第25話 映像


 小瀬川が扉の中に消えていったところからのことは、よく覚えていない。


 エンディングのアナウンスもあった気がする。

  水戸部と小島と気まずい雰囲気の中迎えを待っていた気がする。

 迎えに来た田中が必死に言い訳をしていた気がする。

 ホテルの中で今崎が俺に謝罪していた気がする。


 全部気がするくらいに記憶が希薄で、何を食べていたのかも覚えていない。気づけば、俺はテレビを点けてぼーっと番組を見ていた。

 勿論、このテレビに映るのは大和放送のサブスクリプション動画サービスのみ。今もおすすめの動画を適当に流しているため、全く面白くもないバラエティが流れていた。


 《思えば、来週は宣伝があるとのことですが》

 《はい、私は特別ドラマの『天使が生まれた日』で介護している娘の母親役を……》

 番組宣伝をし始める女優を見つめる。画面には大きくその時のドラマの番宣映像が流れ、有名な女優は流暢に紹介をしている。

 画面には、美しい有名女優が寝たきりの娘の介護をしている映像が流れていた。介護されている娘も美しい女優がわざと顔色悪く化粧されており、寝たきりを表現しているのだろう。

 俺はそこでテレビの電源を切った。

 番組宣伝は好きではないし、こういう露骨な感動的な作品も好きではないから。


 病気は辛いが、家族に愛されて羨ましい。

 昔からどうしてもどろりとしたものが溢れ出てしまうから。

 今は小島の話を聞いたこともあり、もしかしたら今は違った視点で見れるかもしれないけれど。


 俺は布団の上で大の字になると、そのまま目を閉じた。

 そして、翌朝、俺はまた、撮影場所に連れてかれた。


 でも、今回は何かが違う。セットも何もないただ暗いスタジオ。その中央にまるで横になった白い卵のような形をした機械の前にいたのだ。田中は機械のボタンを押すとカポッと蓋が開いた。中には黒くてフカフカそうな椅子があった。


「田中さん、これは」

「これは、本当に『STH天国への階段』を使用する際に使うものです」

「え、なんか、液体を飲むんじゃ」

 聞いていた説明と違うと驚くと、田中はしたり顔でこちらを見た。


「いや、そんな本人の覚悟を決めさせるものは使いませんよ。あーあの、最初のはある種脅すためのパフォーマンスみたいなものです。本来の使用方法はコレの中に入って、『STH』をミストにしたもので満たすんです。飲むのは勇気がいるけど、入るだけなら簡単でしょ」

 何故かドヤッとした表情でこちらを見て説明する田中に、本当に人間の心があるのかと疑いたくなる。でも、確かに毒薬を飲むのは勇気がいるはずだ。ただ、それなら入るのも勇気がいるだろうと俺は思うが。


「ミストを吸い続けると軽い酸欠からの眠るように死ねるんです。あ、勿論、この薬剤を飲む方法もありますけどね。激不味らしいですよ、味覚分析的には」

 淡々と話す田中、その眠り死ぬ姿をまるで見てきたかのような口ぶりに、思わず田中から距離を少し取った。しかし、彼は距離を取った俺の腕を掴んで、ぐいっと距離を引き寄せた。


「まあ、とりあえず、今回は特別にこの機械の体験をしてもらいたいと思うので、中に入ってください。これが、今回のプレゼンテーションテーマなんで」

「は?」


 プレゼンテーションテーマ。何故これが?


 でも、番組的にこれに入らなきゃならないのだろう。俺はただ「わかりました」と従い、中に入り椅子に座った。クッションの心地よさを感じながら、見上げた先にある蓋が自分へと下りてきた。

『STH』の機械の中、目の前には何故かモニターが付いており、パッと画面が明るくなる。


 《迷える子羊の皆様、ようこそ、あなた達が目指す場所『Stairway to heaven天国への階段』へ》

 出てきたのは、いつものアナウンサー。相変わらず、少しも調子が変わらない人だ。


 《今回のプレゼンテーションテーマは『走馬灯を見る貴方』です》


 走馬灯って、なんだ。俺は思わず首を傾げる。

 《さあ、ここからは貴方たちがここでどうなるのかを、先にクランクアップした人たちの実際に最期となった瞬間の映像を見てもらい、そして、最後の質問に回答していただきます》


 クランクアップというのも分からないが、説明的には映像を見て、最後質問に答える。というものらしい。

 どういう映像が流れるのか、少しだけ気になってワクワクした自分を殴りたくなる映像だった。


 《なんで、お前が泣くんだ!》

 《お前が俺の人生めちゃくちゃにしたのに!》   

 《学歴なんてとか今更言うなんて!》

 《嘘つき! 信じられるかよ!》

 《おまえが! おまえのせいで!》

 一番最初に映ったのは、あの画面越しに薬を飲み干した田川くんだ。画面の右端には出演料千円の文字が記載されており、まるで彼が千円の男だと言わんばかりだ。

その彼は何か映像を見てるのか、鏡合わせになった俺に対して彼がこちらを見て絶叫している。少しずつ充満する煙の中を失うまで、彼は叫び続けていた。


 《ああ、母さん、ごめんなさい……》

 《俺は、やっぱ兄みたいになれない》

 《死ぬまでできそこないなんだ》

 《ごめんなさい……ごめんなさい……》

 次に映ったのは、兄を偽っていた鈴木だった。出演料一万円、彼もまた映像を見た後、目を閉じて耳を手で塞いだまま縮こまり、うわ言のように謝罪の言葉を連呼する。

 彼のことは結局何が本当なのかわからないが、この最後の悲痛な謝罪だけは本当なのだろう。


 《は? あいつ、騙したな!》

 《私が一番って言ってたのに!》

 《そっの、クソと結局デキてんじゃねぇか!》

 《……まあ、もう、いいや、死ぬし》

 《十万円でタワー代回収できるといいね》

 《バーカ!》

 そして、狂ったように最後笑いながら、煙に包まれていったのは堂園だ。内容からして、多分彼女が入れ込んでいた担当に向かって叫んでいるのだろう。十万円で死んでいった彼女、強がっているがその瞳は何故か涙で濡れていた気がした。


 これは、脱落していった順番だ。だとしたら、次は。


 《ああ、ああ、良かった、良かった……》

 出演料、百万円。

 涙を流す彼女、死ぬ間際なのに他の人とは違い口を抑えてこちらをじっと見ている。

なぜだか視線が交わってる気がした。

涙を流しながら口を抑えていた手をゆっくりと胸へとずらす。その顔は、安堵したのか嬉しそうに微笑んでいた

 《私、間違ってなかった》

 まるで自分を慈しむように目を閉じた彼女は、それを最後に煙の中に包まれていく。

 彼女は、この間俺の代わり死んでいった小瀬川だ。


 なんで、こんな辛いものを俺に見せるんだ。呼吸すらできない、喉がギュッと詰まる。なんで、どうしてと、心から思った。

 その後、画面は暗いまま何も映らない時間が過ぎていく。目尻から首へと落ちていく涙の感触が気持ち悪かった。

 暫くして、映像が切り替わり、またアナウンサーが映し出される。


 《いかがだったでしょうか。こちらは死に行く子羊たちにサプライズとして、出演料の支払いをする相手の現在の映像をお見せしたものになります》

 正直、俺の頭では理解が追いつかなかった。そんなサプライズ、なんて、とんでもないサプライズなんだ。

 田川の絶叫や鈴木の謝罪、堂園の笑い声が脳内に鳴り響く。唯一映像を見て安堵していたのは、確か迷惑を掛けたという名付け親に出演料を払うと言っていた小瀬川だけだ。

 テレビの演出とはいえ。こんな過激な演出が許されるわけがない。憤りなのか恐怖なのか、震える身体とあわあわと言葉を失う口。

 そんな俺の反応とは裏腹に、アナウンサーは淡々と進行していく。


 《それでは、最後まで映像を見た子羊の貴方に質問です》


 《今回の出演料は一千万円だとした時、貴方以外の二人どちらかを落とす場合、誰を落としますか? 口頭での回答をお願い致します》


 悪魔なのか。天使の姿をしているくせに、あんな映像の後になぜそんな質問をするのか。

 でも、画面には「小島・水戸部」という選択肢が表示されていた。

 この二人から落とすべきなのは。ぐるぐる考えた末、二人の最初のプレゼンテーションを思い出した。そこを叶えるには、この答えしか無い。


「水戸部さんです」


 《理由もお応えください》

「小島さんの希望金額は一億円。水戸部さんの希望金額は、一千万円だったから、です。二人の希望を叶えるにはこれしか無いと思って」

 そう、最初の希望出演料の話。二人の希望金額はこれだったはずだ。


 《ご回答ありがとうございます。この回答を以て、『STH』体験の最後、ミスト充満を体験してもらい終了です》

「え」


 そう言った瞬間、散々映像で見たミストが機体内に充満していく。俺は思わず、機体内で飛び上がった。そこも体験するなんて聞いていない。


「はっ、ああ!?」

 思わず叫んだ瞬間ミストを吸い込む。甘い味のミスト、急なことでパニックになっているとクラクラとしてきて、気づけば意識を失っていた。



 暫くして、機体内で目を覚ました俺、すでに『STH』の蓋が空いていた。

 だれかいないのか。そう思いながら、機体から身体をお越し、降り立つと、誰か一人椅子に座って待っていた。


「お目覚めですか、持田さん」

「あ、アナウンサーさん、な、なぜここに」

「おめでとうございます。貴方は最後のプレゼンテーションまで駒を進める事ができました」

「え」

 なんだか噛み合わない会話。それに、最後のプレゼンテーションとは一体。そう思った時に、気づいてしまった。


「あれ、てことは、誰か……」

「ええ、そうです。投票結果により、水戸部さんが今回一千万を手にして、お亡くなりになりました」

 さらりと答えるアナウンサー、その手には小さなスマートフォンの画面を見せてきた。


 《ああ、そうか、そうか、俺が死んでも、こいつは何も思わないのか》

 煙に包まれながら死んでいくのは、すでに諦めきった表情でこちらを見ている水戸部。彼は一体なんの映像を見ていたのだろうか。


 多分だが、彼を苦しめた悪魔の子でも見てるのだろう。


 あの質問はこういう事だったのか。確かに水戸辺を選んだ。けど、それは小島は最後まで残るべき人だと思ったからだ。

 でも、これが完全なミスだったのかもしれない。

 何故、俺が生き残るのか。自分が選んだ選択で、水戸部は死んだ。

 その事実が、恐ろしかった。


「ああ、ぁぁ……」

 苦しい呻きが口から漏れる。


「この完全版は配信限定なんですよ。まだ、編集的に、最終回後になりますかね」

 アナウンサーは頭を抱える俺の横で、淡々と動画のことについて話し続けた。


「人が一人死んだんですよ、なんでそんな淡々と!」

 大きな声で俺が叫ぶと、アナウンサーは表情を少しも変えずこちらを見た。


「この番組が、私に求めてるのは、アナウンサーの仕事をすることです。それを、ただ全うしてるだけですよ」

 質問に答えた後、そのまま最終回のことを説明し始めるアナウンサー。全て意味ある言葉なのに、どうしても耳の中に入ってこない。


 何故だが酷く叫びたい。引き攣る喉が苦しい。このまま彼の話を聞いたら精神をおかしくそうだ。こんな狂った状況から逃げたくて、思わず耳を強く塞いだ。


 もう、いい加減、俺を死なせてくれ。

 俺のささやかな願いを、心のなかで吐き出した。

 

 

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