第27話 天使
負け犬は何を思う。
何喋っただろうか、まるでチェーンが外れた自転車のように、全てが空回り何も進めない。
自分でも何を言っているかわからない。
「それでは、皆さん、出演料一億円にふさわしい人に投票してください!」
アナウンサーが大きな声で宣言する。目の前の天使たちは手に持ったリモコンで投票していく。スポットライト浴びる俺たち二人、ちらりと小島を見るが彼女の顔はここからの距離でもよく見えない。
なんだろう、全てが他人事のようだ。まるで、臨場感のある映画を見ているみたい。大敗がわかっているせいで、俺はどうやら狂ったのかもしれない。
「それでは、結果発表です!」
ディスプレイを見れば、小島と俺が並んでおり、その下には点数が描かれている。二人同時にカウントアップしていくが、28という数値で俺の点数は止まった。
それとは裏腹に止まらない彼女の点数。あっという間に三桁に到達し、最終的には772という数値で彼女の得点が発表された。
「勝者は……小島さんです!」
バッアアンッ!
美しい金色の紙吹雪が破裂音と共に舞う。よくテレビで見るやつだ。小島の周りにアナウンサーや、あのアジマエルなどの天使たちが駆け寄る。勿論カメラマンやスタッフが何人も俺の目の前を通り過ぎて行った。まるで、俺の存在はないかのように。
《みなさま……ありがとうございます》
合成声には感情は宿らないが、画面越しに見る彼女の目からは止まらぬ涙が流れていた。
「小島さんは、金色のいばらの冠をお持ちです。ボーナスとして、お金を増やすことも、家族への手紙等を残す時間を用意したりもできます。冠を使ってなにをしますか?」
《そうですね……それでしたら……》
彼女の願いは、意外なものだった。
観客たちは帰り、アナウンサーも役目を終えたとばかりに消えた。
ステージには俺たちとアジマエルとナナミエルだけが残り、カメラマンと、数人のスタッフだけだ。
ナナミエルによって、必要最低限の管やコードが外されていく小島。近くで見れば、到底二十歳には見えない、小さくて、細い身体。顔つきはまるで白い饅頭をのようだ。
《最期、看取ってくださいね》
「ああ、約束だからな」
よく見ればあ彼女の黒い瞳だけが、生きている証とでもいうべくなのか、涙に濡れ美しく輝いている。その目から俺は反らすことができなかった。
そんな彼女はパチリと瞬きをした。
《……私、持田さんたちのこと、正直嫌いになったことがあります》
「え」
《貴方には健康な身体があるのに、なんでそんなに死にたがるんだろうって》
俺は思わず目を見開いた。まさか、そんなことを思っていたなんて。
《でも、それは私の無責任なエゴだと気づいたんです。私も、持田さんたちも、もうこの世で生きるには限界なんだって》
小島さんの言葉に、俺は小さく頷く。そうだ、俺たち全員、この世で踏ん張るにはもう限界だった。
《お陰で、さっきのプレゼンテーションの締めができました。ありがとうございます》
「顔を撫でても」
《嬉しいです。お礼に寿限無でも唱えましょうか》
「俺、落語わかんないなあ」
俺は柔らかな小島の肌を優しく優しく撫でる。少しのガサガサだけで傷つきそうなくらい。それでも彼女の瞳は優しく細められる。
《寿限無は、親が子供が幸せになるようにと、色んな意味の名前を詰め込んで、長い名前になっちゃったって話なんですよ》
「へえ、じゃあ寿限無も名前なの?」
《はい、子供の名前の最初部分で、寿限りなしで死ぬことのない、って意味で、実際に大きくなった彼は腕白少年になるんです》
「そうか」
《私も、寿限無のように、元気に育ちたかったな》
俺はそれ聞きながら、なぜだか涙を流していた。でも、時間はもうない。たっぷりと液体が入った注射器を持ったアジマエルが俺の横に立った。
ああ、もう、時間だ。
《持田さん、私の手握ってください》
「わかった」
俺は彼女の上に掛けられた布団を少し捲り、痩せ細って骨と皮だけになった彼女の手を取る。少しばかり温かい手と、弱いがまだちゃんと脈拍がある。
アジマエルは、その注射器の先を、彼女の喉元の穴に繋がる所と繋げた。
「小島さん、どうか安らかに」
いつもとは違う声色の天使、その横ではナナミエルがじっとこちらを見ている。
「おやすみなさい」
《おやすみなさい》
ゆっくりと目が閉じる小島、それとともにアジマエルの注射器の中身が注がれる。
そう、それは安楽死用合成剤『STH』。
彼女の手から、ほのかな暖かさが、脈拍が、ゆっくりと失われていく。
その安らかな寝顔はまるで、絵画の天使像のように神秘的ななにかがある。
暫くして、アジマエルが彼女の脈拍等を確認し、「ご臨終です」とカメラに向かって伝えた。
彼女の最後の願い。金色のいばらの冠を使ってまで、願った事。
《家族の代わりに、持田さんが看取ってください》
ささやかな彼女の願いだった。
よろよろとスタッフに誘導されるまま、楽屋に戻って、ぼーっと天井を見た。
目の間にはたくさんのご飯が用意されているが、どれも灰色に見えてしまう。
そんな中、一人の男が入ってきた。
「いやあ、持田さん、クランクアップおめでとうございます~!」
状況的に似つかわしくないくらいに明るい口調。ゆっくりと顔を向けると、俺をこの番組に連れてきた
それにしても、クランクアップと今言ったか。
「クランクアップ?」
「あ、ほらあの、撮影終了です~みたいな」
撮影終了という言葉に、俺は嫌な予感がした。番組内でコンテンツとして、俺たちの安楽死があり、それにエンタメ的な価値があるという話だったはず。
「あれ、俺は?」
「え?」
「俺、いつ、死ねるんですか?」
そう、俺が生き残っている。この番組は、死ぬことができると知って参加したのだ。でも、俺は、俺だけが生き残っている。
終わってしまったら、今までの頑張りはどうなる。俺の、安楽死は。俺の出、演料は。
思わず、天使に必死の形相で詰め寄るが、やはり最初から不気味だった彼は「ああ~」と言った後一人笑った。
「死ねませんよ、持田さん、視聴者に人気なんですから」
「は?」
今、なんて言った。そう言いたいのに、喉が引き攣り、呼吸が上手くできない。もし、そうならばあまりのも無慈悲すぎだ。半開きの口の、顎が震え続けている。
「お人好しで、死にたがり、それが視聴者的に必死に振り回されるのが親近感湧くみたいで。いやあ、堂園さんと水戸部さんとは大違いですねぇ」
けれど、天使にとって、俺のことは知ったこっちゃないのだろう。震える俺を見ても、何も変わらない。
「堂園さんのヘイトは予想通りだったんで、いやあ彼女はいい仕事をしてくれましたよ。最後の死ぬ瞬間も、ホストに裏切られて死ぬなんて。良い
嬉しそうに笑う、天使は自分のスマートフォンを操作すると、俺が最後に見た堂園の狂ったように笑う姿だ。そこには、『痛客で有名やばいホスト狂いの最後』なんて見出しまで、そのコメントも一万超え、再生回数も百万を超えていた。
「本当は水戸部さんと、小島さんラストだったんですが、犯罪者の親なんて見たくないって、そんなやつに金を上げるなんてって、抗議がうるさくてうるさくて」
水戸部に対しては、やれやれと言いたげに肩を竦めていた。視聴者からの抗議が本当ならば、そんな人達はあの切実な水戸部の主張を聞いていたのだろうか。
でも、天使的にはそうではなく、自分が描いていた理想から反らす羽目になったことにうんざりしただけの様子。
「あーで鈴木さんは補完が必要でしたけど、上手く特別映像を作って、田川さんや小瀬川さんと一緒で教育学会とか、児童福祉論争で盛り上がってくれましたし。鈴木くん、長男教に生まれて、ずっと搾取子ってやつだったんですよ~。まさか、金欲しいが手を汚したくないからって、そっち送り込んでくるなんて、彼の家族鬼ですよねぇ」
最初の方に死んだ鈴木の詳細な情報をべらべら話す。いいのかそんな事を話してもと思うが、天使の口ぶり的にそのことは視聴者全員知っているのだろう。
そう、使えるものは、血の一滴でも搾り取って、映像素材として使う。
「ドラマ撮影で、小島さんから『死にたい、安楽死できないのか』と尋ねられた時、ビビッと来たんですよ。あの時の勘を信じて良かったです。小島さんの特大サプライズは一回限りしか使用できないので、次回はどうしようかとは思いますけども」
それは、他人の幸福も、不幸も、希望も、絶望も、人生も、死に様も、関係ない。
「視聴率も、話題性もうなぎ登りとはこういう事なんですねぇ、本当に皆さんありがとうございます」
天に向かって軽い調子で合掌する姿は、わざとらしく、そして、ただのパフォーマンスだということがよく分かる。
この男は、最初からそうだった。こちらをリスペクトしているように見せているだけだった。
「じゃあ、もう俺は要らないですよね、俺を殺してください。安楽死、させてください」
「いやあ、それはできないんですよ。『STH』一回、結構するし、正直、持田さんにはこれから頑張ってもらわないと」
「頑張るって……」
断られるなんて、何故と絶望していると、天使はポケットから手帳を取り出した。そして、捲った後にっこりと俺に向かって微笑んだ。
「持田さんには、番組参加者として、色々イベント組んでるんですよ。唯一の生還者って。いいじゃないですか、仕事なかったから死にたかったんでしょ?」
天使の言葉に、俺の全身がぞわぞわと何かが駆け巡り、そして、全ての毛穴から怒りの炎が吹き出した。
「そういうことじゃないです! 俺は死にたくて! 参加したのに! こんなの詐欺だ!」
叫んだ俺は天使の胸ぐらを掴む。鼻の先が着くほどの距離で怒鳴るが、天使はきょとんと俺を見た後どうどうと落ち着けようとする。
まるで怒りだした俺が可笑しいと言いたげな雰囲気だ。
「怒らないでくださいよ。仕方ないじゃないですか。持田さんの出演料払う先がなくなっちゃったんで、金銭詐欺になっちゃうのやばいでしょ?」
支払先がなくなった?
知らない情報に頭はこんがらがる。支払先は生き別れの妹のはずだ。それがなくなったということは、妹になにかあったということ。
胸ぐらを掴んでいた手が、ゆっくりと緩み手を離す。天使の顔は相変わらずの穏やかなままだ。
「持田さん、言っときますが、ただのバーターだった貴方がここまで人気なるなんて、私もびっくりなんですから」
「バーター?」
「メイン出演者のおまけですよ。じゃなきゃ、あの中でも、孤児で足ケガしただけっていうキャラの弱い貴方をスカウトして起用しませんよ」
この番組には、スカウト組とオーディション組がいるとどこかで聞いた。たしかに、残った全員は後に引けない理由があった。その中でも理由が弱いと俺も感じていた。では、俺は誰のおまけだったのか。
小島か?
いや、小島は初対面、俺をわざわざ選ぶ必要はない。
じゃあ、もしかして。
混乱する頭が人生で一番最悪な事を想像させる。
「はい、これは
天使から渡された茶封筒と、白い手紙の封筒。後ろには、あの憎たらしい天使のイラストシールが貼られていた。
手紙を開けるために、天使のシールを破く。横に切れたシール、手紙の蓋をしている部分を持ち上げ、中に入っていた便箋を手に取る。
細いが美しい字は見覚えがあるものだ。
そして、何度も何度も信じたく無くて、読み返した後封筒を見る。そこには、見たことのない万札の束が入っていた。
グシャリと、手紙封筒握りしめながら、俺は崩れ落ちた。
「なんで、なんでそんな……そんな……」
今更、生きる意味なんてなくて良かった。なのに、俺に死ねない理由が出来てしまった。
いらなかった。俺は死にたかっただけだ。
死んで楽になれたらそれだけで良かったのに。
なぜ、生きていて欲しかった人は死に、死にたい俺は死ねないのか。
ああ、死んでいった彼らが羨ましくて、羨ましくて、
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