1話 苦学生 花田佑一郎



神経がすり減る。

ここさえ凌げば、ここさえ当てることが出来れば、何とか次に繋がるんだ。

いや、繋がるどころかアガリも見えてくる。

大逆転勝利も夢じゃない。

この苦しい状況を一気に打開できる足がかりを、おれは探していたじゃないか。

ここまで真剣に記憶を辿っているのは生まれて初めてかもしれない。

生死を賭けた究極の選択だ、無理もない。

どっちだ、どっちが正解だ。

ここが分岐点だ・・・おれの・・・おれの人生の・・・!




「こっちだ!・・・あああ!」

「はっはあ、残念だったな〜佑一郎。クイーンはこっちなんだわ。となると、こっちの2組は6と・・・9で、ラスト!はいおれの勝ち!」

とたん、緊迫した空気が一気に弛緩していく。

あとは流れ作業といった感じに、花田が逃した勝利を掠め取っていった。

神経衰弱は終盤になるとこのような最後の1組まで一直線、といった光景をよく目にする。

一度思い出す流れが出来上がると、数の少なさも相まってテンポ良く次々とカードをめくることができるのは、経験したことのある人も多いだろう。

今回花田は、あと一歩のところでその流れを生み出すことができなかった。

「嘘だろ・・・なあ智広、ノーカンにしよノーカン。勘弁してくれ!」

「ダメに決まってんだろ、お前ほんと記憶力ないよなあ。逆にもう不憫になってきたわ。」

「じゃあ頼むよ!」

「無理。」

懇願も虚しく、花田は負けの代償として自分含め参加者4人の学食代を払うこととなった。

定食メニュー690円。

ただでさえ苦学生の花田にはバカにならない金額だが、それが4人分ともなると大打撃だ。

さっき食べた唐揚げ定食が2,760円に化けてしまった。

リッチな昼食だったと思い込もう・・・とは考えてみるもののこの大学の学食には、2,760円どころか定価の690円の価値すら花田は見出していない。

今回ここで昼食をとったのも、先ほどの勝負に勝ち友人3人のだれかに払ってもらうつもりだったからだ。

負けたときのことは考えない、前向きな性格と評することもできるが、基本的には自分に都合の良いように物を捉える考え足らず、というのが周囲からの評価だった。

支払いを済ませた手持ちの残金は100円玉3枚と10円玉6枚だけ。

今月残り6日間をこの残金でやり過ごさなければならない花田にとっては、まさに先ほどの勝負は生死を分つ死活問題だったのだ。

しかし結果として花田は惨敗。

「おいおい、どうすればいいんだよあと6日間・・・。」

生死を賭けた大勝負ではあったが、負けたからといって本当に死ぬわけにもいかない。

なにか手立てを見つけなければ。

いつもより唐揚げ定食の鶏の臭みを感じながら、日銭を稼ぐ方法に考えを巡らせた。




講義を終え帰宅した花田は日雇いバイトを求めて求人サイトを漁っていた。

イベントスタッフ、倉庫整理、検品業務・・・いずれも当日支給で2万弱稼げるバイトだが、あいにく明日明後日に都合よく入れる日程にはなっておらず除外した。

給料や仕事内容よりもスケジュールを優先しなければ、残り6日間を耐え忍ぶことができない。

ここで選り好みしていれば冗談ではなく本当に生死を彷徨うハメになるか、犯罪行為に手を染めることになりかねないとさえ思った。

計画性のない自分を呪った。

子どもの頃から出たとこ勝負を地でいくタイプで、いつも直感的に物事を進めてきた彼だが、それは大人になった今でも変わっていない。

子どもであればその振る舞いに勇敢さを見出し褒め称えられもするだろうが、大人が行うそれは非難の対象になりやすいと言える。

もっと考えて動け。

子どもじゃないんだから。

学習しないなお前は。

高校生になったあたりから、そんな言葉を方々からかけられてきた。

進学のため田舎から上京する際も、親には散々心配をかけてしまった。

家族は皆、離れて暮らす花田へ助言や心配事を口にしたが、それを鬱陶しく思った花田は「大丈夫だよ」の一言で退け単身東京へ移り住んだのだ。

上京した当日、根拠のない自信に溢れた花田がまず洗礼を受けたのは、ネット上のみで内見を済ませたがゆえに見抜けなかった、引越し先の家の劣悪環境である。

グラグラするドアの建て付けに始まり、水回りはカビ臭さが強く、シャワーの水圧は弱め。

そしてなにより線路に近いため、電車が通ると振動と騒音がすごく、昼寝なんてとても出来たものではなかった。

さらに最近発覚したのだが、ほんのわずかだけアパートが傾いているようだ。

その事実に気付くのに1年近くかかったという点が、花田の鈍感さを物語っている。

そして上京してから今もなお花田を苦しめているのは、金銭のやりくりである。

都内はどこに住むにしても高くつく。

多少の仕送りがあるにしても倹約するすべを知らない花田にとって、東京に居を構えるということ自体が難しいとは、思いもよらないところであった。

「はあ・・・なんか、こんな感じで生きていっていいのかなあ、おれ・・・。」

明日を生きるために色々考えていたつもりが、いつの間にか遠い将来の心配をしていた。

無論、漠然とした不安であるため数分もすれば悩んでいたことも忘れる。

深く考え込まないのが花田の長所であり短所・・・と誰かが言うかもしれない。




「お、あるじゃん明日のバイト!」

寝る直前、電気を消し布団に寝転がりながらもう一度探してみようとスマホで調べていると、明日の日付で当日支給のアルバイトを発見した。

これで明日1日だけ300円ちょっとで凌げば、とりあえず今月はどうにかなる。

すぐさま応募しようとサイト内をくまなく見る。

が、すぐ異変に気付く。

「・・・は?なんか気味悪いな。」

応募フォームがない。

それにバイトの紹介文には通常、仕事内容の詳細や応募資格、応募先の会社名が記載されているはずだが、不気味なほどにスカスカの掲載となっている。

あるのはバイトの場所とそっけない仕事紹介。

「当日支給50,000円。見込みがあればその後も支払いあり。頭を使うお仕事です・・・って。」

どれくらいの時間拘束されてその日給なのか、頭を使ってなにをするのか、このページだけではなにも分からなかった。

下のほうには(こんな人は大歓迎!)という掲載欄があり、【勘の鋭い人】と一言だけ添えてある。

鈍感な花田でもなんとなく感じた。

よくないタイプのバイトかもしれない。

詐欺の受け子みたいな闇バイトであれば応募するわけにはいかない。

そもそも応募フォームがないため出来ないのだが、ともかく怪しげな雰囲気を醸し出すこのバイトには関わらないほうがよいと感じた。

しかし同時に気付く。

あれ、じゃあおれどうするよ?

さきほど花田は生死を彷徨うか悪事に手を染めるかどちらかだ、と心の中で謎に昂然とした物言いをしたが、悪にはならないのであれば死を覚悟しなければならないのか。

さすがにそこまでの大事ではないが、実際困り果てているのは事実であった。

家族や友人に顔向けできないことはしたくない。

したくないのだが・・・。

「まあ、覗くだけなら。」

ここまで不気味なバイトであれば、少し好奇心が湧いてしまうのも無理はない。

空腹に負け、誘惑に負け花田は記載のあった住所に行くだけ行ってみようと決心した。

「勘の鈍い人間でも歓迎してくれよな。」


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