11話 小寺法子は考えない
全て手に入れてきた。
望むものは全て。
勝手に他者が貢ぎにきてくれる。
何も言わずとも周りは自分に気を遣ってくれる。
黙っていてもある程度は思い通りになっていた。
そうでないものでも、多少無理をすれば全てが意のままになった。
富も、容姿も、名声も、この手の中にあったはずだった。
栄華を極めたつもりでいた。
だがそれは全くの見当違いであった。
それらは全て期間限定の儚い仮初めの力。
まずは容姿。
三十路を超えたあたりで男から声をかけられることが減っていった。
年齢だけで人を見るとはなんとも哀れでさもしい男だと小寺は考えるが、今まではそのさもしい男たちから認められることで望むものを手中に収めてきたことについては深く考えない。
自身の美貌が衰えているとも、小寺は考えない。
しかし事実として名声も落としていた。
ファッション誌の専属モデルとして表紙の一面を飾ることも少なくなかったが、男に声をかけられる頻度が減り始めた頃と同時期に、回ってくる仕事も減るようになった。
三十代のモデルなど大して珍しくもない、むしろ脂が乗り始める時期のはずだが、小寺に限ってはそうではなかった。
そしてそれらの減少と比例して、貯金も目減りしていく。
稼ぎが変わっても生活水準を落とせず、ダラダラと浪費活動を続けて気がつけば四十近くになり借金生活となる。
小寺は考えない。
自身に問題があるなどとは微塵も考えない。
変わったのは自分の周りの環境だ。
現場での撮影休憩中、編集者に声をかけられる。
「のりちゃん、最近また羽振りよくなったんじゃない〜?なにか大きな仕事でもはいったの?」
「そうなんですよ〜。まだちょっと言えないんですけど、けっこうな倍率のやつ通っちゃいまして〜。」
「へぇ、まだまだ若い娘には負けないね!応援してるから頑張ってね!」
「・・・はい、ありがとうございます〜。」
若い娘には負けない?
そのフレーズに反応しかけたがなんとか抑えその場をやり過ごす。
今の小寺は比較的機嫌が良いため、この程度の戯言ならばと流せた。
どの業界でも言えることではあるが、モデルの仕事をしていれば顕著に表れる。
仕事の倍率、利益、損失、縄張り争い、競争の類い。
この世は席の奪い合いで、良い席に座りたければ他者を蹴落とすしかない。
子どもの頃から一番高い席に座って周りを見下ろしていた小寺だからこそ、そのカースト制度とゼロサム理論の解像度が高い。
座る席がなく立ち往生して苦しい思いをする人間も多数いた。
座れないどころか、なぜか譲る者さえ存在した。
自分を犠牲にするその行為に果たしてなんの利点があるのか、全く理解できない。
必要ないなら遠慮なくもらおう。
この気概があるからこそ、あのゲームでも勝ち抜ける自信がある。
思い悩むことなど何もない。
どれだけ他人が不幸になろうが、自分は痛くも痒くもないのだから。
撮影はスムーズに進み、陽が落ちる前に余裕を持って終え帰宅できた。
小寺の住む1LDKのマンションは港区に建てられた築十数年の物件である。
交通の便もよく人気物件だが、当然家賃もそれなりになる。
収入が不安定になった一時期は退去も選択肢に入ったが、そこそこの大金が入る見通しが立ったためその不安もなくなった。
無造作にポストに突っ込まれていた無記名の茶封筒が、小寺の不安を全て払拭してくれる。
高倍率のモデルオーディションを潜り抜けたときと近しい快感も得られる。
ああ、また自分は勝利をもぎ取ったんだ。
それも命を賭けた大勝負を制することができたんだ。
だからこの対価は当然の報酬だ。
手に持って分かる封筒の厚みが、小寺の充足感をさらに上昇させる。
中身を取り出し、あらわになった万札を慣れた手つきで数える。
きっかり100枚あった。
一人暮らしのため誰に見られるわけでもないが、にやけ面になった自分の顔と剥き出しの札束を抑えて隠し込もうとする。
まだだ、まだゴールではない。
このゲームはもっと大金を得られる可能性を秘めている。
「もっとキャリーオーバーさせなきゃ・・・もっと・・・。」
記憶を思い出すことができれば報酬を次々に得られる。
しかし、全てを思い出して死んでしまったものには最後まで報酬は配られない。
つまりは、プールされる。
積み立てられた報酬は生き残ったものに配当金として与えられる。
自分が全てを思い出して死んでしまう前に、他の参加者に全てを思い出させて死んでもらい、莫大な報酬を得る。
これがこのゲームの攻略法で、最終目標なのだと小寺は理解していた。
初めて間近に感じる死の存在に恐怖を覚えたこともあったが、もっと大きな括りでいえばずっと人生という長いゲームのなかで蹴落としあいの競争をしている自覚があった。
優位性を保つためにはだれよりも先に、上に立つべきだ。
それでこそ他者が得ることのできない自分だけの利が生まれる。
その証拠に、今回も札束とは別に一枚の紙切れが茶封筒に同封されていた。
情報という名の報酬だ。
「水木唯・・・子どもの頃の将来の夢は、お花屋さん・・・ふふ、慎ましいわねえ、悩み・・・あら、こっちは全然慎ましくない。大変ねえ・・・。」
説明会のときに書かされた他人の質問紙だった。
本来ならば他人のプロフィールなど確認しても一文の足しにもならない。
しかし今の小寺からすれば情報の宝庫である。
いわばこの紙はターゲットリストだ。
もちろん小寺も当時、この質問紙に記入しているので他人のものといえどこの紙を吟味し問答を確認するのはリスクではある。
記憶が蘇るきっかけになりかねない。
それでも小寺は考えない。
ネガティブな思考など全くない。
物事が上手く運んでいるときはなおのことである。
「若いんだからだめよ・・・楽して稼ごうとしちゃ。」
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