第17話 小島


 《ご紹介に預かりました、小島瑠璃奈こじまるりなです。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。私は、昨日成人を迎えたばかりの二十歳です》


 相変わらず、美しく流暢に紹介していく。

 二十歳、自分よりも遥か年下の彼女に年甲斐もなくドキドキするのは、自分が恋愛経験がないせいだろう。

 こちら側からだと、ディスプレイを覗き込むようにしか小島の姿が見えない。さすがに撮影中に無様な醜態を晒すのは間違ってるだろう。

 前にいる三人の天使たちは、資料を見ながら彼女の話を聞いている。


 《生まれつき、神経系の病気をしており、基本的には病院または施設での暮らしをしております。点滴、新薬や手術等もしておりますが、回復の兆しはほぼない状況で、現状維持ですら難しいと言われてます》

「神経系の……それはまた、大変ですね」

 想像よりも遥かに悪い状態の小島。大変そうだと思ったのは俺だけではなく、同じことを思ったナナミエルの問いかけに小島の声が止まる。

 そして、少しが間が開いた。以前、自分と通話していた時も同じようなラグがあったため、通信的な問題なのだろう。


 《皆様にとっては大変だと言われますが、私としたら生まれた時からこの生活ですので、これが普通の日常です》

 小島の回答は、丁寧かつ衝撃。でも、たしかに生まれつきそういう生活をしているのだから、これが当たり前の日常なのだ。


「ごめんなさい、考えが足りなかったわ」

 《いえ、私も言われ慣れておりますので》

 ナナミエルの謝罪に、優しく回答する小島。オレも心のなかで、考えが足りなかったことを詫びる。更に、ここに来た当初、この会場で会えなかったことを残念に思った自分を恥じた。

 彼女の状態的に会えるわけがないのに、勝手に期待して、会えなかったからと落ち込むのは良くない。


 《続きですが、私の趣味は本を読んだり、ニュースを見たりすることです。見たことも聞いたこともない情報集めるのは大好きですね》

「ほう、最近読んだ本は?」


 《ウェブ小説ですが、ホラーものを少し読ませていただきました。デスゲームものというのですかね。中々、病院では見るのは難しいので》

 アジマエルの質問にもラグがありつつも、しっかりと回答をしている。デスゲームものを、病院で読むというのは、ある種勇気があるとおもう。

「なるほど、特技は?」


 《特技、記憶力です。落語を丸暗記しています。寿限無じゅげむ、披露いたしましょうか?》

「ハハハハ、それはまたいつか」

 どうしてもラグでテンポの悪い質疑応答だが、小島のキャラクターはなかなかに面白いし、インパクトがある。ギリリッと俺の隣から歯を食いしばる音が聞こえる。


 《最後になりますが、私の出演料希望金額は一億円、両親と小3の妹、家族宛でございます》

 今までの中で最高金額の希望額。事前説明が正しいならば、最後に残った人への出演料として与えられる最高額だ。


 《ここまでお聞きくださり、大変嬉しい気持ちです。この機会を与えてくださり、ありがとうございます》

 本当にすらすらと話す小島、病気をしているようには思えないほどしっかりしていた。

 遥かに自分よりも丁寧な挨拶。目の前にいる審査員たちからも好評のようだ。


 《質問ございましたら、何卒よろしくお願いいたします》

 最後まで、凛としてこなしていた小島。そこですぐに手を上げたのはやはりササキエルであった。質問の内容はアレしかないだろう。


「全員に質問している内容だが、小島さんに一億円を払うべき理由を教えてもらえるだろうか?」

 やはり、俺を含む他の人と同じ質問だ。たしかに、キーになる質問であるのは確かだが。

 小島はまた会話が止まる。いつもよりも長い間、この質問が難しいせいで悩んでいるのだと思った。ただ、それから数秒後小島の声が画面から聞こえてきた。


 《質問ありがとうございます。そちらに関しまして、理由として三点ございます》

 三点も、あるのか。またもや予想外の返答に、審査員たちが動きを止めた。


 《まず、一点目、売上的な意味でのお話です。私たちが先人を切って安楽死用配合剤『Stairway to heaven天国への階段』を使用することにより、人々への使用に対する安心感を与え、手を出しやすくする効果があります》

 まさかの『STH』の売上的な話をするとは思わず、小島の意外なアプローチに驚く。まさか使用する薬の売上が、ここで出てくるとは思わなかった。


 《勿論、ここにいる全員が売上には貢献できます。けれど、二十歳の若者が使っているというインパクトは、誰よりも強くセンセーショナルなものだと私は考えております。それと、自由診療である安楽死剤の宣伝効果は強いと思います》

 成人が安楽死を選択というのは、字面だけでもセンセーショナル極まりない事だ。それが実際に起きたなら、日本中が驚愕すると思われる。


 《二点目に、番組的なお話ですが、私のような難病を患っているという話は、視聴者ウケが良いという点です》

 視聴者ウケ、またしてもすごい言葉が出てきた。しかも、当事者でなければ、今の世では確実に叩かれていただろう。


 《実際に同局の中でも一番有名なのは、毎年行うチャリティー番組で、病気や障害の方が頑張るという構図は非常に強力です。感動を与えるのもそうであったり、考えさせること、批判等、大きな話題になります。これは、今この中で私しか成し得ないことです》

 それでも臆することなく、自分の考えをツラツラと話し続ける小島は、自分よりも本当に年下かと不安になってくる。


 小島は言い切った後、一呼吸置き、口を開いた。


 《そして、最後三点目。これが一番大事です》

 念を押すかのように、小島の声もどんどんと低くなっていく。これが一番伝えたいことなのだと、鈍い俺でもわかった。その内容は、どんなものなのだろうか。ただ、嫌な予感だけがそこにあった。


 一秒の静けさ。ここにいる誰もが次の言葉を待った。


 《難病持ちの私が安楽死を選ぶことで》

 ゆっくりと、まるで子供たちを寝かしつけるかのように優しい声。ただ、その言葉の意味は決して優しくはないのだ。


 《生きること、生かされること、それしか出来ない子達に、希望を与えることができます》

 希望と言い切る彼女、審査員たちは既にもう彼女に呑まれ、じっと見つめていた。


 《私達は好きで、病気に、障害になったわけではありません。なのに、人生を賭けて身体と戦い続けているのです。痛くても、苦しくても、ベッドから起き上がれなくても、戦うしかないのです》

 流暢に話す内容は、自分の体がと想像するだけでも恐ろしいもの。それを彼女は戦い続けてきたのだ。


「でも、家族たちは小島くんや、同じ境遇の子たちに生きてほしいのではないのか?」


 小島の息継ぎの時間に、アジマエルの情に訴えたような質問が上手に入り込む。

 数秒沈黙があった後、小島は回答した。


 《ご質問ありがとうございます。たしかに、生きてほしい、その気持ちはわかります。けれど、この問題は家族たちも蝕むのです》

 冷たく、きっぱりと言い切った。


 《介護には治療費も、時間も、膨大になるのです。感謝すら直接伝えることも難しい、それをただ眺めることしかできない人もいます。生きてほしいという願いには、少々代償が重すぎるのです》

 たしかに、小島の言う通りなのだろう。俺も膝の治療費には随分悩まされたことがあるが、小島はその比ではないのだろう。

 熱が籠もった彼女の言葉は深く刺さる。


 《そして、私達の人生は、私達では選べません。だからこそ、私は、自分の死期くらいは、自分で決めてもいいと思うのです。その選択肢がある、それだけでも心の拠り所になると思うのです》

 決意に満ちた言葉に、アジマエルは「なるほど」とだけを言って、机に書類を置いた。


 《この考えを、世界にいる当事者も家族にも伝えたい。必ず最終的には売上にも、話題性にも貢献できると思います。これが、一億円を貰うに値する理由です》

 よく響く小島の意志。誰もが一字一句邪魔をしてはいけないと衣が擦れる音すら立てることが出来ない・・・・ほど、圧倒的なプレゼンテーションだった。

 この沈黙に終止符を打ったのは、アナウンサーであった。


「小島さん、ありがとうございました」

 《こちらこそ、貴重なお時間をありがとうございました》

 少し声が震えているアナウンサーに、小島は常に安定した態度だ。


「これにて、第一回目のプレゼンテーション自体は全員終了致しました」

 緊張の一回目が終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る