第15話 進路

「店先で、するような話じゃなかったな」


 自分の耳に小指を突っ込みながら、アッシュがしみじみと言った。

 思っていたよりも重い話だったのだろう。余計なことを聞かせやがって、と顔に出ている。


「そうかもな」

「ま、ある意味聞かれるとまずい話もあったわけだし、機関の建物内よりかは良かったのかもしれないな。店の利用者も少ないし」


 ソルたちが話している間、店を訪れた者はいなかった。

 商品の取り扱い上、地上探査機関に所属する人間専用とも言える店だからだ。

 開拓されつつある地上への移住を見越して、変わり者の一般客も利用することはあるが、それは趣味や災害時の備えに近い。


「お話、終わった?」


 少し離れた所にいたルナが、とてとてと近づいてきて言った。

 難しい顔で話していたソルとアッシュが、落ち着いたタイミングであった。

 アッシュが笑みを浮かべる。


「大体は、終わったよ」

「たまーに様子を見てたんだけど、長かったね。二人とも、難しい顔してたし」

「ごめんごめん。それより、ルナちゃんは知ってるの? ソルがまた危険な――」

「おい」


 二人のやり取りを聞き、口を滑らせそうになったアッシュを睨んだ。


「しかしお前な――」

「いいから」


 そもそも機関と衝突する気のないソルは、ある程度の証拠がつかめ次第、最終的にはそれらの情報を報告するつもりだったのだ。

 危険な話にさせるつもりはなかったし、ルナに教えたところで無用な心配をかけるだけだと思っている。

 しばらく目を合わせていると、アッシュは諦めたように首を振った。


「……っぱり」


 消え入るような声でルナが何か言っていたが、聞こえなかった。

 そして聞き返すより先に、ルナは朗らかな表情で口を開いた。


「アッシュさん、いいよ。ありがとね。兄さんはよく、仕事のし過ぎで体調を崩して危険なんだよね。でも、これからはアッシュさんが近くにいてくれるなら安心だよ」

「おう……おお! 任せてくれ」

「家族サービスが足りないんですよ! この兄は!」

「おいおい。こんなに可愛い妹がいるのに、なんて野郎だ!」

「ねー。全く。本当に」

「まったく、まったくぅ。もしもの時は、殴ってでも休暇を取らせてやんよ!」

「それはやりすぎです」

「や、やりすぎだよなー! それはさすがに!」

「兄さんを一発殴る度、私があなたの歯を一本折りに行きます」

「いっ!? は、歯を? もちろん冗談さ!」

「私のは、冗談ではないです」

「はい……」


 調子に乗りやすいアッシュがルナに振り回され、僅か数秒の間にその表情を百八十度変える。

 いじめられ、最終的に固まってしまった友人の肩を強く叩き、三人で店を出た。

 珍しく何も買わなかったルナを横目で見つつ、ソルが口火を切った。


「ルナも、今日で十八か。卒業したらどうするんだ」

「んー? 今のお店がそうだよ。見ておきたかったんだよね」


 今年教育機関を卒業するルナ。

 たとえ何も考えていないと言われようが、これまでと変わらず養っていくつもりであったソルだったが、意外にも将来はしっかりと見据えていたようだ。


「ショップの店員になりたいのか?」


 違うだろうな、と思いながらもソルは問いかけた。

 そうであって欲しい、という希望も少しあった。

 しかし何も買わないというのに、わざわざ今の店に興味を示すことは考えにくかった。


「ううん。完成品じゃなくて、作る方」


 やはり、と思う。


「そうか。でも、それは……」


 あの店はソウルチップに密接に関係している。それも、売るのではなく作る方。

 つまりそれは、機関に入るということだ。


「ああいうのに、興味があるとは知らなかったな」


 地上探査に行きたいと言われなかったことに、内心で安堵の息を吐いた。

 地上探査に行くことだけは、許さないつもりだった。

 しかし他人の許可なんて最終的には関係ない。

 たった一度の、自分だけの人生。誰が何と言おうがその事実は変わらないからだ。

 衝突するのか、はたまた考えを改めるのかは分からないが、周囲の環境や人は影響を与えることができてしまう。

 だからソルは亡き両親に代わり、出来る限り環境を整えてきたつもりだった。

 たった一人の肉親である、大切な妹の選択肢を狭めないように。


「兄さんと、同じところで働きたいなって」


 それは本当に、妹のやりたいことなのだろうか。

 そう口に出しかけるも、すぐにその考え自体が傲慢だということに気付き、別の心配を口にする。


「訓練とか、大丈夫なのか」


 荒事にも通じる者が多い機関は、治安維持等の役割も担っている。

 そのためどのような分野に進もうとも、最低限の訓練はさせられる。

 ソルの心配を挑発と受け取ったか、ルナが眉を上げ答えた。


「むっ。兄さんは知らないかもだけど、頑張って体も鍛えてるのだよ! クラスの女の子の中じゃ、運動だって一番できるんだから!」


 自信満々にそう言ったルナの身体は、とても細かった。

 見せつけられるように差し出された力こぶに触れてみるも、思ったよりは鍛えているかな、といった程度。

 オーラウェポンという超常的力の存在がある以上、男女の筋肉差など覆せるものではあるが、それでも差は差だ。

 仮に今、ソルが本気で力を込めれば、ルナの細腕は簡単に折れてしまうのだから。


「むー」

「ああ、悪い」


 考え事をしていて、無言で腕を掴むソルの反応に気を悪くしたのか、頬を膨らませたルナが唸り声をあげていたため、慌てて離す。


「先生だって、おすすめしてくれたよ。なんなら地上探査にだって――」

「それはやめてくれ」


 思わず、といったルナの言葉に、反射的にソルは反応してしまった。

 ルナの進路に口を出したくなかったということに加え、全くもって自分が言えた義理ではないため、非常にばつが悪い。

 兄さんは行ったじゃない、兄さんだけずるい、等と反論されれば返す言葉はなかった。


「もう、分かってるよ。だから私も研究の道に進むことにしたの」


 ソルの悪い想像とは異なる返事。


「兄さんと同じ、ね」


 ただ何でもない言い回しのはずなのに、ルナのこととなると深読みしてしまうのは悪い癖なのだろう。


「ルナちゃんも機関に入るのか。いいね。俺は応援するぞ!」

「うん! ありがとう!」


 ルナとアッシュが来たるべき生活に思いを馳せ、盛り上がる中、ソルはどこか心あらずだった。


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