第12話 鈴木


「はじめまして、本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。鈴木加太かぶと、27歳です」

 鈴木の紹介は、先程のけだるげな雰囲気は消え去り、ハキハキとした雰囲気で滑り出した。


「神奈川県相模原市で生まれ、九州の国立大学を卒業後、とあるベンチャーの飲食業で営業をしていました。元々二店舗しかなかったイタリアンチェーンを全国展開まで成長させた実績があります」

 かなり面接にしてはふんわりとした内容に聞こえるけれど、実は番組内で具体的な学校名や会社名を出すのは権利的に難しいと言われたせいだ。

 俺も学校名や会社名を記載したところ、スタッフから記載しないよう注意された。

 たしかに、死を扱う、しかも自死を扱う内容なので、炎上が飛び火したりしたら困るのだろう。権利問題に敏感なのがテレビらしいと思わず思ってしまう。


「趣味は音楽鑑賞です。何でも聞きますが、どちらかというと音楽ライブに行くのが好きです。特技は、歌ですかね。とあるテレビ番組で、最高得点を貰ったことがあります」


 鈴木も同じく訂正されて情報を伏せられたまま話すが、面接慣れしているのかハキハキとよく話すなあと感心してしまう。


 この内容にどんな反応するのか、俺は目の前の三人をじっと見つめる。

 やはり、三者三様。アジマエルと呼ばれた男は鈴木の表情じっと見ている。ナナミエルは書類と鈴木の方を交互に見ている。ササキエルは逆に書類だけを見ていた。


「鈴木さん、なぜこの番組に参加応募したのでしょうか」

 簡単な自己紹介を終えた鈴木に、アナウンサーは間を開けないように言葉を続けた。


「はい、実は私、仕事で失敗してしまいまして、借金をしてしまったのですが、正直私だけでは返せなくて」

「借金ですか? それは何故?」

 鈴木の答えに食らいついたのは、意外にもササキエルだった。


「実は店舗を増やしていたのですが、色々あって潰れてしまいまして、一千万ほど借金ができてしまいました」

「そうですか、ちなみにどういうふうに」

「具体的にはその、特定されてしまうので」

 ぐいぐいと尋ねるササキエルだが、それもさらりと躱す鈴木。他の二人の審査員もそのやり取りを静かに見守っていた。


「まあ、でも、だから希望金額が一千万なのか」

 一千万。俺も配られた手元の資料を捲り、鈴木の二枚目を確認する。なんとも特徴的な字で希望金額が記載されていた。

 なかなか膨大な金額だが、借金がそれならたしかにこの金額になるのだろう。この希望金額、俺は百万と書いたのだが、理由としてはなんとなくそれくらい貰ってもと、ちょっと大げさに書いてしまったのだ。

 正直、さっさと死ねるならそれくらい貰ってもいいだろうと思っただけなのだが。

 そう思っていると、ササキエルが片口を吊り上げた。


「じゃあ、聞きたいが、お前が死んだところでこの一千万円という、金額に見合う人間なのか?」

 パンッ パンッ

 ササキエルが書類の束を手の甲で叩いた。なんと、酷く、鋭い質問に、俺は唾を飲み込んだ。


「見合うとは、どういうことですか?」

「簡単だ。どんな対価にも理由を求めるもんだろう。単にお前が死ぬだけで、一千万もらえると思うのか?」

 ササキエルの言葉は、鈴木から言葉を奪った。沈黙が一秒、二秒、三秒と続いていく。ただ、それはここにいる誰もが刺さる言葉だった。

 自分がただ死ぬだけで、金が貰える。そう思って来たのにも関わらず、まさかそんな事聞かれるなんて。


「私が死んで、借金が帳消しになれば、私の家族が救われます」

 苦々しそうに言う鈴木。正直、家族を引き合いに出すとは思わなかった。

「家族? この弟と、母親か?」

「は、はい」

 ササキエルはスズキの返答を受けて、ハッと鼻で笑った。


「で、それが何の意味がある?」

 幾多の血を吸ったような研がれた言葉やいばが、スズキに振り下ろされた。


「お前も営業ならわかるだろう。家族愛やら友情やら、陳腐な感情論に訴えて意味があるのか。金になるのか?」



「でも、その、お……弟は正直お恥ずかしい話役立たずなので、せめて借金を帳消しにしないと、母親が」

「もう一度言おう、お前の家族を守った事で、出資した我々に何の利益がある。大体、金額は一丁前なのに、理由がスカスカとは。数字に意味をもたせるのが営業の仕事だろう」

「しかし、ですね、この番組でそんなこと」

「新卒から五年、営業やっていてそれしか言えないのか。聞きたいことは唯一つ、お前が死ぬことに一千万の価値があるのかだ」

 ササキエルの恐ろしい猛攻は止まらない。陳腐な感情論と切り捨てられた鈴木はついに口を噤んだ。一方的に責められる二人の構図に、俺はどうすればわからず、二人の顔を交互に見る。勿論、視界の端に映る他の参加者も、あまりの猛攻に驚きを隠せない。


「ササキエルさん、答えられなくて仕方ないですわ。だって、自分の死に価値がある人なんて、この世にほとんどいませんもの」

 そんな二人に優雅で美しく残酷な助け舟を出したのは、ナナミエルであった。


「私だって、この先にある自分の死が犬死になのか、世界を変えるのか、はたまた平凡なのか、それとも唾を吐きかけられるか、予想ができませんもの。それをここにいる迷える子羊がわかるとは思えませんわ」

「たしかにな。もしかしたら、戦争になるかもしれないし、誰かを生かすことになるかもしれないな」

 今まで喋らなかったアジマエルもナナミエルに同調する。おおらかに笑うが話が壮大だ。ササキエルはその二人の言葉に面白くなさそうに顔を歪め、資料を捲った。


「まあ、良いわ、鈴木……加太さん、プレゼンテーションありがとうございます。私達からは以上です」

 ナナミエルは他二人の様子を見た後、鈴木に終了の合図を送る。ちらりと、鈴木を見るとその顔は不完全燃焼というべきものだった。


「ありがとうございます……」

 鈴木は意気消沈といった様子で椅子に座る。真っ青な顔で項垂れる彼は、始まる前こんな猛攻が来るとは思わなかったのだろう。そもそも、自分の死の意味ってなんだ。金額に見合う価値ってなんだ。

 俺の順番はたしか、最後の一つ前。

 俺はそれまでに百万円の価値がある理由を考えなければならないということ。


「鈴木さん、ありがとうございます。それでは、次は小瀬川さん、お願い致します」

 アナウンサーは二番手の小瀬川に促す。横目で小瀬川を見ると、彼女の顔は真っ青になっていた。先程、会話した感じだと、此の中で一番彼女が不利な気がしている。

 痩せ細った身体、血色の悪い顔、白髪まみれで伸び放題の髪、ただでさえ悲壮感の塊のような女性だ。立ち上がるのでさえも、猫背で身体を縮こまらせていた。

 そして、今度は逆側に居る撮影スタッフたちを横目で見る。天使の格好した彼らは今、撮れ高を逃さないようにとぎらぎらとした目で俺たちを見ている。


 あっ。

 撮影しているカメラの奥側に、楽しげに笑う天使あまつかが居た。

 本当にこれが、この番組が求める『エンターテインメント』なのだろうか。

 けれど、今は自分の出番のために、俺は静かに三人の天使エンゼルに目を向けた。


 

 

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