第22話 意見
絶句してる俺の視線に気づいたのか、堂園は嫌そうに顔を歪めた後視線を反らす。水戸部はまるで恥を晒したのが嫌なのか、顔を俯かせていた。
何があったんだ、一体。
というか、小島はどうなのだろう。
まだ、画面の暗いディスプレイ、小島の姿はない。
「ちょっと
スタッフは少しばかり面倒くさそうに話しながら、ディスプレイの設定をし始めた。コードの配線を繋げ、暫くして画面が映った。
「小島さん、聞こえますか?」
《はい、聞こえます》
ディスプレイに映る小島は、あの金色のいばらの冠を頭に着けていた。
何だか凄く戸惑った様子で、落ち着きがなかった。
《スタッフさん、
「ああ、それは後で説明しますんで、とりあえず撮影進ませてください 」
《そ、そうですか》
色々と気になる単語が聞こえてくる。
本当に一体何が起きたのか、アナウンサーをちらりと見るが、彼はこちらを見ることはなくまっすぐとカメラを見ていた。
「それでは、迷える子羊の皆様、これより審判を行います」
アナウンサーは、混乱する俺や他の出演者の事を置き去りにしていく。まず、この状況説明をと思うのに。
「今回のプレゼンテーションは、『私たちの人生に足りなかったもの』がテーマでした。更に前回とは違い、今回はグループとなって、皆様には準備をしていただきました。このプレゼンテーションに対しての……」
俺達が置いてけぼりにされているのに、この撮影は止まることはない。
他のスタッフたちも、それが当たり前のように撮影している。
そして、思わず振り向けば、戸惑っている俺を沢山のカメラが捉えていた。
「出演料は、十万円です」
十万円。
バイトで稼ぐにはそれなりの時間が必要な金額だが、だからといって大金と言うには弱すぎる金額。ここにいるほとんどの人は、この金額では納得しないだろう。
「それでは、まず、この中で優秀だった子羊のグループを発表します。そのグループ内で、一人の方にはボーナスチャンスが与えられます」
アナウンサーは、用意していただろう金色のいばらの冠をカメラに向かって掲げる。
「発表はナナミエル、お願いいたします」
「はい、と言っても、グループは一目瞭然ですわよね」
ナナミエルの声は、不機嫌極まりなく、堂園達を冷たい視線でじろりと見る。そして、ナナミエルは、アナウンサーから冠を受け取ると、まっすぐと俺達二人のところへやってきた。
「お二人、とても素晴らしいプレゼンテーションでした。新しい知見を得れた事、また納得感もある素晴らしい内容でした。また、模造紙に主張を書くというのも、わかりやすかったです」
先程の不機嫌さは嘘のように無くなり、心の底から賛辞しているように聞こえる。天使のお面の下は見えないが、彼女は演劇関係者なのだろうかと思わせる切り替えの速さだ。
ここまでは正直、隣のグループの惨状を見てから、予想していた。問題はここからだ。
どっちが、勝つか。
俺はナナミエルの顔をじっと見つめた。
「その二人の中でも、特に小瀬川さん。今回は一歩前に踏み出る事ができましたね。貴方が最優秀です」
ナナミエルはそう言って、小瀬川に冠を差し出した。
「あ、ありがとうございます、うう、嬉しいです」
「さあ、頭を」
いばらの冠を頭に乗せられた小瀬川。嬉しさのあまりか、耳が赤く染まったのが見える。良かった。俺じゃない。
貰ってしまえば、死にに来たのに死に難くなってしまう。
「持田さんも、素晴らしい采配だったわ。次は最優秀を狙ってほしいものね」
「はい、ありがとうございます」
ナナミエルの言葉には、言外に俺が今回小瀬川に花を持たせたのをわかってるというのが滲み出ている。最優秀なんか、この先も狙うことはないけれども。
心のなかでそう言いながら、席へと戻っていくナナミエルの背中をじっと見つめていた。
「それでは、次は子羊の中で最下位候補の発表を致します。では、アジマエル様、お願い致します」
アナウンサーは、すぐに次へと進行していく。アジマエルは、立ち上がると俺たちではなく、堂園たちを見下ろした。その顔はとても厳しいものだ。
「言うまでもない、最下位候補は、水戸部と堂園の二人だな」
呼ばれた二人は、反論することもなく前に出てきた。堂園は、じっとアジマエルを見ている。
「いい大人が目的を見失うとは、恥を知りなさい。小島さんにもいい迷惑だ」
「本当にそうですわ」
「だから、ドロップアウトするのもよく分かる」
アジマエルの厳しい言葉に、ナナミエルとツガワエルと呼ばれた男が続く。特にツガワエルの言葉はなんとも強烈過ぎて、俺の心まで抉れた。
「特に、堂園。水戸部の言葉に怒るのは良いが、胸ぐらを掴むのは関心せん。手を出したら負けだ」
名指しで特にと言われた堂園は、ぎろりとアジマエルを睨み、ニヤァッと笑った。
「そうね、軽率だった。
堂園の低く這うような
「ねえ、水戸部、どう? アンタが思う
「……そうですか」
水戸部は、目を逸らし、その視界に堂園を入れないようにしていた。本当に一体何があったのか、俺には全く予想がつかなかった。
そんな二人のやり取りを終わらせたのは、勿論アジマエルだ。
「最下位は、堂園。天国への階段へと進むがよい」
最下位はある種予想通りであり、堂園も覚悟していたのか、暴れだす雰囲気は無かった。
「十万円なんて、安い飾りボトルにもならないじゃない。てか、殴ったのは水戸部のが先なんだけど? 私の鼻のシリコンと、鼻先の軟膏ズレたのに」
「のぼりなさい、話は天国で聞こう」
「死人に口無し、って言葉知ってる? 天国なんて行ったら話せないじゃない。私がいなくなったら、つまらなくなるよ、この番組」
「いいから、上りなさい。スタッフ連れて行け」
アジマエルに冷静に食いつく堂園。けれど、屈強な女スタッフたちが来たのを見て、自ら天国への階段を上り始めた。そして、天国への階段先にある扉の前に立ち、俺達の方を見た。
「マジ、つまんない、ただ重いだけの地味なメンツが残ったね。エンタメ番組とは思えないんだけど!」
そう言って、大声で叫んだと思ったら、その扉先へと入っていった。あれだけ目立っていた彼女にしては、呆気なさすぎる終わりだった。
その後、エンディングを撮った後、俺と小瀬川は相手チームのプレゼンテーションの準備と発表を控室で見た。無編集で少し見づらいが、状況はわかる。
わかった上で感想を述べるならば、まさに見てられないほどに酷いものだった。
控室で話す三人、水戸部がパソコンでなにかソフトを開いていた。決して、和やかな雰囲気ではなかった。小島も酷く困惑した面持ちである。
《まともな子供? なに、あんたの人生に足りないのはまともな子供なの?》
堂園の声がよく響く。
《ええ、もし、まともな子供だったら、うちの悪い子……あの悪魔にはならなかっただろうなと》
《へぇ、じゃあ、私はまともな両親にしようかなぁ。親がもし、仕事ばっかで、門限ギチギチで、スマートフォン勝手に見て、口出してきて、習い事無理やりさせるような親じゃなかったら、私はもっと生きてたかも〜ってね》
《お金を稼がなきゃ、子は育てられない。それにただ親御さんは君を心配してるだけだろう。それなのに、結果はホストに、ハマるのは可哀想な気もするけど》
《は? お前なんて、命で償うとか言って、息子と向き合わず、死んで逃げようとしてんじゃん》
《君も死んで、シャンパン入れようとしてるけどさ、ただ、ホストくんに騙されてるだけでしょ》
ガタンッ
堂園が水戸部の胸ぐらを掴んだ。
《何? 担当にシャンパンタワー入れたほうが私らしい葬儀でしょ。アンタと違って、逃げるばっかで面白くねぇおじさんとは違うんだよ!!》
叫ぶ堂園はガンガンと水戸部を物理的に揺さぶり始めた。水戸部は余りのことで最初は言われっ放しだったが、途中で気を取り戻して、堂園を引き離そうとしたのだ。
そこで、悲劇が起きた。
水戸部の手が堂園に当たり、その堂園の後ろにあった小島のディスプレイに突っ込んだ。配線が外れるディスプレイ、真っ暗になる画面、倒れてく支柱。
しかも、何がやばいかというと、堂園はディスプレイに突っ込んだのにも関わらず、すぐ水戸部にしがみついた。そして、その頬を爪で思いっきり引っ掻いたのだ。そこからは、取っ組み合いが始まり、スタッフたちが水戸部から堂園を引き剥がすハメになっていた。
勿論、こんな状態では、プレゼンテーションできない。
《申し訳ありません、間に合いませんでした》
壊れてるせいか真っ暗なディスプレイ、鼻血を流す堂園、頭を下げる傷だらけの水戸部の映像が、最後の締めくくりだった。
見たあと、暫し沈黙する俺達。
なんと言えばいいか、悩んでしまう内容だ。
もう帰る時間だし、ここで終わりでもと、俺は小瀬川を見る。
すると、小瀬川は俺の視線に気づいたのか、見上げてきた。
「失礼かもしれないんですけど、持田さんって、家族との良い記憶ってありますか?」
そして、口から吐かれた質問に俺の頬が引き攣った。
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