第14話 ソウルチップとオーラ
「ま、基本的にはこんなところか」
閉口したままのソルを見ながら、アッシュは深く息を吐き出し、ソウルチップの説明を終えた。
「さすがだな。聞いておいて良かったよ。割と勉強になった」
「はっ。そうかい」
アッシュは研究者だ。
ソルの言い方は聞きようによっては皮肉めいていたが、アッシュは微笑を浮かべ鼻を鳴らしただけだった。
「それを踏まえて話すが、三年前のあの日、俺は偶然にも転送装置に乗っても消えない物質を見つけたわけだが」
繋がっているようで、繋がらない話。
アッシュは最初困惑した表情を浮かべていたが、こちらは先ほども一度伝えた話である。
結局何を言うこともなく、一人納得した様子で視線だけをよこして先を促してきた。
三年前という単語から、元々店に入る前にソルへ問いかけた内容を思い出したのだろう。
「普通は考えるよな。なぜ今回俺が見つけた新素材は、転送することができたのか。転送の可不可の条件は? そもそも転送装置とは、どういった機能なのだろう」
今を生きる人々にとっては生まれた時から存在するものとはいえ、一度も疑問を抱かないということは稀だろう。
ただ生活を続けるうちに、そういうものだと認識して興味を失ってしまう者が大半であり、ソルもまたその一人だった。
しかし当事者になってしまえば話は変わる。
強引に意識を向けさせられ、考えるようになった。
そんな中で起こった閃きもまた、意図したものではなかったのかもしれない。
「こんな前置きを挟んでおいてなんだが、結局ほとんど何も分かってはいない」
「なんだよ。びびったぜ」
「でも、分かりきった事実から付随する仮説は立てられる。転送装置が何らかの干渉をしていることは間違いなく、それが物質の選別につながっているということだ」
空と地をつなぐ転送装置がもたらす結果は、特定物質の長距離高速移動。
何らかの力が働き、選別された物資が転送されるというのは変わらない事実。そしてその枠内は、人体だけではなかったということ。
「干渉と選別ねぇ。しかし、なんだかお前の説明はいちいち回りくどいな」
「必要なことを、俺なりに順番に話しているつもりなんだがな」
「本当かよ」
ソルは店の商品サンプルを手に取った。
「それより、気付かないか?」
「何がだよ」
話を振られるとは思っていなかったのか、油断していたアッシュは若干むすっとした声を出した。
苦笑しながら、ソルは情報を上乗せする。
「俺の見つけた新素材。それ以外にも、転送装置の干渉を許していないものが、すでに一つあるだろう?」
続くソルの言葉にアッシュは一つ舌打ちをする。
「今度は、すっ飛ばし過ぎて分からん……」
小さな恨み言のようなものを発し、頭をガシガシと掻くアッシュ。
回りくどいと言われたソルだったが、すでに次の話に繋がる大部分を示したつもりだった。
顔を上げたアッシュが、神妙な表情で口を開いた。
「なるほど。ソウルチップか」
ソルは頷いた。
なぜ事前にソウルチップについてわざわざ話したのか。知識のすり合わせと、誘導。結びつけるのは容易である。
「新素材だなんだと騒いではいるがな。ずっと、あったのかもしれない。常識のすぐ側に」
手に持っていた商品サンプルを手渡すと、受け取ったアッシュは難しい顔をしながら、じっとその商品サンプルを眺める。
「この店だってそうだろ。データとして登録された商品は、地上へと持ち込むことができる」
キャンプ道具や装備各種、もちろん服だってそうだ。服がなければ、地上では全員素っ裸で行軍することになってしまう。
地上は開拓され始め、転送先周辺には基地が作られているが、転送装置の性質上現地調達されたものでしかやりくりができない状況だ。
簡単な食事と休息を取ることの他に出来ることは少ないのだ。
「そして、それらのデータがどこに保持されているかというと、それはソウルチップだ」
データ量に限りがあるというが、変化しない物品なんて、人が普段得ている情報量に比べれば些細なもの。
「ソウルチップ自体が、転送装置に乗っても消えない物質の一つ。そしてその中のデータでさえも、本来は選別の対象だって言いてえんだな」
頭の回り始めたアッシュは頼もしく、ソルは思わず口角が上がった。
服や、その他の道具。そもそもそのような外付けのデータより先に、考えるものがある。
「そうだ。転送される前と後。つまり地上探査に行って帰るという行動の中で、視覚や聴覚を始めとした、様々な情報で構成される記憶自体も持ち帰れているではないか、と俺は考えた」
自分が経験したことだから、覚えているのは当たり前だと認識してしまうが、前提を辿れば、それもおかしいような気がする。
意識とはなにか、記憶とは何か、魂の在処はどこか、等といった哲学的な話をしたいわけでもない。
「俺は経験してねえからなんとも言えんが。ソル、地上探査は夢だった……なんてことはねえのか?」
アッシュがぎこちない笑みを浮かべながら、言葉にする。
自身の考えを疑いながら、言ったのだろう。
「それは俺も一瞬考えたが――」
唐突なアッシュの思考に、ソルは笑わず同調した。
転送装置がなんらかの幻や夢のようなものを見せる装置だったなら、いくつかの説に当てはめることができる。
しかしそれ以上に、説明のつかないことが多すぎる。
あれが、ただ夢を見せている装置であれば。
三年前のあの日が、全て夢の話だったのなら。どれほどよかったか。
「ないだろうな」
「そうか……そうだな。すまん」
アッシュが小さな声で謝った。
共に同じことを考えていたかは分からないが、気にしていないような素振りで、ソルは首を横に振った。
転送後、空の方には肉体も意識も残らないことは確かだ。人が送られるところを見てきたし、自分でも経験した。
送られるとは表現したが、細胞の一つひとつが一度バラバラになり、再構築されているのかもしれないし、物質が高速で移動しているだけなのかは正直分からない。
ただ間違いなく、あの装置は空と地上を繋いでいる。それだけは疑いようのない事実だった。
「重要なのは、人一人の情報全てが入っているのはソウルチップであり、転送の際に情報を書き換えられてはならない、ということだ」
ソウルチップのデータが書き換えられたとき、その個人は別の何者かに変わってしまう可能性すらあるのだから。
「でもよぉ、ソル。そうだとすると、それは……それは何とも、危険じゃねえのか」
ソルの話は、過去本当に誰も気付かなかったのだろうか。アッシュが懸念したのはそのことだろう。
「皆も俺たちも、すでに身体の一部って認識だからな。意外と誰も、考えなかったかもしれないし――」
常識が常識でないと気づくのは、並大抵のことではない。
腕を動かす、足を動かす。自分の身体を思った通りに動かすことに、疑問を抱く者はいない。
ソウルチップはすでにその領域に踏み込んでいた。
「けど、どうせ疑うならそこからだろう?」
それにこの問題に限ってはそこまで深く考えずとも、辿り着ける範囲ではある。
そのような妄想をしたとして、行動に移す奴はさらに限られる。
「ソウルチップは、もしかしたら俺が見つけた物質と同じ素材でできているかもしれない。この仮定を肯定するなら、少なくとも同様の性質をもつことは間違いない」
そして知っている者がいるとすれば、それはソウルチップを埋め込む存在であり、それは空の世界の中心である機関だ。
おそらくアッシュはそこまで思い至り、危険だと言ったのだ。
「誰かに、この話はしたのか?」
「いや。今日レドルドあたりに話そうかと思っていたが、時間がなかった」
「やめておけ。少なくとも、今はまだ」
「……そうか」
まだ妄想の域を出ないが、常識が変わるかもしれない情報。少なくとも、一般人には伏せられている情報だ。
そうは言っても、ソルは別に敵対するつもりもなかった。
気になるといえば気になるが、自身が所属する機関、いや人類に敵対して何になるというのか。
実害がないなら、どうだっていい。
この情報を開示することで、今より人類が力をつけられるなら喜んで話そう。
目下ソルが敵視しているのは、地上に蔓延る理不尽な存在なのだから。
「でもそうなると、研究チームに入るのはやっぱり難しいかな」
ソルが怪物研究チームへの参加をためらっている理由の一つにこれがあった。
秘密裏にソウルチップを研究するためには、監視の多そうな怪物研究チームへの参加は望ましくない。
「はっ。そんなもんは、しれっと裏でやってりゃいいだろ。不正を働いているわけでもねえしよ」
アッシュの言い様に小さく肩を竦める。
正義感が強く、人情家でもあるアッシュだが、こういった話になると頭は回るし柔軟だ。
「そうなんだがな」
実際第七島での研究は、行き詰まりを感じ始めていた。もっと詳しく知るには中央の、機関の中枢に入り込む必要があった。
そう考えていた時に来た中央への招集と、アッシュとの再会。
緩慢になり始めた歯車が、再び回り始めのをソルは感じていた。
「ま、これで大体、お前に話したいことがあると言った理由は分かっただろう?」
やや逸れていた話を、強引に戻す。
今話した内容を前提として、ソルには本題があった。
「俺に話した理由か。俺に話したということは……」
転送装置の機能の中で最も不明な点は、物質に干渉する何らかの力。
三年間の間に、ソルは検討をつけていた。
「友達だから、だな」
「なんでそうなる」
ひどく真面目な顔で言ったアッシュをソルは思わず小突いた。
「それしかないだろうが!」
「なんでこの流れでそうなるんだよ」
「俺たち友達だろう?」
この男は、なぜこうなのだろう。
もしかしたら友人が少なく、友人という存在に飢えているのかもしれない、とソルは邪推した。
アッシュが信頼できる男だというのは、もちろん話した理由の一つだったが、なんとなく口にするのは憚られた。
舌打ちをしたアッシュが、不貞腐れた表情で答えを出す。
「オーラだろ」
「お前、最初から分かってたよな?」
「分かってたさ。俺たちが友達だということは」
アッシュはオーラの研究を主としている。大事なのはそこだ。
ソルはアッシュの戯言を無視して話を続ける。
「生体反応が止まったとき、または意識の消失でソウルチップは機能を停止させるが――」
「無視かよ……」
「じゃあソウルチップへの情報の保存は、一体何が行っているのか」
「マジかよ……」
意識の消失と共にソウルチップは機能しなくなるが、もう一つ意識の消失と共に機能しなくなるものがある。それがオーラと言われる、ブルックボックスエネルギー。
気絶するだけならば肉体は活動を続けているが、オーラは沈静化することが分かっている。
つまりソウルチップを動作させているものはオーラであり、謎の技術に包まれた転送装置は、もしかしたらオーラウェポンに近いものかもしれないとソルは考えていた。
人唯一の、事実として存在し、超能力と言えるオーラウェポン。
知り得る様々な法則を無視して、この世に顕現させる力。現象。
「あー待て。話が早い。つまりお前は――」
アッシュの言葉に一方的に頷き、被せるようにしてソルは言った。
「そうだ。俺は三年間、ソウルチップとオーラについての研究をしていた」
分からなければ嫌いになる。知らなければ興味がなくなる。
一度は諦めざるを得なかった道を、好奇心というスタミナで、ソルは再び歩き始めた。
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