第14話 父親


「本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。水戸部昌和まさかず、四十九歳です。都内の有名私立大学を卒業し、一部上場企業に就職。営業、企画、開発を経験後、人事部にて部長を務めていました」

 今回、俺は審査員ではなく、水戸部の方を見る。丁寧な言葉で話しはじめる水戸部、でもその表情は緊張が伺えた。

 二人共、理由が胃に来るほどに重い。

 ただ死にたい俺とは、違う。

 では、水戸部はどうなのだろうか。今、聞いている限りはここに来るような人のような気はしない。


「それなりの人生で、それなりの幸せを求めていた人生でした」


 まるで、物語の始まりのよう。

 真っ直ぐと審査員も見つめる優しい目と、静静とゆったりとした声、その言葉から彼が思い描いていただろう未来への諦めを感じさせた。


「次に趣味ですが、サウナが好きですね。ととのう、というのが最近流行りみたいで、都内にもサウナが増えてきたなあと思います。昔ながらのが、好きではあります。けど、最新の綺麗なサウナとかも新しい発見があって、それはそれで好きです」

「おお、サウナいいですね。私もととのうっていうの、面白そうなのですが、心臓が悪いものでなかなか」

 水戸部の言葉にアジマエルが楽しそうに反応する。最近、サウナが心身の健康目的で人気だというのは、機材とかの納入している会社の営業担当が話していた。ただ、その担当とオッサンたちくらいしか話していなかったので、そこまで人気だとは思わなかった。

 俺はちなみに、苦手だ。暑いものが、正直得意ではない。


「心臓が悪い方には、正直おすすめできないですね。負荷はかかりますからね」

 水戸部は少しばかりリラックスした様子で、優しく返す。心臓に悪い行為なのか、それを何故健康目的でするのかと少し疑問に思う。

 普通に考えて、体に悪いだろ。


「そうですか、おや、特技はタイピングですか」

「タイピングの大会で結構いい成績を残していて、唯一特技と言えるものですね」

「ふむふむ、なるほど良い特技です」

 アジマエルと会話するように話す水戸部。やはり、鈴木や小瀬川の思いなにかは感じられない。彼こそ、もしかしたら俺と一緒でただ死にたい人なのかもしれない。


「私からの自己紹介は以上です。ありがとうございます」

 水戸部はすっと頭を下げ、そして、目の前にいる審査員へと目を向ける。

 その視線を辿るように審査員を見れば、三人とも資料を捲り、動きが固まった。


「すばらしく手慣れた紹介でしたね。では、天使エンゼルの皆様、水戸部さんに、質問をお願い致します」

 三人の異変に気づいたのだろう、アナウンサーはすかさず、進行をしていく。


「希望額は一千万円ですか」

 ササキエルが言葉を発した。しかし、それは鈴木の時とは随分と違い、かなりトーンダウンをしており、かなり様子がおかしい。ササキエルならば、必ず食いつくはずだ。


「はい、一千万円ですね」

 水戸部は呼応するようにササキエルの言葉を肯定する。鈴木は詰められたのに、水戸部のことは誰も詰めることもなく、天使たちは互いの顔を見合っている。

 酷く困惑した時間が続く。俺はすぐに資料を捲る、二枚目に書かれていた内容を読み、俺は愕然とした。そして、絶句したまま、水戸部を見る。


「理由を、説明してもよろしいでしょうか?」

 温和に、柔らかく微笑む水戸部。ただ、その声はとても悲しそうに、震えていた。


「私はこのお金を、人への慰謝料と、この息子の存在を世に知らしめ、二度と過ちを犯さないようにしたいのです」

 希望金額の下にある理由欄。少しばかり力の入った筆跡で書かれた一文。

 息子である水戸部正朔しょうさくの犯した罪を一生償わすために使う。

 それは、到底親が子に向けて書くような内容ではなかった。


「息子さんは何をしたんだね」

 アジマエルは、ゆったりとした雰囲気がなくなり、酷く強張った様子で尋ねた。罪を犯したとまで書かれる内容に、何があったのか。水戸部は淡々と語り始めた。


「小学生の頃は、酷いイジメをして、一人の男子を自殺寸前まで追い詰めました」

 俺の喉元が酷く引き攣る。小学生を自殺に追い込むまでのイジメは想像を絶した。

「中学生の頃は、女性の先生を脅迫し、うつ病にして退職させました」

 未成年が成人を追い詰めるなんて。


「高校生の頃は、付き合っていた女子を騙して、未成年売春の斡旋あっせんしていました」

 自分のことを愛している人までも、犯罪に巻き込むなんて。


「大学生になっても、それを続けて、どうやら、男子も女子も関係なく脅迫していました。更には闇賭博場までも。でも、去年末ですかね、遂に逮捕されたのです」

 水戸部は、呼吸を整えるように少しすうっと空気を吸った。


「捕まって、初めて、私は息子の本性を知ったんですよ」


 静まり返った撮影スタジオに、水戸部の声がよく響く。キンッとした肌寒さ。なによりも、先程の二人とは違った重い話。でも、捕まって、初めて知るというのはどういう事なのだろうか


「親の目からは、勉強もできて、お手伝いもして、優しい子だとおもっていたのです。私達の天使だと思っていました。私の妻も、そうだと思っていたんですよ。夫婦で愛情深く育てたつもりでした。でも、それは周囲が、息子によって、黙らされていただけ、仮初めの時間だったのです」

「気づかなかったのですか? 親なのに?」

 ナナミエルは酷く冷たい声で、水戸部に尋ねる。息子の犯罪は多くは弱い子供や女性に向けられたものだ。女性である彼女にとって、何よりも許せないことだったのだろう。水戸部は頭をだらりと垂らした。


「親だからこそ、なのかもしれないです。息子の話す学校での幸せな話を、信じていたんですよ」

 家に帰ったら、その日のことを親に話す。それは、俺にとって憧れの一つであった。ドラマや映画、アニメ、漫画で見るたびに、俺も親とこんな時間を持てたのだろうかと何度も想像したシーン。そこには、あたたかなものや、親子の絆だけがあると思っていた。

 でも、それがただの偽物の幸せだったら。


「だから、息子が捕まったとニュースになった時、我が家に大量のマスコミたちが押し寄せた時、私は夢、酷い悪夢を見ているのではと思ったのです」

 落ち着いて話していた水戸部の目に、遂に涙が浮かんでいた。彼の全てが崩れ落ちた瞬間だったのだろう。


「そして、面会で私が息子を攻めた時に『バレちゃったか』と軽く笑った息子を見て、私は決意しました」


 此の時初めて俺は、吐きそうという気持ちになった。

 高級中華のせいで気持ち悪いのもあるが、そうではない。そんなとんでもないことをしでかした彼にとっては、全て『バレちゃった』程度の事だったのだ。

 あまりの悪さに鳥肌と、吐き気が止まらない。

 俺には持っていない家族も環境もある男が、簡単に蔑ろにしているなんてと震えるしかない。

 俺は余りの吐き気に思わず口を抑える。そして、水戸部は震える唇を開き、力強く宣言した。


「この、悪魔の子むすこは私の手で止める。それが、親としてのケジメだと」


 俺は何故か一筋涙が流れた。自分の心にあった憧れが一つ潰えたからだろうか。涙流しながら前を見据える水戸部から目が離せない。

 でも、無情なことに撮影は必ず進行する。


「水戸部さん、大変貴重なお話、ありがとうございました」

「こちらこそ、お時間いただきありがとうございました」

 アナウンサーは水戸部から次へと進めた。律儀にも周囲に頭を下げる水戸部に、皆ぎこちなく頭を下げる。

 俺は三人の天使たちに目を向ける。彼らは微妙な雰囲気を出しつつも、資料を一枚捲った。


 

 

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