13話 被ターゲット
「・・・わかりました。何ができるかはまだ思いつきませんが・・・私なんかでよければ協力させてください。」
「ありがとう、水木さん。」
協力関係の承諾を得ることができてまずは一つ壁を越えた気分になる。
小寺も水木の言う通り、協力して何ができるかは大して思いついていないが、それは二の次であり本来の目的ではないので具体的な提案は必要ないだろう。
ただ、協力関係にあるという安心感を水木に与えられればそれでいい。
しかし気になることはある。
水木がどれだけ記憶を取り戻していて、どんな情報を得ているか。
情報はこのゲームにおいて非常に大きなアドバンテージだ。
彼女の様子からしてこのゲームに消極的であるためあまり期待できないが、どんな人間であろうと偶然記憶が蘇るということは起こり得る。
露骨に聞いては訝しむし、なにより不安感を募らせて関係が破綻しかねないので、ここは慎重に確認するべきか。
諸々とこれからの動きを考えているうちに、水木のスマホから通知音が鳴る。
「・・・あ、すみません。夕方からちょっと予定が入ってまして。」
「あら、そうなの。大学関係のなにか?」
「えっと、うーん・・・食事会というか宴会というか・・・あんまり多人数は得意じゃないんですけど、断りきれなくて。」
「ってことはお酒の席ね。いいじゃない、そういうのは大事だと思うわ。気にせずいってらっしゃい。」
少し意外に感じる。
彼女の性格からしてそういった会にはあまり参加しない質かと思っていたからだ。
それと同時に安心する。
アルコールが問題ないとすれば、お酒を飲ませて口を軽くすることも可能かもしれない。
「じゃあ今日のところは・・・ほんとすみません。」
「いいのよ、今後ともよろしくね。」
「はい、ありがとうございます。」
もたもたするつもりはないが、かといって焦ることもない。
水木との関係は少しずつ構築していけばいい。
彼女とわかれたあと、タクシーを捕まえ自宅前まで運ばれる最中にまた今後の動きについて考えを巡らせていた。
どう利用するべきか。
シンプルな策としては、彼女に他の参加者と接触してもらい情報収集させること。
運が良ければそれが記憶を刺激して、彼女もその参加者ももろとも、全てを思い出してゲームから脱落してくれるかもしれない。
一石二鳥だが、水木がその役割を果たせるほど対人能力に優れているとは思えない。
バカとハサミは使いようだ。
使い捨てる関係とはいえ、最大限有効活用したい気持ちはある。
どう進めれば事が上手く運ぶのか。
やはり彼女が持っている情報を聞き出すことから始める必要がある。
水木はどこまで思い出しているのか。
自分の知り得ない情報、記憶を持っているのだろうか。
「・・・。」
車内からぼうっと窓の外を眺める。
数十キロのスピードで走っているため当然景色は流れるように移り変わっていき、次々にビルや街灯が現れては消えを繰り返す。
覚える必要のない、平凡な光景だ。
このようななんでもない光景であれば、どれだけ頼まれても決して鮮明に思い出すことなどできないだろう。
脳とはやっかいなものだと改めて思う。
説明会の記憶を、小寺はほとんど思い出しいるつもりだ。
だからこそ情報が命だということを理解しているし、このゲームの構造も把握できている。
あとどれだけ思い出すことが残っているのか。
リスクは高いが報酬を得るためにはわずかずつ記憶を蘇らせる必要がある。
チキンレースのような寸止めの思い出し方が理想だ。
死を身近に感じるスリルなど経験したことはなかったが、アラフォーになった今になってそれを肌で感じ快感に思うとは、人生はわからないものだと年寄り臭い感想を抱く。
あの日、見せしめとして選ばれた彼が血を流して倒れたあの瞬間から、私の人生は大きく転換していったのだと、しみじみ思い出す。
せっかくこんな面白いゲームが始まったというのに、あの場にいながらその参加者にすらなれなかったのは気の毒で仕方ない。
もう顔を思い出すこともできないが、せめて彼の分まで自分が堪能してやろうと、弔いの意味を込めて—————
「・・・だめだめ、いけない。」
楽しくなりすぎて変なことにまで頭が回ってしまっていた。
見せしめの記憶はたった今新しく思い出したものだった。
これ以上考え込んでしまっては今まで築いてきた知略算段がもとの木阿弥になる。
ゲームクリアは慎重に。
マンションのエントランスで自分の部屋のポストを確認すると無記名の茶封筒が入っているのが見えた。
見た目からして、報酬が入っているゲーム用の茶封筒であった。
だが、小寺は違和感を覚える。
つい先日報酬を得たばっかりだったからだ。
追加で記憶を思い出したのもほんの数十分前だった。
小寺の経験からして、ここまで短時間で報酬を得たことはなかった。
「・・・。」
周りを警戒しながら自分の部屋へ早歩きで戻る。
玄関を閉め、鍵をかけ、チェーンでロックし胸の動悸を必死に抑えながら封筒を見つめる。
薄い。
これまでの傾向的に報酬が入っているのであれば万札が百枚以上入っているはず。
恐る恐る中に手を入れる。
ペラ紙が一枚だけ入っている。
目を細めながら少しずつその紙を取り出す。
文字が見えた段階で慌ててその封筒と紙を投げ出す。
手書きの文字だった。
見えたのは一瞬だったがどんな紙なのかは瞬時に判別できた。
表題に質問票と書かれており、左上には自身の筆跡で『小寺法子』と記されていた。
間違いなく、説明会のときに書かされた質問紙だった。
報酬として他者の質問紙を入手し、内容を確認したことは何度もあったが、自分のものを見たことはない。
小寺が思い出していない、残り少ないであろう事柄の一つである。
狙われている。
報酬に見せかけ、油断したところに質問票を見せつけ記憶を蘇らせるトリガーにしようとしたのか。
これまで幾度となくターゲットに仕掛けを行ってきたが、自分がターゲットになったのは初めてだった。
「ふ、ふふ・・・あは、あははっはははははははっははは!!!」
笑いが込み上げる。
そうだ、当然だ。
相手はCPUじゃない。
生きた人間なのだ。
向こうからも仕掛けてくるなど、当たり前の話だ。
ましてや生死を賭けたゲームである。
静かで密かな一通の文のようだが、それに込められているのは明確で強烈な殺意だ。
こんな紙切れで人を殺そうだなんて馬鹿げている。
だが断じて冗談ではない。
小寺は本当の意味で、これが死のゲームなのだと実感する。
「・・・ぶっ殺す。」
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