第26話 疑似オーラウェポン

 ソウルチップとオーラウェポン。

 三年前に帰還した後、ソルが研究したのは主にその二つ。

 そして自分のオーラウェポンを持たないまま、力を求めたソルが辿り着いたのは、その研究の先にあった。

 ソウルチップは記憶を始めとした情報が入っており、その中にはもちろんオーラウェポンの記憶もある。

 地上人を捕らえたことで、転送装置が何らかの干渉をソウルチップへと実行していることはレドルドとも話したが、ソルはすでにソウルチップへの干渉自体が可能であることは知っていた。

 その方法とは、一定以上の力でオーラに晒すこと。

 量ではなく力。これをソルはオーラ圧と呼んだ。

 オーラ圧を一定以上かけることで、エネルギーが流れ、干渉することができる。

 干渉することで情報を読み取り、他人のオーラウェポンについての情報を得ようと考えた。

 オーラウェポンは人によって様々。似たものはあれど、全く同じオーラウェポンは生まれない。

 ある意味オーラウェポンはその人間の個性の塊なのだ。

 しかし無から有を生み出しているわけではなく、どんなものにも生成の過程がある。

 その過程を波形パターンとして記録できないかと考えた。

 例えばオーラウェポン生成の過程を、オーラのゆらめきとして波形で表わしてみる。

 実際にオーラウェポンを作り出す時間は、極めて瞬間的なことではあるが、ゼロというわけではない。

 分かりやすいように五秒でオーラウェポンが作られるとして、時間を横軸にしてオーラの量を縦軸にしたとする。

 増減するオーラ量も、秒数も一刻みの時、五秒間ずっとオーラ量が一定なら、点と点を結べば一本の直線になる。

 一秒ずつオーラ量が増減するなら、ぎざぎざの波形ができるといった具合だ。これが波形であり、個人が持つ特殊パターン。

 実際はもう少し他の条件も加わるが、主にこれらの積み重ね。

 それぞれのオーラウェポンはどういった流れで、仕組みで作られているか解析ができるというわけだ。

 人間は一人ひとり全て違う情報を持っているが、オーラという生成エネルギー自体は同じもの。だから使える。

 一度発現してしまえば忘れることはなく、一度泳ぎ方を覚えた人間が、何年も水に入らなくても泳げるようなもの。

 解析して同じ波形を用いれば、同じことが出来るはずだと気付いた。

 筋肉量や性格、知識量などで使い勝手は違うだろうが、不格好ながらも似たようなものは生み出せた。


「ルナ……」


 三年の間、いつも助けてくれた妹の顔をソルは思い浮かべた。

 助けてくれたというのは大げさではなく、公私ともに支えてくれた。

 ソウルチップにオーラウェポン。ここまでの検証が出来た理由は、ルナが訓練をすることもなくオーラウェポンを発現させたからだった。

 紛い物の天才の妹は、本当の天才だった。


「お前の力、借りるぞ」


 パターン零、身体能力強化。

 ルナの能力は単純であり強力。人の身体能力を著しく向上させるものだった。

 以前のソルでは全く反応できなかった大男の動きに、なんとかついていく。


「ふむう。空人にしては、なかなかの動き。だが――」


 そしてその後はアッシュの協力。

 再会できたのは幸運だった。オーラ研究をしているアッシュの元には情報があった。

 研究のために、様々な能力を記録していたことを知っていた。

 有用そうな能力を持つ人物の情報と居所を探り、会いに行ってパターンを記録した。

 ソルがアッシュと別れてからの数日で行っていたことは、主にその件だった。


「ほうら! ここだ!」

「ぐう――」


 パターン壱、空色の壁。

 覚醒者である双子の妹、フィリアのオーラウェポン。外敵の脅威から身を守る、オーラで出来た絶対防御。

 才能はあっても、戦闘経験の浅いソルは何度か大男の槍に貫かれそうになっている。だがその都度、局所的に作られた壁が、槍の軌道を逸らしていた。

 槍に貫かれる度、壁は割れる。

 小気味の良い音が断続的に鳴り響くが、その音はソルが責められていることを示している。

 絶対防御と名高いそれが破られるのは、敵の力量によるものもあるが、主にソルのせいだった。

 疑似オーラウェポンの欠点は、能力の出力が、オリジナルよりも随分と劣ること。

 完全に再現できたものは一つとしてない。

 やはりというべきか、当たり前というべきか、ソルが解析した仕組み以外に、理解の及んでいない力が働いている。


「空人共は面妖な技を使うが、一人につき一つではなかったのか」

「さてね」

「貴様からは歪なものを感じる」

「なんだ? びびってるのか?」

「くく、まさか。我らが空人に劣ったことなど過去一度もない。そしてそれは、これからもだ。未来の勝敗は変わらんが……貴様はここで始末しておこう」

「やっぱりびびってんじゃねえか」


 そう言うと、大男の周囲を漂う靄が爆発的に膨れ上がった。

 決着をつける気なのだろう。

 闘気と共に床を踏み抜いた男の初動に合わせ、ソルも動いた。


「戦闘センスは悪くない。さらに体捌きは目を見張るものがあるが――」


 ソルに何か言葉を返す余裕はない。

 応じるだけで精一杯だった。

 そんな中、大男は余裕のある笑みを浮かべた。


「貴様、その武器に慣れておらんな?」


 強大な一撃を剣で受け、ソルの体は後部へと大きく飛ばされた。

 壁に背中を打ち、勢いが止まったところで、よろよろと立ち上がる。

 顔を上げると、凄まじい速度で追撃をしてくる大男が視界に映った。

 速度、力、経験。ソルが上回っている点は一つもなかった。打ち合うどころか、避けるのも不可能だ。


「ソル!」


 誰かの声が耳に届いた。


「やだ! ソル! やだぁ!」


 大男の槍がソルを貫くまでに、もう瞬きするほどの時間もないかもしれないというのに、叫ぶ声が耳に響く。

 気を逸らしている場合ではないというのに、声の主の顔が頭に浮かんだ。

 彼女たちと約束をした。それは一方的に交わしただけだったかもしれないが、それでいい。

 道を切り開くのは下っ端の仕事。彼女たちには堂々と広い道を歩いてもらう。

 つい先ほど見た彼女の一閃には、確かな希望を感じさせられたのだから。


「黙って見てろ――」


 パターン弐、空色の剣。

 覚醒者である双子の姉、アーリのオーラウェポン。未熟な太刀筋ながらも、巨大生物と地上人を一振りで屠った、全てを切り裂く剣。

 吹き飛ばされ、消えていたそれを、ソルは再び手に出現させた。

 疑似オーラウェポンの発現に必要なプロセスは、その個人に触れることと、オーラ圧によって干渉し、記憶に刻まれたオーラウェポンのパターンを取得すること。

 あとは細かい解析と調整、応用である。

 ソルは、突進してくる相手に合わせ、力の限り剣を振り下ろした。


「くはは! いまさらそんなもので、本気になった我の槍は止められん!」


 振り下ろされた剣の刀身は、槍に当たる寸前で一度消え、ソルの振りかぶった動作と共に、すり抜けるようにして再び現れた。

 通常の武器とは異なり、オーラによって作られるオーラウェポンは簡単に出し入れができる。ただその性質を利用しただけ。

 衝突を避けた剣は、そのまま大男の肩から腰を斜めに切り裂き、大男の槍もまたソルの体を貫いた。


「馬鹿な……」


 血しぶきが舞う。

 肩を壁ごと槍に縫い付けられたソルの目の前で、大男が口から血を流し、倒れこむ。

 槍の勢いに押され、アーリのように一刀両断とはいかなかったが、致命傷をあたえることは出来たようだ。


「だめだ。力が入らない」


 肩に刺さった槍を抜こうとするが、微動だにしない。

 力が抜けてしまっているというのも一因だが、槍の穂先が随分と壁の奥深くまで入り込んでいるようだ。

 倒れている男をソルは見る。

 やはり怪物。やはり格上。勝てたのは奇跡に近い。

 生死を分けたのは覚悟の差。

 最初から貫かれる気で迎え撃ったソルと、止めを刺しに来た大男。それが実力の差を埋めた。

 そしてもう一つは、オーラウェポンという武器の特異性。

 アーリのオーラウェポンの一番の特性は切れ味。しかし疑似オーラウェポンではその再現は難しく、特性を生かし切ることはできなかった。

 それならば、と考えた。どうせ完全再現できないのならば改変してやろうと。

 そして解析に解析を重ねた結果、複雑怪奇な波形の中に、オーラ出力により刀身の長さや厚さを司るポイントを見つけ、反映させた。

 その研究結果が目の前にある光景に現れていた。


「ソル! ソル!」


 何度も名前を呼びながら、アーリが慌てふためきながら駆けてくるのが見えた。

 出血と、なんとかなったという安心感で意識が朦朧としてくる。


「フィリアは?」

「大丈夫。気を失っていただけだし、先にもう病院に運ばれた。それよりソルが!」


 駆け付けるなり、腹に抱き着いて泣き始めたアーリと言葉を交わす。


「そう思うなら、まずはこの槍をどうにかしてくれ」

「うー。分かったけど、どうやって」

「一思いに、ずぼっと抜けないか?」

「だめ。こういうのは、無理に抜いたら血がいっぱい出ちゃうって聞いた」

「じゃあ、おとなしく助けを待つか」


 おろおろと落ち着きのない素振りを見せた挙句、再び泣き始めたアーリの頭に手を乗せたソルは、その背後に立っていたノアに声をかけた。


「これで、完全に敵対してしまいましたかね?」


 今までは人を襲うだけの怪物だと認識していた地上人を、今日は人だと認識した上で排除した。

 元々敵対はしていたとはいえ、これで言い訳は出来なくなった。


「……君は気にしなくていい。よくやった」


 ノアはそれだけを言うと、口を閉ざした。

 ソルも続く言葉が出てこず、ノアから視線を外して俯いた。

 肩の痛みから逃れるように、考え事をする。

 よくよく考えればここは地上ではない。最悪の事態になっても、ソウルチップが無事なら、なんとかなるではないか。ではいっそのこと――

 馬鹿か、と自分を叱咤する。

 朦朧とする頭と、アーリの泣き声が響く状況では、ろくな考えは出てこなかった。

 そうして頭を振ったソルが顔を上げた瞬間、不気味な地響きが鳴り響いた。


「なんだ……」


 礼を失するなど、考えている余裕はなかった。

 次々と床にひびが入るのを見たソルは、声を上げる。


「ノア!」


 縋りついていたアーリを思いきり突き飛ばすと、床はひびに合わせるようにして割れていった。

 ノアがアーリを受け止め、驚いたような表情でソルを見た。


「え、あ――」


 突き飛ばされ困惑していたアーリが、事態に気付いて手を伸ばしてくる。

 何かを叫んでいるが、もうあまり聞きとれはしなかった。

 出血と疲労で体に限界が迫っていた。

 そもそもあの手を掴んだとしても、壁に貼り付けにされたままの体ではどうしようもない。

 床も、壁も、建物を支える地面さえもが、なくなろうとしていた。

 すでにソルとノア達の間には高低差に違いが生まれていた。端から崩れているのか、ソルの周囲は崩壊が早かった。

 ノアが暴れるアーリを抑え付けているのが見えた。

 届くかどうかも分からない距離で、ソルは呟いた。


「悪い。フィリアにも伝えておいてくれ……お前らとの約束、守れないかもしれない」


 暴れていたアーリの体が、一瞬固まった気がした。

 そのあとはもう、互いに姿を見ることはなかった。

 ソルの体は崩落する地面と共に、宙に投げ出されていた。

 落ちる先には、床も地面もなにもない。ただ空という領域が拡がっている。

 まばたきか、幻覚の類か。一つの影が、太陽の光を一瞬遮った気がした。


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