魔女と孫と黒竜の血の杖

砂上楼閣

第1話

「おばあちゃん、そのつえ、ほんとーにドラゴンでできてるの?」


今日は随分と久しぶりに孫娘が遊びにやって来た。


今年小学校に上がったばかりの孫娘は好奇心と元気の塊で、さっきまで相手をしてくれていた使い魔の黒猫はいつの間にやら姿を消していた。


こっちの世界にやって来る前からの付き合いだし、老猫に小さな子供の相手はきつかったか。


「ああ、本当だよ。あたしがずぅっと若い時に知り合った黒竜の血と鱗を粉にした物が含まれてるのさ。おかげで折れることも曲がることもないし、車が突っ込んで来てもびくともしないよ」


「うそだぁ!ドラゴンなんて、わたしみたことないもん!」


孫娘は信じられない!を顔だけでなく体全体を使って表現した。


両手を胸の前でクロスして、両足も交差させている。


お口はタコさん。


本当に孫は可愛いね。


「嘘なんてつかないよ。これはじいさんが私の為に作ってくれたものなんだから。昔冒険した先で手に入れた精霊樹の枝や、ご近所のドワーフが作ってくれた鎖とかを使ってね」


今から何十年も昔のことだ。


当時勇者パーティの一員だったあたしと旦那は、魔王との戦いで偶然異世界へと渡ってしまった。


元々根無草だったあたし達夫婦は、そのままこっちの世界で暮らす事に決めた。


あのまま国に戻って貴族やらに囲われたり、死ぬまで利用されて飼い殺しの目に遭うくらいなら、ほとんど魔素もないこっちの世界で平和に暮らした方がいいと思ったからね。


「おばあちゃん、うそばっかり!そんなのテレビのむこうのおはなしでしかみたことも、きいたこともないもん!」


やれやれ、子供は一度こうだと信じ込んだら聞かないね。


そこが可愛いところでもあるけど、嘘つきおばあちゃんなんて思われたままなのは少しばかり心外ではある。


ともあれもう元の世界と繋がってた穴は塞がってしまったし、あちらから持ち込んだ魔法具はこっちの世界の薄い魔力じゃろくに動きもしない。


魔法使いで錬金術師でもあったじいさんは、今じゃウッドクラフトにハマって山奥で猟をしながらセカンドライフと洒落込んでるし。


こっちの世界に持ち込まれた家畜化された小さなドラゴンなんかは最近ペットとして増えてきてるらしいけど、高価だし珍しいからね。


「うーん、天球儀やらはあいつにやっちまったからねぇ。しょうがない…」


まだ幼い孫にクリスタルオーブを使って魔法を授けるわけにはいかない。


となると…


「久々に、空でも飛ぶかい」


「おそら?」


「ああ。この杖は黒竜の素材で出来てるから、魔素の薄いこの世界でも飛べるはずさ。さすがに力は弱まってるから遠くまでは行けないだろうが」


「えー。おそらとぶなら、ほうきじゃないの?テレビでみたよ!つえだととべないもん!」


それってロードショーでやってた魔女の女の子が宅配するあれかい?


初めて見た時はこっちの世界の魔女も空を飛べるのかと驚いたものだけどね。


「それじゃあ一旦この杖を箒に変えるかね」


可愛い孫へのサービスだ。


見た目を変化させるくらいなら大丈夫だろう。


黒竜の血の杖に溜め込まれた魔力を使って、杖の見た目をほうきに変化させた。


「すごい!まほうみたい!」


それだけで孫はキャッキャと喜んでくれた。


「魔法だよ。これでも元は由緒ある魔女だからね」


「えー?でもおばあちゃん、まじょっぽくないよ?ふくもくろくないし」


「そりゃ普段からあんな格好してたら目立ってしょうがないし」


「やー!やっぱりおばあちゃん、まじょじゃないんだ!」


しょうがない。


孫が来る時、家にいる時くらいはあっちの世界の服装でいるかね。


とりあえず今は空を飛ばせてやろうかね。


危ないからちょっと地上から浮かぶ程度に。


……って、おや?


杖に溜め込まれてたはずの魔力がすっからかんじゃないかい!


しばらく使ってなかったし、この世界の魔素が薄過ぎてちょっとずつ漏れちまったのかな。


「おばあちゃん、とばないの?」


孫が期待した目でこちらを見てくる。


今更食べないなんて、おばあちゃんの面目丸潰れだよ!


しょうがない、ここは…


「あいたたた!久しぶりに魔法を使ったから腰が痛くなっちまったよ!」


「え!?おばあちゃん、だいじょーぶ?」


「ごめんよ、空を飛ぶのはまた今度だ。代わりに、魔法使いのじいさんが作ってくれた魔法のスプーンを見せてあげようかね」


雑な演技だけど、まだまだ小さな孫は騙されてくれた。


ちょっと良心は頭が、しょうがない。


次来る時には忘れてくれてることを祈るしかないね…。




その後もなんとか誤魔化し誤魔化しやっているうちに、いつの間にか魔女の薬局屋なんて呼ばれるようになって、ついには魔女の格好でお店に出るようになるとは、この時のあたしは思ってもみなかった。


やれやれ、まさか異世界でも魔女をやるとはね。


まぁ孫が喜んでくれてるうちは続けるとしようか。

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