第4話 急変

「……元、がつくけどな」


 一瞬口籠ってしまったものの、予測が出来ていたソルはすぐに訂正した。

 天才だと、そう言われていた時期が確かにあった。だが今は。


「あーそっか。そうだったね。じゃあ、元天才君だ」

「おい、エマ」


 隊長が咎めるような声を出すも、特に気にした様子のないエマは続けて言う。


「大丈夫ですって。これまでの私への態度で、彼の性格はなんとなくわかってますから」

「本当か?」

「ええ。ね? ソル君」


 笑顔で同意を求めてくるエマに、やれやれと呆れたように首を振る。

 お前への態度はお前が特別そうさせているのだが、と口に出しそうだったが、寸前で引っ込めた。

 口数の減らないエマのことだ。何かを口にすれば、突拍子もない言葉が返ってくるのは目に見えていた。


「ほら。見てくださいよ、この太々しい顔。彼はそういう繊細なタイプじゃないのよ」


 何も口にしない方が精神上良いかと考えたが、そうでなくても言われ放題だった。


「言われたら言い返す。殴られたら殴り返す。ソル君は、そんな男の子でした」


 会ったばかりのはずのエマが、したり顔で隊長に説明を始める。


「そうか」

「私のような、気になる女の子なんて見つけた日には、意地悪をして反応を楽しむのが生きがいなんです。悪い子なんです」

「そ、そうか」

「でもそういうところが好……きゃ! 危ない危ない。言っちゃうところでした」

「聞かなかったことにしておく」


 隊長とエマの会話を横で聞きながら、ソルは溜息を吐いた。

 過去天才などと言われていたのは、オーラの所有量が莫大でありながらも、その非凡さを地上探査、正確には戦闘に活かせなかったからだ。

 地上探査の花形はやはり戦闘を主に担う者であり、この隊では隊長やエマたちがそれにあたる。

 彼らは地上探査の際、自身の持つオーラを使ってオーラウェポンと呼ばれる特殊な武器を作り出すのだが、結局訓練期間を通してソルがその境地に至ることはなかった。

 莫大なオーラ量があると知られた時の期待値が高かった分、いざ地上探査を見据えた訓練が開始されるようになってからは失望される一方だった。


「え? 隊長、もしかして今の聞こえちゃいました? 私がソル君のことをス――」

「聞こえなかったと言っただろう?」

「はあ、全く。堅物なんだから。もうちょっと雰囲気で察してくださいよぉ!」

「なんだぁ? 聞こえた方がよかったってのか?」

「普通分かるでしょ! 分かったうえで、それとなく応援するのが隊長の仕事でしょうが!」


 隊長にいらない仕事と苦労を増やすエマの後頭部に、無言で手刀をおろした。


「いったーい! 見ましたか隊長? これが彼の――」

「そろそろ黙れ」

「やば。今の……ちょっとぞくっとしちゃったかも! 黙ります」


 黙れと言われたそばから黙ってはいなかったが、エマのことはもう無視するしかないだろう。

 ソルは隊長の方を向いた。


「いやまあ、彼女の言ったことは、少しは合ってますよ」


 訓練時代に散々揶揄われてきたため反応はしてしまったが、実際は彼女の言う通り全く気にはしていない。

 わざわざ言うのも変だと思ったが、話の流れを考えると仕方がない。

 変に勘違いされるのも面倒だった。


「それなら、いいのだが」

「ほらね!」


 ソルの言葉に隊長は安心したような表情を見せ、エマは嬉しそうに飛び跳ねた。


「なんだかんだ言いつつ、私のことが気になってるんだ!」

「少し合ってる、にそのあたりは一切含まれねえよ!」


 より面倒な勘違いをしてくるのがエマという女性だった。彼女の場合は勘違いというより、狙ってという方が正しいか。

 割り切る前ならともかく、今は現実的な問題以外に憂慮すべきことは何もなかった。

 そしてその現実的な問題も、つい先ほど解消された。

 戦闘隊員に憧れた頃もあったが、現在は技術部の一員として楽しくやっており、さらに地上探査においても自分の仕事をやり遂げられることが判明したのだ。

 戦闘員だろうと技術員だろうと、地上探査に携わる者という意味では変わりない。ソルにとって最も重要なのはその一点だった。

 ただあえて気にする、ということであれば。


「揶揄われるのはどうでもいいですが、技術部に入ったことを堕ちたなどと表現されるのは少々苛立ちますけどね」


 心情を簡潔にまとめると、そうなる。

 要は目立つか目立たないかの違いであり、どの部署も重要でそこに優劣はないはずなのだ。

 元天才。堕ちた天才。

 勝手に期待され、勝手に落胆された。

 そもそもの話、量があってもうまく扱えないのであれば、それは天才ではないだろうと思う。

 ソルだって何もオーラ量だけで持て囃されていたわけではなく、全体的な質が高かったからこその評価だった。

 ただ一点、地上探査において最も核となる部分に欠陥があっただけで。


「まあ? その評価のおかげで、こんな弱小部隊にソル君を引き入れられたのは、私としてはラッキーだったけどね」


 これ以上ない直線的なエマの物言いに、隊長の眉は垂れさがる。


「弱小とか言うなよ……」

「事実でしょ? この隊で、アレとやり合えるのは隊長くらいだし」


 エマが素直に評価する分、今度は満更でもなさそうな表情をする隊長。

 誤魔化すように咳払いをしたあと、エマに言った。


「エマ、お前がそれを言うなよ。才能はあるのだから、あとは経験さえ積めれば……」

「経験って言われましてもね。うちの隊はエリア拡大がメインであって、できる限り戦闘は避ける方針じゃないですか。それに」


 話を一度区切ったエマは、意を決したように言った。


「私、この仕事辞めようかなって思ってるんですよ」

「そうなのか?」


 聞いたことのなかった話なのか、隊長は驚いているようだ。

 ついでにソルも少し驚いている。


「はい。やっぱりちょっと、結婚して続けていくにはきつい仕事だなって」

「結婚! お前にそんな相手がいたのか!」


 エマの視線が、黙って話を聞いていたソルに一度向けられ、また隊長に戻った。

 視線に釣られた隊長が驚愕の表情で見てくるも、その見られた本人が一番驚いている。

 何しろ、何も心当たりがない。


「彼ともよく話し合ったんですけど、こんな危険な仕事は辞めて田舎でのんびり暮らそうかって」


 彼とは誰だろう。

 もちろんソルは話し合ったことなどない。


「そうだったのか……のんびりとするには、二人ともまだ若すぎる気もするが。いや、止めはしないぞ」


 驚愕しっぱなしの隊長の視線を受け、ソルはぶんぶんと首を横に振った。

 エマの思い込みは激しいという範疇に収まっていない。

 外堀を埋めるどころか、その外側に新しい壁を建て始め、この壁の中は制圧したと主張しているかのような強引さと理不尽さ。

 稀代の名将エマの妄言は続く。


「だから隊長、私にあんまり期待しないでください。今は戦闘スキルより、お嫁スキルを上げる方が大事なんで。ねっ?」


 最後にそう言って、エマがソルに向かって片目を閉じた。

 言葉がでないとはこのことだろう。

 身に覚えのない人生設計にソルは震えた。


「話は戻りますけど、期待すると言えばソル君のことですよ隊長」

「え? あ、ああ」


 少しの間を置き、エマの発言が法螺話だったことに気付いた隊長が、ぎこちないながらも再起動する。

 なぜそのような嘘を、突拍子もなく当たり前のように始められるのか。妄言と、真面目な話をするときの情緒が同じで手をつけられない。

 恐ろしい女に目をつけられたと、ソルの体はまだ震えていた。


「馬鹿にした奴らの悔しそうな顔が、目に浮かぶようです」

「ソルがいれば、一度の探査でかなりのエリアを拡げられるからな」


 そんな隊長の言葉通り、何だかんだ歩を進めた一行は、二つ目のエリア拡大を始めた。

 ソルは作業をしながら、近くで話すエマと隊長、二人の会話を聞く。


「がんがん行きましょうよ。私のソル君の名誉のためにも」


 誰がいつお前のものになったというのか。

 否定するのも面倒なソルは、深い息を吐いて無言で首を横に振った。


「そうだな。評価されれば給金も上がるだろうし、あとは中央からの引き抜きなんかも――」

「隊長、今すぐ帰りましょう。私もう疲れて歩けません」

「……お前」


 聞こえてくる話の断片だけでも、エマに振り回される隊長が気の毒だった。

 二度目ということでさらに作業速度が上がっていたソルは、早々にビーコンの設置を終え、立ち上がった。


「いやまあ、特に何も問題が起きてない以上、進むしかないのだが」


 隊長が苦い表情で言った。

 まるで帰りたいとでも思っているかのようで、その答えは続く隊長の話で分かった。


「エリア拡大は俺たちの仕事だ。順調そのもので、離脱者どころか負傷者も出ていない。そんでもって、新人技術者のオーラには、まだまだ余裕があるときたもんだ。しかし……」


 今のところ良いことずくめだと思える隊長の言葉に、ソルとエマは目を見合わせる。


「ここまで何もないと、少々不安になる」


 おそらく隊長は割と最初の方から思っていたことを初めて吐露した。

 話しても問題はないと判断されるに至ったか、もしくは不安を煽るのはどうだろうと悩む段階は過ぎたということだ。


「遠目でちらと見えたことはあったが、この森で、獣一匹襲ってこないのはどうにもな。あまり無理はしない方がいいのだが、こうも何もないと引き返す理由に乏しい」


 懸念材料はあるものの、実際に順調すぎる行程。

 そしてその懸念は予感のようなものでしかなく、それを理由に帰還はできないと隊長は言っているのだ。


「もちろん出来るだけ進みたいと思っているのも、本当なんだが」


 隊長はソルを一瞥した。


「隊長。別に俺のことは――」


 先ほど話していたことを気にしているのであれば、とソルが口を開きかけた瞬間。

 事態は急変した。


「隊長!」


 三人からは少し離れた位置にいた隊員の一人が隊長を呼んだ。

 ソルにとっては初めて聞く、真剣さを帯びた声だった。


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