第20話 二人
撮影が終わり、俺の元にやってきたのは田中だった。今回は台車に乗って、目隠しのみの状態で移動らしい。
そして、今俺はアイマスクを着けて、台車に乗って移動していた。通り過ぎていく、人の話し声と、ガタガタと揺れる振動。
来た時は、不安と緊張があったが、今はどちらかと言うともっと複雑な気持ちが入り混じっていた。
ピンポンッ
エレベーターの音が聞こえた。扉が開く音が聞こえ、台車が溝を乗り越え、その中に入っていく。
ガタンッ
扉が閉まる。
「いやぁ、今日すごかったですね、持田さんキレッキレでしたよ」
「そ、そうですかね?」
エレベータに乗った途端、以前の説明会の時とは違い、田中は楽しそうに話し掛けてきた。 人が一人死んだ後だとは到底思えないような、軽い口ぶりだ。
「そうですよ! もうこれは、今日も高いご飯いっちゃいます?」
「あ、いや……かけ蕎麦でお願いします」
「わかめとたぬき、もですよね?」
「いや、出来ればなめこおろしで……」
テンションが高い田中の誘いに、思わず胃がきりりと痛くなる。中華料理を吐き戻してから、そこそこ時間経っていたが、回復はしていない。
「あー体調悪い感じですか? じゃあ、蕎麦にしておきますか! 俺、何にしようか、でも別でピザもいいなあ」
機嫌の良い田中にどんどん俺の体力が吸われていく気がした。それにしてもあんな撮影の後、よくご飯を食べようと思えるなと。
だって、もしルール通りならば、鈴木はあの後死んだはずだ。知っている人が一人死ぬ。たとえ、少しの時間しか関わってないといえど、持田の心にはずっしりとのっかる。
天国の階段を引き摺られるように登っていった彼は、最後まで俺に対して呪詛をぶつけていた。
本来ならば、俺が死ぬはずだったのに。
なんとも、無様に翻弄された状態で文字通り生き抜いてしまった。俺を罵る彼だったが、腹が立つというものはなく、ただただ疑問だけが浮かぶ。
「なんで、鈴木さんは、お兄さんとして参加したんですかね? てか、参加する前に確認しなかったんですかね?」
気になった俺は、唐突に田中に質問する。カレーかピザかと悩みをブツブツ話していた田中は、一瞬止まるがすぐに応えてくれた。
「理由はわかんないですけど、まあ一卵性の双子で分からなかったんでしょうね。あの人、オーディション組ですし、そこまで細かく身分証チェックしてないと思うんですよ」
「オーディション組?」
「ほら、この番組、スタッフ手分けして、『この人良さそう』っていう人にオーディション募集したじゃないですか〜そっから来た人たちですよ。持田さんもオーディション組ですね」
聞き慣れない単語に思わず反応すると、機嫌よくうかつな田中は丁寧に説明してくれる。
たしかに一卵性双生児内で身分を偽られたら、証明は難しいだろう。
けれど、何故そんな事をしてでも彼はこの番組に参加したかったのだろうか。
お金が欲しいからというのはわかるが、彼の履歴書のどこまで信用できるかがわからない。
彼は一万円で死んでいったが、相当悔いのある死だろう。
本当なら、
エレベータはピンポンとチャイムが鳴って止また。扉が開く音共に、ガタガタと台車が動き出す。ひんやりとした空気感と、漂うガソリンの匂いに俺は今駐車場に到着したことがわかった。
数日後。
あの畳の撮影部屋ではなく、ホテルに缶詰にされていた俺。いつも通り車に乗って、テレビ局に来ていた。
そして、前回同様、迷える子羊用の待機場所に連れてこられた。中を見るとしっかりと整備されており、ディスプレイも飾られていた。中には飾りなのか大きな雲の置物もある
「あ、小瀬川さん、お疲れ様です」
「え、あ、も、持田さん、こんにちはです」
既にそこには小瀬川がぼーっと宙を眺め待っていた。挨拶すると、こちらに気づいたのか少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、戸惑いながら頭を下げた。
「あ、髪、染めたんですか?」
斑にあった白髪が綺麗な黒色に染められて、疲れ切った顔も少しメイクで整えられている。やはり、くたびれた印象はあるが、 自分と同じくらいには見える程度にはなった。
「はい……この前の撮影頑張ったのでと、スタッフさんがヘアメイクさんって方に頼んでやってくれたんです」
「ああ、そうなんですね」
「人生で初めて、メイクしてもらって、髪も染めたんです。こんな綺麗な髪をした自分初めて見ました」
小瀬川は自分の毛先を軽く摘み、幸せそうな顔で見つめていた。この前の待機時は堂園がいたからか、萎縮しているようにしか見えなかったが、こんな表情もできるのかと驚いた。
「似合っていると思います」
「あ、ありがとうございます。見た目、褒められると嬉しいものなのですね」
少し照れたように笑う彼女。どこか居心地悪そうにしているが、褒められ慣れていないのだろう。少し打ち解けた俺たちは、他愛もないこと会話する。あの中では、境遇が似ているせいなのか、小瀬川がいい人だからかとても話しやすかった。
「それにしても、誰も来ないですね」
「確かに、この前はこんな遅かったですか」
「いえ、そんなことはなかったかなあと」
小瀬川からの指摘で、まだ誰も来ていないことに気づいた。
確かに、遅すぎる。思わず二人でキョロキョロと辺りを見渡す。そして、撮影スタッフの方を見ると、何故か皆すでに撮影が始まる準備が完了しているように見える。まだ、揃っていないのに、と不思議に思い首を傾げた。
その時だった。
《迷える子羊の皆様、本日はお集まりいただき有難うございます》
急に聞こえたアナウンサーの声。振り向けば用意されたディスプレイにアナウンサーが映っていた。
《今回はグループプレゼンテーションをしてもらいます》
グループプレゼンテーション。もしやと思い、小瀬川を見ると小瀬川もまた俺を見ていた。その顔は真っ青である。
《テーマは、『私たちの人生に足りなかったもの』》
足りないものしかないのに。なんて残酷なテーマなのだろうか。
《グループは同じ部屋のメンバーで実施してもらいます。メンバーで話し合い、何が足りなかったのかを
なんと無慈悲なお題に、無慈悲なルールなのか。俺と小瀬川は呆然と見つめ合う。先ほどのプレゼンテーションで、ここにいない三人の強烈さを目の当たりにしている。
ああ、確実に制作側は俺たちどちらかを堕としに来たのだろう。
俺が死ぬのは別にいい、でも小瀬川をそれに巻き込むのは違うだろう。
《時間は30分、部屋にある大きな雲の中には話し合いに必要なものは用意しています。タイムキーパーは私が行いますので、時間には気をつけてご自由にお使いください》
俺は飛び出すように、雲に寄った。雲を裏返すと、そちら側が棚になっており、色々ものが入っていた。ノートパソコンもある。
でも、プレゼンテーションなんてものを俺は中学生以降やっていない。
そんなやつが、小瀬川の足を引っ張らず30分で何が出来るのか。
《それでは、始めてください》
そんな俺の心配を他所に、グループプレゼンテーションが始まってしまった。
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