導きのセレナーデ

 『繋がりのコンツェルト』。私とお兄ちゃんの、思い出のゲーム。病弱だった私に、お兄ちゃんが買ってきてくれたもの。


 私は、家から出る機会も少なくて、お兄ちゃんだけが心を許せる人だった。ただ、ずっと一緒に居ることもできなくて。


 当たり前だとは分かるよ。お兄ちゃんにも、自分の人生があるんだもん。というか、お金を稼がないといけないんだもん。


 それでも、お兄ちゃんのいない時間には、ずっとぐずっていた。そんな私を見かねたお兄ちゃんが買ってきてくれたのが、このゲームだったんだ。


 自然な流れとして、夢中になった。お兄ちゃんのいない時間にはずっとプレイしていたし、内容をお兄ちゃんに話してもいた。


 そして、お兄ちゃんが休暇の時は、横で遊んでいる姿を見ていてもらったんだ。とても、とても幸せな時間だったよ。


 毎日、ゲームを遊びながらお兄ちゃんの帰りを待って、帰ってきたら一緒に話をする。それだけが、私の全てだったんだ。


 だから、お兄ちゃんがストーカーに殺された時に、後を追ったんだ。


 お兄ちゃんのいない人生には、意味なんてないって思えたから。


 そして、私は生まれ変わった。サクラという名前の人に。その時は、あまり気にしていなかった。だけど、心奏具の名前を聞いた時に、ここは『繋がりのコンツェルト』の世界だって、確信したんだ。


 お兄ちゃんと私の思い出のゲームだから、内容は全部知っている。だけど、原作には興味がなかった。私にとって必要なのは、お兄ちゃんだけだったから。


 ただ、その考えが変わる瞬間がやってくる。聖女ディヴァリアって名前を聞いた時。


 ディヴァリア・フェリエ・エインフェルト。ゲームの中の、悪役。一言で言えば、サイコパス。人の心が分からなくて、だから、いくらでも人間を殺せた人。


 私の知っているディヴァリアは、聖女なんて呼ばれたりしない。つまり、何かの影響がある。そこまで考えて、私と同じように、生まれ変わった人が居るんじゃないかって思えたんだ。もしかしたら、お兄ちゃんなのかもしれない。


 そう考えて、私はメルキオール学園を目指したんだ。だって、原作を知っているのなら、そこが一番印象的だから。当たり前だよね。中心となる舞台なんだから。


 結果として、私は問題なく入学することができた。まあ、苦労はしたけれど。そこはどうでもいいかな。お兄ちゃんと会えるかどうか。それだけが、私の考えるべきことだったから。


 そして、入学式を終えて、すぐに誰かが話しかけてきたんだ。


「ちょっといいか? 俺はリオン。君と同じクラスだ。せっかく隣なんだから、仲良くしたいと思ってな。これから、よろしく頼む」


 リオン。聞いたことのない名前だった。だから、ちょっと気になったんだよね。もしかして、私と同じ立場じゃないかって。


「私はサクラ。よろしくね。リオン君は、どうして私に?」

「なんというか、気になったからだな。できれば、仲良くしたいと思っている」


 その言葉からは、リオン君が私と同じかは、判断できなかった。けれど、優しそうな顔をしていたから、お兄ちゃんに似ている気がしたから、仲良くしようと思えたんだ。


「じゃあ、友達になってくれる?」

「もちろんだ。これから、よろしく頼む」


 リオン君との関係は、それが始まり。そして、実技の授業を受けている時。突然、生徒が何者かに襲われた。


 その敵たちは、大きな翼の模様が入った服を着ている。つまり。


「有翼連合……? どうして……?」

「サクラ、どこでその名前を? いや、話は後だ! ディヴァリアを呼んでくれないか! 俺が、時間を稼ぐから!」


 私も戦いたかったけれど、どうすれば勝てるのか分からなかった。だから、言われた通りにすることにしたんだ。


 そうして駆け回って、ディヴァリアさんを見つける。


「ディヴァリアさん、居た! リオン君が、襲われているの! ねえ、助けて!」


 本当に助けてくれるのか、疑問ではあったよ。でも、他に手段も思いつかなくて。だから、頼るしかなかったんだ。


「まだ、ここも襲われていますから。すぐには、助けにいけません」

「なら、手伝います! 改革あらためて――リグレットオブロスト!」


 私の手に、刀が現れる。そこから、風の刃が飛んでいく。それで、近くの敵は倒れていった。リオン君を早く助けたい一心で、怖さも疲れも乗り越えて。


 それなのに、リオン君は、敵に取らえられていた。ディヴァリアさんへの、人質として。しかも、彼女はリオン君ごと、敵を吹き飛ばしてしまう。


「リオン君……? そんな……。せっかく、友達になれたのに……」

「いえ、リオンは無事ですよ。そこを見てください」


 言われた通りにすると、リオン君には息がある様子だった。思わず駆け寄って、無事を確認してしまう。心臓に耳を当てて、鼓動を感じて。ようやく、安心することができた。


「では、私はリオンを安全な場所に運びますね。あなたも、頃合いを見て、見舞いに来てください」

「はい、もちろんです。リオン君は、大切な友達ですから」


 そう言うと、ディヴァリアさんはふわりと笑う。その姿を見て、確かに聖女っぽいかもしれないと、そう感じたんだ。


 リオン君が目覚めたのは、数日後。その時、ディヴァリアさんに誘われて、彼の家に見舞いに向かったんだ。


 気を使ってくれたのか、私とリオン君の2人だけで話せるようにして。


 ドアをノックすると、迎え入れられる。そこで、リオン君と話をするんだ。


「リオン君、大丈夫だった? 結構、心配したんだよ。出会ったばかりなのにって」

「ありがとう、サクラ。ところで、聞きたいことがあるんだが……」

「うん、何かな?」

「サクラは、転生者なのか?」

「そう聞いてくるってことは、リオン君も?」

「ああ。やはり、そうか。有翼連合の名前を知っていて、気になっていたんだよな」


 なるほど。それで、気が付かれちゃったのか。うかつだったかな。いや、問題ないか。お互いに同郷なら、きっと仲良くできるよね。


「それなら、ディヴァリアさんが聖女って呼ばれているのは、リオン君の影響なの?」

「ああ。俺が軌道修正できないか、色々試した結果だな。だが、結局は……」

「どうしたの? 聖女って呼ばれているくらいだから、成功したんじゃないの?」

「いや、本性を隠す手段を身に着けただけだ。結局は、何も変わっていない」

「そうなんだ。なら、戦ったりしないの?」

「勝てる相手じゃない。お前も、いずれ理解できるだろうさ……」

「それなら、どうして仲良くしているの? 怖くないの?」

「俺は、ディヴァリアの幼馴染なんだ。外道だと分かっていても、見捨てられないんだ……」


 幼馴染だから見捨てられない。それには、まったく共感できなかったけれど。でも、否定するのも可哀想かなって。だって、リオン君は苦しんでいるみたいだったから。


 知らないところで誰かが死んでいたって、私には関係ないからね。お兄ちゃんと似ている気がするリオン君の方が、よほど大事だったかな。


「じゃあ、頑張らないとね。私も、手伝おうか?」

「無理はするな。ディヴァリアの機嫌を損ねたら、殺されてもおかしくないんだ」

「分かった。悩んでいることがあったら、相談してね」


 ということで、リオン君の部屋から出ると、誰かに手を掴まれた。とても、とても強い力で。手のある方向を見ると、微笑んでいるディヴァリアさんが居た。


 だけど、私は、蛇に睨まれた蛙みたいに、逆らうことができなかったんだ。ディヴァリアさんに引っ張られるままに着いていって、個室に入る。


 すると、ディヴァリアさんから、とてつもない圧力がかかってきた。


「ねえ、サクラさん。あなたは、どうしてリオンと仲良くしているの? 私の秘密を、伝えられているの? 何をしたの? 答えて」


 言葉のひとつひとつから、押しつぶされそうな感覚を味わっていたよ。とても怖くて、逃げ出したいくらい。だけど、とてもじゃないけど逃げられない。だから、答えるしかなかったんだ。


「私は、リオン君と同じ転生者だから。たぶん、その縁で」

「てんせいしゃ、って何?」

「えっと、生まれ変わった人。この世界が、物語になっていた世界で」

「その物語で、私はどんな存在だったの?」

「リオン君がいなくて、人類の歴史上、最も人を殺した人だって」

「つまり、リオンは、私を止めたかった?」

「きっと、そうです。人殺しは、私達の世界では、とても重い罪だったから」

「……ふーん。なら、殺さないでおいてあげるよ。リオンも、きっと悲しむからね」

「ありがとう、ございます……」

「お礼はいいよ。私からリオンを奪ったら、今度こそ殺すからね?」


 とてもじゃないけど、そんな度胸は浮かんでこなかった。ディヴァリアさんは、本気で殺すつもりだったから。そして、私には抵抗することすらできないのは、思い知らされたから。


 結局、私はリオン君がお兄ちゃんなのか、知ることができなかった。本当にお兄ちゃんなら、また家族になりたかったのに。そんな思いがあふれてきて、解放されてからは泣き続けていたんだ。


 でも、リオン君から遠ざかることも、許されなかった。ディヴァリアさんにとっては、本当にリオン君が全てだったんだ。


 私は、リオン君を楽しませ続けるように命じられた。その上で、彼を奪わないようにと。無理難題だけど、従うしかなかったんだ。


 だから、普段はリオン君と会話をしていることが多かった。そんな中で、とある会話が、私達の運命を変えることになる。


「そういえば、リオン君は何で転生したの? 私は、まあ色々あって」

「サクラになら、言ってもいいか。ストーカーに刺されて、死んじゃったんだよな。残してきた妹が、本当に心配でな。元気にしていると良いのだが」


 その言葉を聞いて、胸がドキドキしていたよ。もしかしたら。そんな希望でいっぱいだったんだ。思わず言葉が詰まりそうになって、それでも、話を続けていったよ。


「ねえ、『繋がりのコンツェルト』って、妹さんへのプレゼントじゃなかった?」

「どうして、それを?」

「そして、仕事が終わったら話を聞いて、休みの日には一緒に遊んでなかった? 私と、一緒に」

「まさか……。琴葉、なのか?」

「そうだよ、お兄ちゃん。ずっと、貴方に会いたかった……!」


 思わず、リオン君に、いや、お兄ちゃんに抱きついてしまう。ディヴァリアさんへの恐れも、その時ばかりは忘れていたんだ。


「俺もだ。俺も、お前に会いたかった。ありがとう、琴葉。俺とまた、出会ってくれて」

「お礼なら、こっちの方が言いたいよ。お兄ちゃんがいない人生になんて、意味がなかったんだから。だから、こっちの世界に来たんだから」

「……なあ、琴葉。お前は、どうして転生することになったんだ?」

「簡単だよ。お兄ちゃんの後を追ったんだ。だって、お兄ちゃんのいない世界に、未練なんてなかったから」

「どうして……! 俺は、お前さえ生きていてくれるなら、それで良かったんだ……!」

「ごめんね、お兄ちゃん。でも、仕方ないよ。お兄ちゃんだけが、私の生きる意味だったんだから。死んじゃったお兄ちゃんが悪いよ」

「それは、済まなかった……。なら、今度こそ、俺はお前を死なせたりしない」

「なら、ずっと生きていてね。約束だよ?」

「ああ、約束だ」


 小指どうしで指切りをして。その時に誓ったんだ。私は、ディヴァリアさんからお兄ちゃんを取り戻してみせるって。どんな手段を使ってでも。


 ねえ、お兄ちゃん。ずっと、一緒にいようね。もし、女の子と付き合いたいのなら、私が付き合ってあげるからね。嬉しいよね、お兄ちゃん?


―※―※―※―


 これからディヴァリアと琴葉の戦いが、始まりません。

 以上、エイプリルフール短編となります。


 現在、最新作、物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう

https://kakuyomu.jp/works/16817330667717348343

 を投稿しています。興味があれば、読んでいただけると嬉しいです。

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乙女ゲーム世界に転生したけど、幼馴染の悪役令嬢がド外道すぎる maricaみかん @marica284

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