第24話 選択
一瞬で、なにかが終わった。
それしかわからないまま、先程とは違う待機室にやってきた。ディスプレイも何も無く、ただパイプ椅子だけが四脚一列に並べられた部屋。
アナウンサーが言っていたコン……ベクションというものの意味もわからないし、あんなに真剣な表情の
今までとは全然違っている状況だ。俺はちょっとした自己紹介をしただけ。
何だったんだ、アレ。
疑問だらけで、パイプ椅子に座らずその場に立ち尽くす。本当に何だったのだアレは。
しかも、ちらりとスタッフを確認すると、少し離れたところでカメラマンとアシスタントが一人ずつしかいない。しかも、特にこちらに寄ってくる事もなく、ただただ撮っているだけ。今までの撮影の中でも、一番やる気がない様子だ。
そんなにやる気がないなら、そこまで大事な撮影ではないよな。俺はそんな事を考えていたら、思わずじっとカメラマンたちを自然と見ていたらしい。
カメラマンが小声でアシスタントになにかを指示し、アシスタントはめんどくさそうに顔を歪めると、こっちにやってきた。
「あの~すみません、カメラ目線はちょっと勘弁してもらってもいいですかねえ」
「ああ、すみません。今日はあまりにも唐突な撮影で一体なんだろうとぼーっと考えてました」
「え、説明ありませんでした?」
「特にないですね」
俺の問いかけに、アシスタントは顔を顰めた後、目の前でインカムを飛ばした。それから暫くして、申し訳ない顔をしてこちらを見た。
「田中、説明してなかったみたいですか?」
「ええ、特に……」
「ああ~やっぱり。今崎さんも確認してないなコレ」
アシスタントは頭をわかりやすく抱える。田中、お前もしや。
「田中は説明したって言い張ってたんですけど、あいつそういうの隠す癖あるんですよ。多分、撮影後に持田さんに対しても、『説明した』と言い張ると思うんですが、俺たちもわかってるんで安心してください」
話した内容に、俺は以前音楽を流し忘れた田中を思い出す。多分、以前よりもやらかしが多くて有名なのか。そして、今崎はそれを監視すべきなのに怠ったのだろう。
「はあ……で、結局これは一体?」
「次のステージに上がるには、審査員一人に選ばれる必要があるんです。で、コンペティションっていうのは、なんというか競争、みたいな。今までのプレゼンテーションを判断材料にして、審査員一人から選ばれるんです」
「じゃあ、さっきのは、俺は選ばれなかった、ということですか」
「そういう事になりますね」
アシスタントの説明に思わず苦笑いする。審査員は三人、各々が誰かを選び、次のステージへと上げる。
ここで選ばれなかったら脱落で、さようならということなのだろう。
遂に、俺が死ぬ時が来たのだ。しかも、今までの傾向から金額は前回から一桁増える。じゃあ、今死ねば、百万円ってことだ。
この部屋に誰も来なければ、俺が死ぬということなのだ。
上出来じゃないか。金額も大金。
さっさとこんな人生におさらばして、やっと死ねる。
「ああ、やっとか」
俺がそうぼそっと言うと、アシスタントは気味悪そうにこちらを見る。「とりあえず、カメラ目線はもうやめてくださいね」と頭を下げた後、とっとっととカメラマンの元に戻っていく。俺は最後とばかりにカメラマンに満面の笑みをレンズ越しに向けた。ビクッと肩を震わせ仰け反るカメラマンを視界から追い出すように俺はパイプ椅子に座り、上機嫌に腕を組みながら目を閉じた。鼻歌でも歌おう、何にしようか。
でたらめなメロディー。るんるんと鳴らし続けた。
《それでは、皆さん、待機室からステージの方へと戻ってきてください》
アナウンサーの声が聞こえる。俺は目を開き、上機嫌に待機室の扉に手を掛けた。だれも、この待機室に来なかった。俺以外の全員が選ばれたということだろう。
ああ、これも最後だ。ガチャッ、鍵が開く音がよく耳に響く。期待高く見るステージの光は眩しい、目を焼くような熱さがある。
三人の
そして、ステージの中央に立つアジマエルと小瀬川。
この組み合わせが残ったのかと、高みの見物をする俺はアナウンサーに視線を向けた。
アナウンサーの表情は相変わらず変わらない。
「それでは、迷える子羊の皆様、これより審判を行います」
アナウンサーの声が響いた。審判、結果なんてもう決まっているはずだと、思ったのに。
「今回のプレゼンテーションではなく、審査員の天使たちによるコンペティションでした。そして、今回の出演料は……」
顔面が強ばる。身体から嫌な汗がにじみ出る。
「百万円です」
ああ、いやな予感がするのは、なぜだ。
「今回の最優秀は全員から希望をされた小島さんです。そして、最下位候補は」
ステージへともう一度顔を向ける。その瞬間が人生で一番長かったのではないかと思った。
予想が外れてくれ。でも、運命は残酷なものだ。
「持田さんと小瀬川さん、です」
視線が交わる先には、こちらを青ざめた顔で見る小瀬川がいた。
俺はよろよろとステージに歩みを進める。多分だが、小瀬川の順番は最後だったため、部屋には来なかったのかもしれない。一人勘違いして、なにを鼻歌なんて歌っていたのか。急激に恥ずかしさや絶望感が湧き上がっていく。
いやでも、待て。彼女の頭には金色のいばらの冠が輝いている。それを使えば、彼女は一回最下位を逃れるチャンスもあるのだ。
なら、まだ、大丈夫だ。それに、俺をわざわざ選ぶわけがない。
少しずつ心を持ち直し、しっかりとした歩みで進み始める。大丈夫、俺は死ぬんだ。やっと、死ねるんだ。
何度も心の中でそう唱えた。ステージの中心、小瀬川の隣に並び立つ俺は、目の前のアジマエルを見た。
アジマエルの表情は見えない。ただ無機質な天使のお面が俺を見下ろす。
「アジマエル、選択は決まっていますでしょうか?」
「ああ、決まっておる」
アナウンサーの問いかけに、アジマエルは即答した。小瀬川のはずだ、俺ではない、絶対に。
心の中で何度も呟く。やはり、この前の関わりが俺の中に情を生んだのだろうか、なぜだか小瀬川が俺より先に死ぬのがとても嫌だった。
「それでは、アジマエル、お選びください」
心臓がいやな飛び跳ね方をする。アジマエルの目の穴、黒い眼が俺を見た。その黒さは、人生で一番の黒い闇のような気分。
なんだか、天使の仮面がにやりと笑った気がした。
「私は、持田を選ぼう」
無慈悲な選択に、俺の顔から血の気が引いていく。
嘘だろ、なんで、俺を選んだんだ。
おかしいだろ、と叫びそうな気持ちを必死に堪える。
「では、小瀬川さんにお尋ねいたします」
「はい」
そうだ、まだ終わりではない。アナウンサーに問いかけられた小瀬川に視線を向ける。小瀬川は真っ直ぐと前を見ながら返事をした。その横顔は今まで一番凛と美しく、なによりもそこだけがスポットライトが当たったように輝いている。
まるで、それは昔見た童話のラストシーン、燃え尽きるマッチの光の前で幸せそうに笑う少女の姿だ。
「金色のいばらの冠を使い、復活することができます。その際は、持田さんが最下位となり脱落を回避できますが、使用しますか?」
無慈悲な質問だ。ようは、小瀬川に俺の生死を委ねるなんて。でも、彼女は少しも動揺する様子がない。あの気弱な彼女がだ。
そうだ、小瀬川は俺がずっと死にたがっていたことを知っていたはずだ。だから、自分が生存する選択肢をすることに
だから、こんなにも穏やかな表情をしている、そうだと、そうだと言ってくれ。
念じるように彼女の横顔見ていると、ゆっくりと小瀬川がこちらを見て、微笑んだ。顔だけじゃなく、全身から血が全てなくなったような気がした。
「いいえ、私は使いません」
「は?」
俺の目を見ながら、彼女はそう宣言した。
それは、彼女の死を表していた。
膝からがくりと身体が崩れ落ちる。古傷を叩き起こすような衝撃、痛みが身体を駆け抜けるが、それよりも今起きた事が信じられなかった。
「それでは、小瀬川さん、天国への階段をお登りください」
「はい、皆さんありがとうございました」
この番組内で彼女が出した声の中で、一番大きかった。いまだ立ち上がれない俺は崩れ落ちたまま、彼女を見ていた。彼女は、俺から視線を外し、天国の階段へと向かっている。セット内にある階段をゆっくりと踏みしめて登る彼女。登りきった先の扉の前に立った。
「そして、持田さん、優しくしてくれてありがとうございます。そして、ごめんなさい。どうしても私は貴方を殺すことができませんでした」
最後の最後、彼女は震えた声で叫んだ。そして、その扉を開き、その向こうへと吸い込まれるように消えた。
俺はただ呆然とその姿を見ていた。
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