第19話 何故


「それでは、迷える子羊の皆様、これより審判を行います」

 アナウンサーの進行、酷く畏まった様子はこちらも自然と背筋が伸びる。

 先程と同じように椅子に座り、目の前にいる三人の審査員である天使エンゼルたちを見る。

 彼らはあの天使のお面を着けたままのため、その中の表情はわからない。

 けれど、無機質な瞳に空けられた穴から俺達を見下ろしていた。


「今回のプレゼンテーションは『人生の履歴書』をテーマに皆様には準備をしていただきました。このプレゼンテーションに対しての出演料は」


 一呼吸。それがより一層緊迫感を増させる。


「一万円です」


 発表された金額は、小学生なら大喜びだ。俺でも貰えたら一ヶ月もう少し良いご飯を食べれる。

 たかが、一万円。されど、一万円。

 他の人にとって、この金額はどう映っているのだろうか。


「それでは、まず、この中で優秀だった子羊を二人発表します。そのうち、最優秀の方はボーナスチャンスが与えられます」

 そう言いながら、アナウンサーはアクセサリートレイのようなものを持ち上げる。


 そこには、金色のいばらの冠が乗せられていた。


 ボーナスチャンス。そのいばらの冠がボーナスチャンスというものではない。


「ボーナスチャンスは、今後このチャンスを持っている限り、最下位候補になっても脱落を回避できます。勿論、使用せず到達した場合はサプライズボーナスとしての使用ができます」

 このあたりは、たしか説明動画で説明していた。

 一度脱落を回避できる、使用をしなければ別のボーナスになる。

 別のボーナスというものについては、細かくは説明されておらず、謎のままサプライズ的なものだろうか。それとも、今教えてくれるのだろうか。


「では、最優秀候補のお二人をプレゼンテーション順に発表します」

 けれど、アナウンサーは詳細な内容に触れる事無く、さらりと流れるように進行していく。もうすぐに、最優秀候補の発表。と言っても、正直俺的には誰が残るかは予想がついている。


「最優秀候補は、水戸部さんと小島さんです」


 だろうな。

 となりから、ギギギッと歯軋りの音がするが、彼女には言いたい。

 正直プレゼンテーションとして毒が強すぎだと。


「発表はナナミエル様から、お願いいたします」「はい。お二人共素晴らしいプレゼンテーションでした。大変考えることが多く、多くの知見を得ることができました。ですので、私達天使も最優秀を選ぶのは難しかったです」

 アナウンサーからナナミエルへと、進行が移り変わる。彼女はまるで用意された台本を読むかのように、二人へと語り掛けた。俺の真横にカメラマンが近づいてくるほどだ。


「けれど、私達はこの場を圧倒した子羊に、最優秀の証である、いばらの冠を与えたいと思います」

 そう言って、ナナミエルは玉座から立ち上がる。一人の天使のコスプレをしたスタッフが、アナウンサーからいばらの冠をトレイごと受け取ると、それをナナミエルに渡すために運ぶ。


 ナナミエルはその美しい傷一つない白い手でそのいばらの冠を手に取った。


 そして、それを小島のディスプレイの前に置く。


「おめでとうございます、小島さん。貴方が今回の最優秀です」

 《ありがとうございます、とても嬉しいです》

 小島の声は落ち着きながらも大変嬉しそう。隣からはまた激しい歯ぎしりが聞こえるが、俺は必死に聞かないようにする。

 隣りにいた水戸部は、少し残念そうな表情を浮かべてはいるが、自分は残れたという安心感が滲み出ていた。


「水戸部さん、今回は最優秀を逃しましたが、とても素晴らしかったです。次回、期待しております」

「ありがとうございます。はい、次は最優秀を目指します」

 ナナミエルの激励に、水戸部はしっかりと応える。その顔には、確実なる闘志の炎が伺えた。ナナミエルは水戸部と握手をした後、ゆっくりと自席へと戻っていく。


「それでは、次は子羊の中で最下位候補の発表を致します。では、アジマエル様、お願い致します」

 アナウンサーはナナミエルが座った後、すぐに次へと進行する。どうやら、最優秀候補と最下位候補のみを発表するようだ。アジマエルもまた席を立ち、ゆっくりと玉座から降りてくる。


「素晴らしいプレゼンテーションもあるならば、やはり今ひとつのものも有るのが世の常だ。無情ではあるが、ここで一人があの天国への階段を昇って貰うのが決まっている」

 アジマエルは自分の手で、彼らの背後にある天国への階段を示す。

 俺はその動きに連なって、その背後を見た。玉座の後ろ、白い階段が扉へと続いている。あれが俺がこの後登っていく階段か。


「では、最下位候補を発表する」

 アジマエルの声がよく響く。誰もが、次の言葉を待っていただろう。どうせ、片方は俺だろうけど、アジマエルを見ると視線が一瞬交わった。


「鈴木くんと、持田くん。君達が最下位候補だ」


 これまた、予想通りだった。鈴木と俺、順当な結果である。小さく「よかった」と安堵の声が、小瀬川から漏れた。


「小瀬川さんと、堂園さんは次回、優秀候補になるよう励んでくれ」

「あ、ありがとうございます」

「はあい、てっぺん目指しまぁす」

 アジマエルからの激励に、小瀬川は声を上ずらせながらお礼を言う。それとは対象的に、少しばかり不貞腐れ気味の堂園。わざとらしい間延びした言葉遣いだ。


「では、最後の審判へと移ろう」

 アジマエルはそんな二人に動揺する様子もなく、その渋い声で場面を展開させる。


 カンッ

 クラッパーボードが鳴った。

「すみません、セットチェンジを少ししま〜す!」

 天使のスタッフの一人がそう叫ぶと、美術さんらしき人たちがセットを展開しはじめる。玉座は無くなり、俺と鈴木はセットの真ん中に立たされ、他の人たちは壁側に沿って立っていた。

 勿論、審査員たちも少し移動し、ササキエルが俺達の前に出てくる。


 暫くして、監督のカウントが始まり、カンッともう一度クラッパーボードが鳴った。


「では、候補者二人に、ササキエル様、審判結果をお伝えしてもらってもいいでしょうか?」

 撮影再開一発目はやはりアナウンサー。真剣な眼差しと声のトーン、プロの仕事だ。


「はい、審判結果だが……まず、この子羊二匹ともやはり他の人を見たら霞んでしまう内容。また、一人はトップバッターとはいえまともな受け答えもできず、もう一人は番組へのやる気という点で不安がある」

 ササキエルの言葉はごもっともである。

 俺はただ、ここに死ににきただけ。お金はただの副産物だ。ササキエルの瞳を強く身れば、見られてることに気づいたのか、ふいっと顔を反らされてしまった。


「俺がプロデューサーならば、二人とも天国への階段へ行ってしまえと思っている」

 そして、際どい発言。どうやら、俺から熱心に見つめられるのは嫌だったようだ。


「でも、一人しか決められない。だから、私達はなんとか一人決めたところだ」


 俺はまっすぐとササキエルを見つめる。


「持田くん、君が最下位だ」

 予想通り。俺は死ねる、心の底から笑みが浮かぶ。さっさと、薬を飲んでしまいたい。

 なんだか、わからない高揚感でいた。身体が楽になっていく気がした。


 けれど。


本来は・・・、な」


 状況は簡単にも翻弄される。どういう事だ、俺は思わず鈴木を見ると、鈴木は顔を青ざめさせていた。それは尋常じゃない青さだ。


 ササキエルは、ずいっと鈴木に近づいた。

「鈴木幸太こうた、いえ、その双子の弟の『加太かぶと』さん」

「ヒッ!」

 鈴木はあまりの恐怖からそこに座り込む。どういうことだ、もしかして、なりすましていたということなのだろうか。


「プレゼンテーションで、テンパって名前を間違えてしまうのは素人のやることだぞ」

 ササキエルはそう言って、座り込んだ加太の肩を叩いた。どういうことだ。そう思った時、俺は思い出した。書類にはたしかに、彼の名前が『鈴木幸太』と記載されてたのだ。でも、彼はプレゼンテーションの時、『鈴木加太』と言っていた。


「すまないが、事情はともあれ、嘘を吐かれるのは困るからな。君が、最下位だ」

 ササキエルの無情。鈴木はササキエルの足に縋り付く。


「そんな! お、俺だって、家族を思って!」

「ルールだからな、話は天国で聞こう」

「やめろ! 納得がいかない! それなら、小島だって!」

「彼女は、嘘を吐いてはいない。スタッフ、迷える子羊を導いてやれ」

「やめろぉ! おれはもっと、稼げるんだ! その、冴えないおっさんにしろよ!」

 暴れる鈴木を天使の服装とお面をしたスタッフ数名が取り押さえ、引き摺るように天国への階段を登っていく。暴れるが、数には勝てず扉の向こうへと吸い込まれていった。


「やめろぉおおお!」

 酷い叫び声を最後に、天国への階段が閉まった。

 扉をした瞬間から、何も声が聞こえなくなる。

 もしかして、もう彼は……。

 俺だと思ったのに、彼のが先に死ぬなんてと、思わず頭を抱えた。


「鈴木さんが、無事に天国へ行けることを私達はお祈りしましょう。それでは、また次回お会いしましょう!」


 アナウンサーの声がよく響く。

 それは、一人が天国へ行ったとは思えないほど、後半に連れて明るい口振り。


 カンッ

 クラッパーボードがよく響く。スタッフたちを見ると、皆開放されたのが嬉しいのか、自然と拍手が木霊した。


 

 

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