。頭のおかしいやつがモールにいる件〜とかって、面白おかしく晒されてた。」
「悪趣味ねえ。人のことを見世物・・・みたい、に・・・。ねえ、それいつの話?」
「けっこう前だったと思うよ。3、4ヶ月前くらいかな?・・・なにか気になる?」
頭をよぎった悪い妄想がもう一度、踵を返し帰ってくる。
脳をバグらせたい・・・。
そう考える参加者が他にもいるのではないか。
安直ではあるが、追い詰められた人間が最期にとる行動など、案外そのようなものなのかもしれない。
「ちょっと・・・ね。それ、一応調べてみない?」
「え、いいけど・・・。調べるって何を?」
「そんなの分からないわよ。その動画でも現場でも見て何かしらを確認するのよ。こんな状況なんだから、少しでも気になることがあったら手当たり次第に足を運ぶしかないじゃない。」
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