第15話 堂園
「それでは、次は堂園さんお願い致します」
ある種今回の中で一番怖い人といえば、この堂園だろう。先程資料を捲った三人の天使たちは、書類を見て手を止めていた。
「どーも。堂園
如何にも怠そうに話す堂園は、その言葉短さの中にとんでもない単語がドドンと出てきた。
デリと泡、現場のおっさんたちがよく風俗の話をしていて、そういうものがあるのは知っている。
ちなみにその差はよくわからない。
何せどちらもそれなりの値段がしてるため、俺には高すぎるから。
「趣味はホスト、特技はそこそこの金集める事」
趣味も特技も、今までとは毛色の違ったものがまた並ぶ。どれもが、俺には全く馴染みのないものである。
「堂園さんは、今流行りのホストにハマっている女性ってことでいいでしょうか?」
「そっ、ホス
アナウンサーの問いかけにも、サラッと答える堂園。七年目という彼女、年齢から何度引いても、確実に未成年の頃から通ってるということになる。ホストってそんな年から行けるのか。知らなかった。
「で、希望額は一千万貰って、さっさと死ぬのこと」
「そ、そうなのですね」
あまりにもスラスラと進めていく堂園に、俺は思わず苦笑いをする。小瀬川と水戸部の重すぎる話の後にしては、別の意味でインパクトがあった。
「なぜ、一千万なのですか?」
ナナミエルが堂園に尋ねる。俺は堂園の方を見ると、彼女は楽しげに笑っていた。
「私をこんなにした、担当に押し付けてやろうと思ってんの」
「担当というのは、ホストクラブで指名してたホストとということですよね?」
「そ、歌舞伎で二番目のグループだけど、そこそこデカい箱でナンバー持ち。一千万プレイヤー
担当とは? と疑問に思った俺の気持ちが伝わったのか、アナウンサーがアシストを入れる。それを受けた堂園もスラスラと答えた。
「でも、堂園さんに一千万円を払う理由は何だ? ただのホス狂いに渡す金は無いのわかるだろ?」
やっと調子を取り戻したのか、ササキエルが鋭く質問するが、彼女は動揺することなく口元を三日月型に歪めた。
「今までの中では、断然エンタメにはなるでしょ。逆に聞くけど、皆さんさぁ、さっきの二人の話、面白かった?」
面白かった?
その質問に俺は思わず硬直する。面白いわけがない。面白がっていいものじゃない話だった。
審査員の天使三人や他の人たちが息を呑むのがわかる。
「これってさぁ、あくまでもテレビ番組じゃん。あんな激重な話二連発、重すぎじゃない? それに比べて、ホストに狂った女が、担当にお金押し付けて、遺影と共にシャンパンタワーやってもらうほうが絵面、めっちゃ面白いでしょ」
面白いかぁ?
頭の中で想像するが、頭ツンツンの男たちが遺影を持って、シャンパンタワーの前にいる構図を頭に浮かべる。どちらかというとシュールな構図だ。
「貴方、流石に不謹慎では? 先程の二人の話は、とても貴重なお話よ。あなたのお話こそ、それに比べたら……死を簡単に取り扱いすぎる、不謹慎すぎるわ」
ナナミエルは、叫びそうになるのを理性で無理やり押さえつけたのか、妙に震えた声だ。
しかし、堂園は余裕そうに足を組みながら笑う。
「不謹慎? どこが? 死をエンタメにするってのが、この番組なんでしょ? なら、
彼女のスラスラと話す姿、ちらりとスタッフたちを横目で見ると、カメラマンが目をギラつかせて堂園を見ていた。
「どんなテレビもニュースも見出しがいるでしょ。勿論、さっきの二人も見出し力はあるけど、お涙頂戴な話なんて下世話な人間は興味ないのよ。人間はね、もっと叩ける、汚いものが好きなんだよどーせ」
小馬鹿にしたように話す彼女は、椅子にふんぞり返る。
「私ならこの番組に面白いものを提供できる。この身一つで出来る金稼ぎは、なんでも、全部やってきたんだ。出稼ぎ先のホテルの上から、飛び降りたこともある。今更、恥も外聞もないの。盛大に叩かれて、死んでやる覚悟なんてキマってんだよ」
スラスラと出てくる話、先程の二人とは違った場の掌握の仕方に俺は戦慄した。
「ヤバいホスト狂いが、担当のために命売って金稼いでる、最高に叩けるでしょ。『命を粗末に扱うな』とか、『明日を生きれない子達もいるのに』とか。動画サイトでめっちゃ伸びそうじゃない?」
もう誰も口を挟めない。一人演説を聞きながら、俺は彼女を見つめることしか出来ない。
でも、たしかに人間というものはそうなのかもしれないと、彼女の話を聞いてると思ってしまう。
「いいも、悪いも、話題性には変わらないの。綺麗でお澄ましな番組なんて、見たところで飽きていくだけ。どこまで、視聴者を煽るか、それがエンタメってものでしょ」
堂園は髪の毛先を指でくるくると巻き、ゆりとそれを解いた。まさに煽っている。
でも、彼女のような劇薬の方が番組的に求めてるのではと思ってしまう。
「なるほど、それも一理あるかもしれないな」
アジマエルはその話を聞き、ゆったりとした様子だ。堂園はアジマエルの方を鋭い目つきで見る。相手の出方を伺ってるのだろう。
「ホスト狂いが、ホストの為に
そもそも俺はフェミニストというものがどういうものか理解していないが、あからさまに主張が過激な人たちはよく見る。
ただ、そうじゃないとしても、ホストというのは、俺から見ても恐ろしい場所のような気がしている。酒と金が飛び交う、ドラマの世界だ。
そう思っていたが、次のアジマエルの言葉でひっくり返りそうになるハメになる。
「でも、聞きたいのだが、一千万ほどなら、堂園さんなら、身体で稼げるのではないか?」
それは、少し言い過ぎてはないか。流石に動揺するだろうと堂園を見れば、彼女は真っ直ぐにアジマエルを見ていた。
「そう、稼げるよ、手段を選ばなきゃ。だって、彼を
稼げるの。まさかの大金を稼げると堂々言い放つ彼女。青伝というものはよくわからないが、一千万プレイヤーにしたというのは凄い。
そこで、一つ疑問が浮かぶ。
「じゃあ、なんでこんな不確定要素のある番組を選ぶんだ? そんな自信満々に言い切るくらい稼げるなら命売る必要はないだろ」
ササキエルのもっともであるが鋭いツッコミに、堂園はアジマエルに向けた殺意のある視線を緩めて、にやりと笑う。
「理由? おっさんのしゃぶって金稼いだのを、ホストに骨の髄までしゃぶられて死んでも、いわば犬死にってやつだっけ。そんなの、他のホス狂いと同じじゃん」
あからさまな言葉に、俺は思わず顔を赤くする。三十五になったとはいえ、どうしても疎いものは疎いのだ。ただ、他のホス狂いというから、彼女の周りにはそういう女性がいるのだろう。
「死ぬなら、担当の脳裏に私を焼き付けて、死んでやる。一生忘れないようにさせてやる。ただ死ぬだけじゃ、ホストの心の中には残らないでも。そんなことができるのが、この番組だと思ったから選んだの」
「まさかのそんな理由……」
ナナミエルが呆れたような言葉を上げる。けれど、彼女はお構いなしだ。
「ここで死んで、私の遺書と遺影、担当に送り付けてやるために来たの。この番組、面白くしてあげる」
堂園は堂々言い放つ。死にに来ているとは思えない様子だった。
「堂園さんのお時間は以上です。ありがとうございました」
あまりの引っ掻き回しに、アナウンサーの声の調子すら変えてしまっている。たしかに、例えるならもうこの場は焼け野原だ。
そして、俺はここで一つ、物凄く最悪なことに気づく。
「それでは、次は持田さん、お願い致します」
この焼け野原の上に立たされるやつは、俺だということを。
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