跋
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人里離れた山中に、今時珍しい着流し姿の男と、こちらはもっと珍しい猿とよく似た傷だらけの妖怪が、樹齢数百年はありそうな大樹の根っこに並んで座っていた。
「黒龍の奴は、あれからどうなったんだ?」
草取は額から血を流し全身に無数の傷を負っていたが、自分の事よりこの場にいない黒竜の事を心配していた。
「酒呑童子諸共、怨霊街を焼き尽くしたのか、それとも?」
重太郎も黒龍の身を案じて言った。
「どっちにしろ虚しいよ」
いつの間にか重太郎達の前に姿を現し、残念そうに言ったのは、人知れず絶海の孤島に赴いていた、晴明狐だった。
「お前さん、どこに行っていたんだ?」
重太郎は心配そうに言った。
「とは言え、それが、奴の望みだった」
草取は仕方ないという風に言った。
「他人の思い通りにはなりたくない、怒りが収まらない……故に、全てを焼き尽くす」
重太郎は、憎悪と憤怒に駆られて荒ぶる龍の姿となり、怨霊街を紅蓮の炎で包んだ、気難しい武士の事を思った。
「そんなの、ただ単に自分の事を見失って、戦いに身を投じて、死に急いでいるだけじゃないか。それこそ怨霊街で待ち伏せしていた連中の思う壷だよ」
晴明狐は痛ましそうに言った。
「あんな嘘に塗れた連中と刺し違えたからって、満足なんかできる訳がないよ。誰かと憎しみ合って、傷つけ合う他にも、未来はあるんじゃないかな。絶対、こんなんじゃない、本当の自分がどこかにいるはずだよ。だからこそ僕達は今、こうしてここにいるんじゃないの?」
晴明狐は自分自身に、確かめるように言った。
「……お前は、お前達は、これからどうするつもりなんだ?」
草取は神妙な面持ちで聞いた。
「草取殿の方こそ、どうするつもりなんですか?」
重太郎は逆に訊ねた。
「ふむ……ここらで一人っきりになって、自分を見つめ直すとするか」
草取は少し考えると、気恥ずかしそうに言った。
「それもいいかも知れませんな」
重太郎は共感するものがあったらしく、満更でもなさそうに頷いた。
「そういう重太郎はどうする?」
草取はまるで、長年の友だちに話しかけるように聞いた。
「どうしたもんですかね、行く当てなんかないし」
重太郎はお手上げですとでもいうように、しんみりとした調子で言った。
「僕と一緒に行く?」
晴明狐が元気よく躍り出てきた。
「ふむ」
重太郎は晴明狐の言葉に、考えるような仕草をした。
「ねっ、一緒に行こうよ! そうして、どこにいてもしっかりと顔を上げて、立ち止まる事なく歩んでいれば、いつかまた本当に大切なものに出会えるんじゃないのかな?」
晴明狐は、昔、命の恩人が言っていた言葉を、自然と口にしていた。
「どうせ何もないし、行くだけ行くか」
重太郎は吹っ切れたように、木の間から空を見上げた。
青い空はどこまでも澄み渡っていた。
「誰にだって居場所はあるよ。何たってこの僕にもあったんだからさ。僕ももう、あの頃と同じ野良猫じゃない。いつか必ずあの人を見つけて、今度こそちゃんと伝えるよ。あの頃には言えなかった、自分の気持ちを……」
晴明狐はまるで決意を新たにするように、胸の内で固く誓った。
『貴方の事が好きです』
と、自分の気持ちを告白しようと。
そうする事で、今もきっとどこかにいる、あの人にとっての誰かになる為に——。
(了)
『晴明狐 巡り合い奇譚—神隠しの姫—』 ワカレノハジメ @R50401
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