第18話 待機
「これより、天使たちによる審判を行います。迷える子羊の皆様は一度、待機室へお願いいたします」
アナウンサーに案内されるまま、待機室に戻ってきた俺たち五人。小島はモニターの関係で、こちらには入ってこれないらしい。シンプルにスタッフ側の準備不足なのがよくわかる。
待機室に戻ると、水のペットボトルが用意されており、皆一本ずつ手に取り、喉の乾きを潤す。
「トイレ行きたい方は案内します。ただ、会話するのは待機室の撮影内でお願いいたします」
全員待機室から一度、スタッフに案内されるようにトイレに向かう。男三人共個室トイレに段々と入り、俺は中に入りすぐ音が出るボタンを押した。
そして、吐き戻した。
やはり、高級中華料理店は、俺の身体にはまだ早かったようだ。
トイレの水に流れていく既に形を失ったり失ってなかったりするものを眺めながら、少しばかり軽くなった身体にほっと安心する。
正直、あの胃が痛くなる空気の中、よく耐えたと本気で思った。
審判が始まり、十中八九俺がここで死ぬだろうと思っている。他の人に比べて誠実性もなければ、主張も何もない。ここで死ぬにはうってつけの人材だ。
最初に亡くなった田川を思い浮かべ、あいつの次は俺だと思う。彼がどうしてあそこまで追い詰められたのか、それは少し知りたかったが。
便座の前で蹲り、胃酸で焼けた喉の痛みが少し落ち着くまでと、少しばかりぼーっと考えてしまった。
とりあえず、他にも済ませて、扉の外に出る。そして、洗面台で手洗いをし、軽く口を濯いだ。
トイレを出ると、スタッフが一人待っており、また待機室へと戻った。
待機室には先程一緒にトイレに行った二人は、すでに戻って椅子に座っていた。
俺は水を飲みながら、他の人たちを伺う。女性陣は堂園だけがトイレに行ったので、小瀬川が小さく丸まって、ペットボトルを持って座っていた。
静かな空間、誰一人話す気配がない。
思えば、始まる前の待機も堂園が回していたから話していたようなものだ。
エンターテインメントを面白くするには、彼女のような人が必要なのかもしれない。ちらりと撮影スタッフを見ると、皆つまんなそうにこちらを見ている。
結局、この沈黙は堂園が帰ってくるまで続いた。
「なに、ここ、辛気臭っ。少しくらい話すことあるでしょ」
目を合わせないようにただ待機する俺たちに、堂園は呆れたように声を上げた。でも、たしかに話したいことは山ほどある。
あんな話したちを聞いて、ないわけがない。
「まあいいや、それにしてもさあ」
堂園は微妙な反応する俺や他の人を一瞥すると、一人でに話し始める。近くのカメラマンがずいっとこちらに寄ってきたのがわかる。
俺たちも、堂園を見る。彼女に視線が全て集まっていた。
「小島って女、アレ絶対嘘ついてるでしょ?」
やはり、この堂園って人はとんでもない。
「なんで、そう思ったんですか?」
すぐさま尋ね返すと、堂園は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。
「だって、さっきの質疑応答、ずっとおかしかったじゃない」
おかしかった?
何がおかしかったのだろうか、病気の彼女が理路整然としつつも、切実に回答していたじゃないか。何がおかしいのかわからない俺の隣りにいた、水戸部が「あっ」と声を上げた。
「たしかに、おかしいかもしれません」
「あーだよね、やっぱそう思うよね」
「でも、それを証明できる証拠はないですけども」
二人で話しを進め始め、周りはなんと事だと首を傾げる。何がおかしいのかが、俺には分からなかった。
「何が、おかしいんですか?」
「あー気づかない? まあ、察し悪そうだもんね」
軽く鼻で笑う堂園に、思わずイラッとする。けれど、ここで声を荒らげたら、彼女の思うつぼだろうとぐっと堪えた。堂園も俺が堪えたのがわかったのか、少しつまらなそうに口を尖らせた後、髪の毛をくるりと指で絡め取った。
「もし、本当に小島が病気だとしたら、普通どういう病気なのか症状の話するでしょ、勝たなきゃいけない場面なのに」
「え?」
「それが一切ない、それに普通、重度の病人があそこまで流暢に、淡々と喋り続けられると思う?」
堂園は首を傾げ、ペットボトルの蓋を開けると、ぐいっと水を飲んだ。
「
それは予想もしなかった内容だった。でも、たしかにそう言われると、小島は神経系の病気の関連でこちらに来れないとは言ってるが、
「でも、本当に嘘かはわからないとは思いますが、何分彼女はリモートでの参加なので、嘘であっても何らおかしくはないかと」
水戸部も、同じ意見なのだろう。ただ、これはあくまでも俺たちの憶測に過ぎない。
「まあ、この番組自体とんでもないんだから、この後どうなってもおかしくはないだろうね」
まるで番組自体を軽蔑するような口振り。でも、たしかに、この番組は前提から他の番組とは違うのだから何が起きても不思議ではない。
「でも、嘘つきには、ペナルティくらいあってもいいわよね」
堂園はちらりと一瞬だけ、カメラの方に目を向ける。俺もつられるようにちらりと盗み見ると、カメラマンや音響が全て堂園へと向けられているのがわかった。
そうか、彼女は衝撃的なことを言って、自分がこの番組に必要だとアピールしたいのだ。
それが審判というものに影響するのかは、俺には分からなかったが。
この堂園の思惑に気づいたのは、勿論俺だけではなかった。
「それにしても、皆さん、本当にそれぞれですね……いやぁ、俺びっくりしちゃったなあ」
急にしゃべり始めたのは、鈴木であった。
「こんなにも、逸材集めてくるなんて、俺が受かったの衝撃的だなあ。うちは、両親とは仲はいいんで……」
「よく、私達の前でそんな話出来るわね」
たぶんだが、トップバッターで詰められただけで終わった彼にとって、今注目を集めねばと思ったのだろう。正直、このステージは俺が死ぬだろうから、皆そう思って次へのアピールをしているのだろう。
でも、話題がしくじった。皆の空気がわかりやすく凍ったのだ。
堂園もわからないが、風俗をやってるのや、今の反応を見るに家族とうまく行ってないのはわかる。他の人はもうそう主張していたし、俺には親というものはいない。
「あんた、本当に営業? 空気全く読めないのに?」
「え、営業だよ。別に空気読めないわけじゃないだろ、お前らが特殊すぎるんだよ」
信じられないと言いたげな堂園に、鈴木は思わず反論する。その反論は更に、俺たちの事を踏みつけているのに彼は気づいてるのだろうか。
「信じらんない。あんただって、私達と同じ参加者として選ばれてんのよ、ここにいる時点で異常なの。わかる? あんたは異常なの、私達と同じね!」
堂園は声を荒らげて、鈴木を徹底的に詰め詰めにする。ズケズケと話す彼女に、俺たちは頷くしかない。
ここにいるだけで、異常者だろう。
この自分の死をお金に帰るというエンターテイメントに、最も最適な面白さを提供する選ばれ
鈴木もそれがわかったのか、反論せず口を噤んだ。
「白熱しているところすみません、審判が終わりましたので、皆様は移動をお願いします」
そんな俺たちに、スタッフは容赦なく声を掛ける。
どうやら、俺が死ぬ時が来たようだ。
やっとだ。やっと、死ねる。
静かに凪いでいく気持ち、俺たちは立ち上がると、スタジオへと移動した。
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