第20話 挟撃

「待ちなさい!」


 双子に背を向け歩きはじめると、素早くソルの脇をすり抜けていった双子の姉が、前方に立ちふさがった。

 姉かどうかは正直見た目で分からないが、口調からしてそうだろう。

 この期に及んで一体何の用なのか。文句を言いたいのはこちらなのだが、と首を捻る。

 背後では、双子妹がにこにこと笑っていた。

 即座に戦力計算――どちらがより面倒な相手かどうかを判断――をしたソルは再び反転して、双子妹がいる方へと向かった。

 気の強そうな姉と、穏やかだが頭のねじが緩んでいそうな妹。どっちもどっちだったが、ここは妹の方が話が通じるだろうと踏んだ。


「こっちはだめぇ。通さないよぉ」

「まさか……」


 双子妹が間延びした声でそう言うと、いつの間にかソルとの間にオーラで作られた壁が出来ていた。

 このような超常的力、オーラウェポンで間違いない。

 透明に近い空色の壁は、簡単に進行を許してくれるものではないだろう。

 ソルが壁をぺたぺたと触る向こう側で、双子妹も自分の手をソルの手に合わせるようにして遊んでいた。

 無言で睨むと、えへへと彼女は笑う。


「なんのつもりだ」

「せっかくお姉ちゃんが向こうに行ったんだから、相手をしてあげてよぉ」

「いや、おい――」

「だーめ」


 朗らかに笑う双子妹だが、壁を解除する気はなさそうだ。こういった動じない種類の人間は、意外と意志が強いことが多い。

 がっくりと肩を落としたソルは、今度は姉の方と対峙することにした。

 とぼとぼと近づいていき、顔を上げ様子を窺うと、腕を組んだ双子姉が不満気な表情をして待っていた。


「なんでわざわざ、あのこの方へ行ったの」

「お前の妹の方が性格がよさそうだったから」


 双子姉は壁に思い切り拳を叩きつけた。

 そして自分で痛めた拳を、涙目で撫でながら、恨みがましい目で睨んでくる。

 冤罪を吹っ掛けられ、非情に不愉快だった。

 妹の方が良さそうと言っただけで、姉が悪いとは言っていない。


「ぐぎぎ……まず、あんたの名前を教えなさい」

「断る」

「こ、断るな! どうせ、なにか言えない理由でもあるんでしょう?」

「なんとなくお前らには教えたくない。というわけで、通るぞ」


 強引に脇を通ってしまおうと考えたソルだが、双子姉がオーラウェポンを展開したため、立ち止まった。


「お前もか……嘘だろ、こんなところで」


 妹が作った壁と同じような、透明に近い空の色。

 双子姉の展開したオーラウェポンの形状は剣だった。それは紛れ様もない、こんな場所で出てくるはずのない、他者を傷つけるための武器。

 今のところ、本人に人を害しようとする雰囲気は感じられないが、無理やり立ち止まらされたソルは、仕方なく会話を続ける。


「なんなんだよ、全く」

「名前を言え、不審者め」

「誰が不審者だ。さしあたり凶器を振り回すお前らの方が危険だろうが」

「はあ? こんなに可愛い私たちが、危険なわけないでしょう」

「自分で言うな。危険かどうかに容姿は関係ねえよ。しかもその理屈なら、ハンサムな俺も危険じゃないだろうが」

「あんたも自分で言ってるじゃない! でも、あはは! 思い上がりも甚だしいわね。あんたみたいなブサ……」

「お姉ちゃん。私はお兄さんの顔、結構好きだよぉ」

「あ、ばか!」


 この状況が面倒なことに変わりはなかったが、背中から聞こえてきた素直な感想に、ソルの気分は少しよくなった。


「技術部所属のソルだ」

「なんで突然名乗ったのよ」

「名乗りたくなったからだ」

「……いいわ。私は、戦闘部のアーリ。そして、そっちにいる妹が――」

「フィリアだよ!」


 すらすらと名乗りを上げた双子が、嘘をついているようには見えなかった。

 印象的には結構年下に感じたのだが、二人は誰かの家族というわけでもなく、機関の人間のようだ。しかも戦闘部。


「……ほーん」


 とは言ったものの、特に二人を覚えて帰る気のなかったソルは気のない相槌をうった。


「満足したか? 俺はもう行くぞ」

「ちょっと待って。今、頑張って思い出しているから。そんなやつがいたような、いなかったような」

「んー私は他部署の人の名前なんて全然覚えてないけど、お兄さんのことは今まで一度も見たことがないかなぁ」

「あ! そうよね! 私たちは毎日この時間に出勤しているけど、あんたのことなんて一度も見たことがないわ!」

「そりゃあ、毎日この時間だからだろ。明るい時間に働いている人たちがいることは知ってるか? 少しでも考えたか? 馬鹿か?」

「ぐっ、あんた……」


 当然のことを指摘しただけだというのに、悔しそうに睨みつけてくるアーリ。

 何も言わないのを見て、今のうちに通ってしまおうと一歩踏み出したソルだったが、赤面した彼女がオーラウェポンを振り回したため後退る。


「うお、あぶねえな! まだ何か用があるのかよ」

「まだって。まだ、名前を聞いただけでしょうが! それに妹を馬鹿にされたまま、引き下がるわけにはいかないわ」

「ちゃっかり妹のせいにしてんじゃねえよ。俺が馬鹿にしたのはお前だよ」

「く、またしても。ソル、と言ったわね? 悪いけど死んでもらうわ」

「物騒が過ぎる。悪いけどって言えば、許されるとでも思ってるのか? まず、なんて報告するつもりだ。機関内での人殺しなんてすぐにばれるぞ」


 そういった調査に使えそうなオーラウェポンを持つ者が、機関に一人はいるだろう。それに少々手間はかかるかもしれないが、容疑者一人一人のソウルチップから記憶を抽出するといった方法も可能だ。

 中央島の、しかも機関内で起きた殺人なんて、瞬く間に暴かれてしまうことは間違いない。


「うまくやるわ」

「やれるわけねえだろ。馬鹿なんだから」

「ま、また言ったな! ばか! あんたの方がばか! ばーかばーか! 私はとっても賢い!」

「もうその発言が馬鹿。というか、行動も馬鹿っぽいよな。むやみやたらに廊下を走るなよ」

「広いからいいでしょ! 何のための広さなのよ!」

「そんな返され方をされるとは思ってなかった。でもまさに今日、俺とぶつかってるけどな」


 今までは見逃されていただけだろうな、とソルは思った。

 おそらく双子の性格を知っている奴らは、注意するのすら面倒だったのだ。


「そもそもさ、妹の方が走り出した理由は分からないけど分かったが、なんでお前も走り始めてんだよ。テンション上がっちゃったか?」

「いけないの? ソルは、可愛い妹が無邪気な笑顔で走り始めたのを見て、自分も走ろうとは思わないの?」

「……思わないけど」


 妹と言われて、思わずルナのことを想像してしまったが、頭を振ってすぐに振り払った。

 ルナが駆けてくるところは容易に想像できたが、自分も合わせて走り出すところは現実味に欠けた。


「あ、そうよ。ソルの目的は何? あっちに行こうとしたり、こっちに行こうとしたり、今思えばとっても怪しいじゃないの!」

「本当だね。すごいよ、お姉ちゃん!」

「何も凄くないし、露骨に話を変えたな……俺は、トイレに行こうとしただけだよ。あっちこっち行こうとしたのは、お前らが進路を阻むからだ」

「嘘ね。焦りが感じられない」

「余裕のあるうちに行っておこうと思っただけだからな。お前らなんてどうせ、催してから毎回全力疾走なんだろ?」

「なっ! 見てたの? 変態!」

「想像しただけだ」

「想像されるなんて恥ずかしいよぉ。変態!」

「……馬鹿どもが」


 話が一向に進まず終着点が見えない。

 何が正解で、何が間違いなのか。どうすればこの苦境を乗り越えられるのか。

 いっそのこと強引に包囲網を突破してやろうかとソルが思い始めた時、すぐ近くの扉が勢いよく開いた。


「さっきからなんなんだ、騒々しい!」


 扉から現れたのはアッシュだった。

 今思うと確かに、出発点からそれほど進めてはいない。

 思わぬ味方の登場に一息をつく。夜になってさらに伸びてきた無精ひげが、今日は輝いて見えた。

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