毎日小説No.12 眠り姫

五月雨前線

1話完結


 その国の王は娘を溺愛していた。年齢を重ねるにつれて、娘は母親似の美女に育っていった。娘は順調に育ち、国はさらに発展していった。


 娘が17歳になった直後、事件が起こった。城の近くの森に遊びに行った娘が、夜になっても戻ってこなかったのだ。王は部下に命令して捜索隊を出動させた。数時間後、深い森の中で仰向けになって横たわっている娘の姿が発見された。


 命に別状はなかった。しかし、いくら声をかけても娘は目を覚まさなかった。専属の医者が診断したところ、『魔女の呪いにかかっている』という結論が出た。思えば、この森には魔女が出るという噂があった。何故無理矢理にでも娘を止めなかったのか、と王は後悔した。


「過ぎてしまったことを後悔してもしょうがいないですぞ、王様。幸い我が国家の人口は数十万人超。きっと魔女の術についての知識を持ち、娘様の眠りを解く方法を知っている国民がいるはずです。すぐに国民に呼びかけましょう」


***

 医者の提案で国民に対して呼びかけたところ、「我こそは」と5人の国民が名乗りを上げた。高名な貴族や錬金術師、乞食や武器職人と身分は様々だ。5人は城の中の王座の間に集められた。王座の間には特製のベッドが設けられ、そこに眠ったままの娘が横たえられている。


「諸君、よく集まってくれた。報酬は弾むから、何としても娘を眠りから目覚めさせてくれ。よし、じゃあまずは君から」


「お任せください」


 王は1番目に貴族の男を指名した。上品な服、整った顔立ち、綺麗に整えられた金髪。上品で精悍な貴族、といった佇まいだ。娘を目覚めさせるのはきっとこの男だ、と王は信じていた。古より伝えられる童話の中に、『精悍な貴族が眠り姫を眠りから解放する』という話があったからだ。確か話の中では、貴族は姫にキスをすることで眠りから解放していたような気がする。

「無礼を承知で言いますが、私は娘様にキスをすることで眠りから解放させていただきます」


 貴族は高らかに宣言した。文字面だけ見ると性犯罪の匂いが漂っているが、前述の童話はこの国で知らないものはいないくらいの有名な物語だ。男の風貌も相まってかなりの説得力があることから、男の言葉を聞いて取り乱す者は誰もいなかった。


「では、失礼します」


 貴族は優雅な動作で娘に歩み寄り、そっと口付けをした。しかし何も起こらない。貴族は何回も口付けを繰り返したが、結果は変わらなかった。王は、貴族が童話を利用して口付けしたかっただけの変態だと見抜き、部下の兵士に「奴を処刑しろ」と命じた。見抜かれた貴族は逃げ出そうとしたが兵士に阻まれ、奥の部屋へと連れて行かれた。


 次に指名したのは錬金術師だ。錬金術で賢者の石のような特別な道具を作ってきたのでは、と期待して指名したのだが、持ってきたのは市販で売っているのと同じような気付けの薬だった。そんな薬はもうとっくに試しているのに、と王は溜め息をつく。案の定、娘は目覚めなかった。


 3人目の学者、4人目の武器職人もまるで歯が立たなかった。残るは……汚らしい乞食だ。今まで、期待度の高い人物から順番に指名してきたので、最後に乞食が残ってしまった。


「えっと……最後は君だね。君は何をしてくれるのかな」


 半ば諦めた様子で王が尋ねる。


「へ、へえ……あっしも、1人目の貴族さんと同じく、口付けで目覚めさせようと思ってます」


 こんな乞食が、口付けで娘を起こす? 俄には信じられなかった。それに、汚らしい外見の乞食を娘に近づけることが不快だった。追い返そうとしたが、万が一ということもある。王は渋々了承した。


「まあ、やってみろ」


「へ、へい……」


 乞食がおそるおそる近づいていくと、娘の鼻がぴくりと動いた。眉間に皺がより、閉じられていた目がうっすらと開かれた。


「!!! お、お前……!!」


「……何? この匂い……」


「キャサリーヌ!!」


 王は目覚めた娘の名前を絶叫し、娘の体を強く抱きしめた。


「お、お父さん……?」


「お前、2日間目を覚まさなかったんだぞ! よかった、目が覚めて本当によかった……!!」


「あ、キャサリーヌ様目覚めたみたいっすね、よかった」


 乞食が笑みを浮かべた。王は乞食の身なりを改めて観察し、納得した。そうか、この乞食が発する悪臭が娘の嗅覚を刺激し、それが目覚めに繋がったということか。童話とは違いなんとも予想外な幕切れだったが、終わりよければ全てよしだ。王は乞食と固く握手を交わした。


「ありがとう。君の、そして君の匂いのお陰だよ」


「あはは、嬉しいです。あ、そうだ、キャサリーヌ様を目覚めさせた人には褒美が与えられるんですよね? 望むものをなんでもあげる、なんでもしてあげる、と言ってましたよね?」


「あ、ああ、まあ……」


 痛いところを突かれ、王は言葉を濁した。確かにそう言った。言ったのだが、こんな乞食が娘を目覚めさせるなんて予想していなかったのだ。『衣食住を一生保証してください』程度ならまだいいが、『娘さんと結婚させてください』とかなんとかそういうことを言われたらどうしようかとヒヤヒヤしていたのだ。大事な娘をこんな汚らしい乞食に触れさせたくないが、約束は約束だ。


「んじゃあ、お城の中を見学させて欲しいです」


「は? そ、そんなことでいいのか?」


「はい! こんな豪華なお城、いつか見学してみたいと思っていたんです!」


 ヤニ塗れの歯を見せて笑う乞食を見て、王はほっと胸を撫で下ろした。大した要求じゃなくて本当に良かった。その後、王は部下に命じて城の案内を行い、ついでに乞食に新しい服と食事を提供してあげたのだった。


***

「情報は全て手に入ったの?」


「バッチリだ。あの城の兵士、マジで間抜けだぜ」


 深夜、城の城壁のすぐ近くの物置小屋の中で、5人の男女が身を寄せ合っていた。


「私の大活躍のお陰ね。医者のふりをして潜り込んでくれたミンフもナイスだわ」


「俺は医者のふりをして城にしのびこんでおき、『娘が魔女の呪いにかかっている』って王に信じ込ませただけだ。今回に関してはキャサリーヌがMVPだな。魔女の呪いを受けて眠ってしまったという演技をして、眠りを解ける国民を募集させて乞食に変装したお頭が城の中に侵入。眠りを解いた後にお頭が城の中をくまなく観察し、侵入経路を見極める……。天才的な作戦だぜ」


「でしょ? 報酬はがっぽりいただくからね」


「それにしても、王族の一人娘が俺達みたいな盗賊とつるんでるなんて知ったら、皆びっくりするだろうなぁ」


「城の中は窮屈なのよ。息苦しい王族の暮らしはもう沢山。それに、うちの父親は愛が強すぎて普通にうざい。アンタ達とつるんで悪いことする方がずっと楽しいわ」


「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。よーし、最年少で女のキャサリーヌがここまで頑張ってくれたんだ、男の俺達はもっと頑張らねえとな! あの城の金目のもの全部盗んで、リープス盗賊団の名を国中に轟かせるぞ!」


「「「「「おー!!!!」」」」」


 4つの野太い声、そして女性の力強い声が混ざり合った。


***

 次の日、城は5人の盗賊団に襲撃され、あらゆる金目のものが強奪された。同時に、王の愛娘であるキャサリーヌが失踪し、国全体が大混乱に陥った。




 強盗団の襲撃、そして娘の失踪という出来事に大きなショックを受けて気が狂ってしまった王様。まともに国を導けなくなってしまった挙句、政情不安や他国との戦争を経てあっさり国が滅びてしまったのはまた別のお話。



                            完

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