キモいクソ野郎、男女比1:100の異世界に行く

橘塞人

第1話で最終話

 俺の名前は肝育素夜郎(キモイク ソヤロウ)、18歳。高校三年生。自他共に認める超絶ブサメンである。空前絶後のキモメンである。

 俺の見た目は『ドラゴン〇ール』で言うところの、ザー☆ン(変身後)とド■リアの悪いとこ取りをしたようなものらしい。小学校の時の担任がニヤニヤしながらそう言い、俺にザボリアという有り難くない仇名をつけた。

 父は俺のことを人前で平然と失敗作と言い、母は幼い俺に「お前のようなブサイクが出てくるなら産むんじゃなかった」と言って、泣いた。母の涙を見て、俺は幼心にもこう思った。泣きたいのは俺の方だと。

 こんな俺は、小学校の時からずっとハブられ、イジメられてきた。今日まで友達らしい友達がいたことはなく、彼女など夢の彼方のファンタジーだった。恋人ができるどころか、片想いすらしたことがなかった。そりゃあ、そうだろう。女子が俺に向ける視線は完全拒否のしかめっ面のみ。そんなものに惹かれる訳がない。

 嗚呼、俺にとってこの世は絶望でしかなかった。この先腰の曲がった爺さんになるまで俺は孤独で、死ぬまで童貞のままに違いない。ほぼ、そう確信していた。

 そんな俺にとって、Web小説で見る異世界転生は救いの光だった。死んで生まれ変われば、ずっと背負わされ続けていたこの汚物がなかったことになり、また別の人間として一からやり直せる。家庭にも学校にも居場所のなかった俺にとって、来世だけが希望だった。

 その為、ずっと祈っていた。異世界転生来い。異世界転生来いと。チートなどないモブキャラ転生で構わないから、転生させろと。











 そんなある日の出来事だった。俺はいつも通り自室で目を覚まし、いつも通りの習慣で自室にあるテレビを付けた。そしてすぐ、少しの違和感に気付いた。いつもチラ見しているニュース番組、昨日までは男性アナウンサーと女性アナウンサー一人ずつで進行していたのに、今日は女性アナウンサー二人だった。

 そこで少し首を傾げた俺だったが、ニュースを少し見るとその疑問はさらに深くなった。出てくるニュースも女性によるものだらけだったからだ。女性による殺人、女性による強盗、女性による性犯罪、出てくるもの全てが女性だった。

 俺は自室を出て、階段を下りてリビングを目指すと、そこには母がいた。母は昨日までと変わらないように見えた。


「母さん、おはよう」

「チッ」


 勇気を出して、2~3年振りくらいにマトモな挨拶をした俺に、母が返したのは憎々し気な舌打ち。それもまた、変わらず。

 母は俺を見て、眉間の皴を深くして吐き捨てる。


「何、アンタ。まだ死んでなかったの? その化物面下げて、よく恥ずかしげもなく生きてられるわね。信じられない」


 この俺を、この見た目で産んだのはお前だろう? お前だけには言われたくないわ、クソがっ!

 と、こちらこそが信じられないといいたくなるようなことを、母が平然と吐き捨ててくるのも昨日までと変わらない。ただ、父がいなかった。

 母の言うことにも違和感が出てきた。


「男子が生まれると知った時には報奨金が出ると喜べたのに、生まれてきたのは人かどうかさえ怪しい化物。親不孝者。親不孝者! 親不孝者!」


 報奨金?

 いつも通りと言えなくもない母の罵倒を耳にしながら、感じたその違和感を晴らすべく俺は新聞を開いた。そして、その記事を見て俺は此処が昨日までの俺が知っている世界ではないと気付かされた。



・男女比が1:100である。そして、若年層であればある程、その男女比の差は大きい。

・その為、日本を含め世界中の国が一夫多妻制を採用している。一夫一妻制では社会が成り立たない。

・それでも男性を得られない女性のフラストレーションが溜まっており、犯罪の横行が社会問題と化している。



 異世界転移かよ! 転生じゃなくて転移かよ!

 そう思いはしたが、その一方で愚かにもこう思ったりもした。この異世界ならば、ハーレムとまではいかなくても俺に恋人の一人くらいはできるのではないかと。

 俺の見た目は『ドラゴン〇ール』で言うところの、ザー☆ン(変身後)とド■リアの悪いとこ取りをしたようなもののままなのに。

 それに気付けぬまま、俺はそこら辺にある書類やPC、ネットなどを色々と見て自分の置かれている状況を確認していった。前の世界で俺には両親がいたのだがこの世界では母子家庭、シングルマザーとなっているようだ。

 俺はそれを寂しいとは思わなかった。前の世界での俺の父親は、自分の友達が来た時には「お前のような不出来な息子を見られると恥ずかしいから出て来るな」と言って、幼稚園児の頃の俺を押し入れに閉じ込めるような人間だったからだ。そんな父親だったから、彼に連れられて何処か旅行とか、そういったものは一切なかった。漫画とかで色々な家族像を見て思ったものだ。あれ、父親なんだよな?

 母親は何も変わっていないようだ。ご飯の用意はしてくれるが、一緒に食事を取ったことはまずない。俺の顔を見たくないかららしい。声も聞きたくないらしく、俺に話し掛けてくること自体、まずない。そして俺が話し掛けると、さっきのようにそれが挨拶一つであっても不機嫌となる。そんな母親だったから、小さい頃から一緒に何かをやった記憶がない。それはこの世界になっても何一つ変わっていないようだった。

 通っている学校は聖ゴムラテックス高等学校で、場所も含め変わってはいないのだが、生徒の男女比がおよそ1:1だった前の世界に対し、今の世界での男女比は3:500らしい。ほぼ女子高である。

 楽しみ? そのように感じられないどころか、少し恐怖心を抱きつつ俺は登校した。女性による性犯罪が横行しているニュースを見て若干の恐怖を抱きつつの登校だったが、徒歩中も電車の中でも痴女行為をされないどころか、遠巻きにされるだけでメッチャ避けられて安心を通り越して泣きたくなった。小さい女の子と目が合ったので愛想良く手を振ってあげたら、ガン泣きされて死にたくなった。針の筵だ。……帰っていいかな?


 校内に入っても、針の筵状態は変わらなかった。俺の姿を見た女子生徒が、遠巻きでこそこそ喋っているのが聞こえる。キモイ、化物、あんなの男じゃないというか人間じゃない。そんな声が聞こえた。前の世界では俺と関わり合いのない男子はスルーしてくれていたのだが、ほぼ女子高状態となったこの世界ではそんな声が前の世界以上に多く聞こえるようになった。

 怒りは不思議に感じなかった。ただ、思っただけだ。こんなものか。ああ、そうだ。そうだよな。こんなものだよなという、それは諦念だった。

 クラスはSとA~Nまでの15クラスあって、俺はSだった。と言うか、3人しかいない男子生徒は全てSクラスらしい。成績優秀者で選ばれた者達だけが男子生徒とクラスメイトになれる格差社会になっているらしい。……すまぬ、その内の一人が俺で。


「やあ、肝育君おはよう」


 クラスに入ると、後光でも差しているんじゃないかって程の眩しく爽やかな微笑みで俺に挨拶してきたのは内須 垓(ナイス ガイ)、超絶イケメンな上に善良な心を持ち合わせているチート野郎だ。

 嗚呼、垓様。あんな化物にも挨拶されてらっしゃる。何て優しいお方!

 あんな汚らわしいゴミなど放置すればいいのに、そうされない。あれ程の慈悲を持つ人なんて、他にいやしないわ!

 イケメンはいいな。俺に挨拶をしただけで、クラスメイトの女子達からそうやって讃えられる。


「ああ、内須君。おはよう」


 軽く手を挙げて挨拶を返すと、キモメンなザボリアである俺にはクラスメイトの女子から非難が浴びせられた。

 何、あの態度? ブサメン如きがありえない。

 垓様の慈悲に涙を流して喜び、土下座して感謝すべきところでしょう!

 寧ろ過ぎたる恩恵を賜わってしまい申し訳無いと嘆き、腹を切って死ね!

 死ね! 死ね! 切腹! 切腹! 女子達のコールが教室を覆った。そんなコールを聞かされて内須君は非常に残念そうで、悲しそうな顔を浮かべた。彼もまた、彼女達に失望しているようだったが、俺はそんな彼に向かって首を横に振り、言った。


「そんな顔をするな。これは君のせいじゃない」


 彼の横を通り過ぎる時、彼だけに聞こえるような声で。そう、彼は何も悪くなかった。彼は善良で、ただ挨拶をしただけだ。

 そしてよく勘違いされるのだが、俺は俺をイジメた奴以外の同性に対し、前の世界も含め悪感情を抱いたことはない。妬みも、逆恨みもしない。


「災難だったね」


 もう一人の男子生徒、中世的な美少年である荒間 九斗(アラマ キュウト)が同情気味に声をかけてきた。同情は要らなかったが、俺のことを毛嫌いする雰囲気がないことは有り難かった。











 改めて、俺は高校三年生である。この世界でもそれは変わらない。高三となると進路問題が出て来る。俺は前の世界では国公立大学の物理系の学部への進学希望を出していた。出来るならば奨学金とかで学び、そして人の少ない場所で研究を続け、それを仕事にしていければ良いと考えていた。

 それはこの世界の住人となった今も変わらない。進路指導室で、俺は担任と対面しながらそう考えていた。


「何だ、これは?」


 進路指導室で担任、押江 升代(オシエ マスヨ)49歳は不機嫌そうな顔で俺が出した希望表を突っ返してきた。なお、前の世界の担任は押江 升造(オシエ マスゾウ)というアラフィフの男だったが、それはどうでもいいとして。

 何か致命的な誤字脱字でもあったのか? 首を傾げながら、俺は突っ返された進路希望表を再確認した。



第一希望:国立○○大学理工学部<奨学金希望>

第二希望:国立△△大学理工学部<奨学金希望>

第三希望:私立□□大学理工学部<奨学金希望>

理科学の研究を極め、それを生業とし、人のいない場所で世界の為の力となります。



「誤字脱字はなさそうだけど……奨学金希望って書くのが図々しかったですかね?」

「男子生徒はそもそも学費免除だから奨学金希望って記載に意味はないから誤字と言えば誤字だが、そこではない。一番下の人のいない場所で、という箇所だ」

「世界の為の力になりますって大仰過ぎましたかね」

「そこではない。と言うか、分かってて言っているのだろう? 人のいない場所で、だ。お前、死ぬまで家族を一人も作らないつもりか? そんな目論見であるようにも見えるが」


 押江先生は苛立ち気味にそう言った。信じられないものを見るかのように。

 嗚呼、言いたいことは分かる。分かるが、知ったことではない。俺は開き直って答える。


「ええ、そのつもりですが?」


 その後の押江先生の言葉は予想通りだった。俺の希望は男女比1:1の世界ならば何の問題もないだろう。そういう選択肢もあるだろう。だが、今は男女比1:100の世界である。男性にはまず、子を残すことが最優先に求められる。人間社会存続の為、お一人様宣言は許されるものではないと。

 鬱陶しいものだった。俺は先生の言葉が終わると、長い溜め息をついた。永遠に続けたいくらい、嫌な気持ちを全て吐き出す為に。そして、押江先生へ言った。


「そんなの、全部分かった上で、書いて、出してるんですよ」

「だったら、世界の為になろうという考えがあるならば、そちら方面でも尽力はできないのか? 君はクラスでも殆ど女子生徒と会話すらしないだろう? もっと積極的になれば、好きな人の一人や二人くらいはできるのではないかと思うぞ」

「嫌です」

「なっ!」


 俺の即答で、キッパリとした拒絶に、押江先生は目を丸くした。そして、どもりながら何故なのかと訊ねてきた。

 その理由すら分からんのかね? 俺はあっさりと答える。


「クラスの女子で、俺が好感を持っている人は一人もいないですから。寧ろ、全員大嫌いです」


 この世界のクラスメイトに会ったのは今日が初めてのことではあった。だが、その一日だけで俺はクラスメイトの女子達が大嫌いになった。

 前の世界でも俺は女子に嫌われてはいた。だが、腹切って死ねと大合唱で罵られた経験はさすがにない。クラスメイトの男子と会話しただけで罵られたこともない。

 それなのに、押江先生は俺に押し付けてくる。


「もっと会話を重ねてみたらいい。そうしたら、彼女達の良い部分も見えてくるだろう。良い子達だぞ、うちのクラスの子達は」

「ああ、良い子なんでしょうね。押江先生に対しては」


 人は相対する人によって態度や言動が変わる。好感を持っている人に対しては優しくなるし、嫌悪感を持っている人に対しては厳しくなる。そしてイケメンや美女は好感を持たれ易く、ブサメンやブスは嫌悪感を持たれ易い。

 俺の見た目は『ドラゴン〇ール』で言うところの、ザー☆ン(変身後)とド■リアの悪いとこ取りをしたようなもので、ザボリアなどというクソみたいな仇名をつけられた。そんな俺は、俺以上にブサイクな人間を見たことがない。

 それ故に俺にとって人との交流やそれによる喜びはフィクションで、全て俺とは別世界のこと。それでいい。そして、それは世界が変わっても変わらない。ヒキガエルを潰したような面の俺が女子に好かれるなんてことは、天と地が何度ひっくり返ってもありえないことなのだから。


「まあ、俺には関係ないことなので」


 そうして進路指導は終わった。











内須 垓 :325票

荒間 九斗:175票

肝育粗野郎:0票


 これは俺がこの世界へ転移してから少し経ったある日、突如学校の壁に掲示された『同学年女子500名による男子生徒人気投票』である。

 結果だけ見れば、そうなるだろうなと思えるものだった。内須君のイケメン主人公体質、荒間君のショタ具合を見ればこうなるのではないかと。俺が0票になるだろうことも。つか、それ以前に名前の漢字を間違えているし。

 ただ、そんなことをやるという自体に悪意が見え隠れしていた。それを思うと、俺の名前の漢字を間違えているのもわざとじゃないかと思えた。


「肝育君」


 投票結果を隣で見ていた内須君と荒間君が、俺に悲しいものを見る目を向けてきた。やめろ、これは悲しいものではない。ただ、分かり切ったことを堂々とやってのける神経が信じられないだけだ。

 遠巻きに見ていた女子生徒達は、こんな俺を遠くから嘲笑っていた。

 あのキモイゴミクズ、信じられないものを見る目で見てるよ? 当然の結果だっつーの。

 だよねー? あんなのに抱かれるくらいなら、死んだ方がマシ。つか、アイツが死ねよ。

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……


「「!」」

「やめろ。やめてくれ、二人共」


 俺は彼女達に厳しい目を向け、怒鳴ろうとした二人を止めた。

 彼女達はこの男が極端に少なくなってしまったこの世界で、如何にして自分の子を残せるかを強く考えせられているだろう。しかし、他の人が内須君や荒間君のようなイケメンの子を産み育てているのに比べ、俺の子を産み育てるのは妥協した負け犬でしかないに違いない。

 だからこそ俺をなるべく排除しておきたい。その気持ちは分かる。分かるからこそ、俺は自分でも意外な程に怒りは感じていなかった。その為。


「何だ、この企画は? 何をやっているんだお前達はーーーーっ!」


 生徒達の喧騒を聞きつけ、走ってきて、そして怒鳴って叱った押江先生の声を耳にしても、まるで何処か他人事のように思えていた。何も感情は動かなかった。

 腹立つこともなければ、悲しくもなく、絶望もしない。最初からそんなものだと思っていたから。ただ、俺は心の底から思った。此処まで拒絶されなくても、俺は女性を求めたりはしない。独りで生きて、独りで死ぬ。そんな覚悟など、とっくにできているのだと。

 それから内須君と荒間君は俺に遠慮して、クラス内で俺に話し掛けないようになった。俺が彼等と話をするだけで、クラスの女子の反感を買うからだ。俺の存在すら彼女たちは許せないのだろう。それを分かっているからこそ、俺は彼女たちに話し掛けはしないし、目も合わせない。それでいいと。

 ただ、その中で俺はチラッとこうも考えていた。男女比1:1の世界から男女比1:100の世界に来てしまい、より女性社会になった分俺への当たりが却ってきつくなった。寧ろ、男女比100:1の男性社会に行った方が気楽だったのではないかと。











 そんなある日の出来事だった。俺はいつも通り自室で目を覚まし、いつも通りの習慣で自室にあるテレビを付けた。そしてすぐ、少しの違和感に気付いた。いつもチラ見しているニュース番組、昨日までは女性アナウンサー二人で進行していたのに、今日は男性アナウンサー二人だった。

 そこで少し首を傾げた俺だったが、ニュースを少し見るとその疑問はさらに深くなった。出てくるニュースも男性によるものだらけだったからだ。男性による殺人、男性による強盗、男性による性犯罪、出てくるもの全てが男性だった。

 俺は自室を出て、階段を下りてリビングを目指すと、そこには父がいた。男女比1:1の世界の時と同じ父がいた。

 俺はもう、どうなったのか察しがついていた。俺の願いが叶い、俺は男女比100:1の世界へ再転移したのだと。

 男女比1:100の世界よりもより深刻なオワコン世界だが、俺は此処に来られたことを心底喜んでいた。独り身ライフのエンジョイを確信し、喜んでいた。その喜びのまま、俺は久しぶりに会った父へ挨拶する。


「父さん、おはよう」

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