第11話 入場
「皆さん、それでは撮影開始しますので、椅子に座ったままお待ちいただき、奥の壁から出てきた扉の中へと進んでください」
スタッフは簡単にではあるが流れを説明する。今どきのイケメンという風貌の彼に、堂園と小瀬川の視線は釘付けになっていた。
彼の握られた台本を使って示された先にはただの壁だ。扉らしきものは見当たらない。俺はピンマイクを女性スタッフに着けてもらいながら、スタッフの指示を聞いていた。
その注目の的であるスタッフは、説明を終えると水戸部へと向き合った。
「水戸部さん、頑張っていきましょう! 俺、応援しているんで」
「ああ、ありがとうございます、
スタッフはそう言うと俺たちに頭を下げて去っていく。他の参加者たちは、思わずぎょっとした表情で水戸部を見た。
水戸部も俺を含む周りの視線に気づいたのか、困ったように笑った。
「ああ、私の撮影を担当してくれている秋間さんです」
「へえ、あんなイケメンが、このおっさんに。じゃあ、私はなんで……」
その言葉を聞いた堂園の顔が酷く歪んでいく。水戸部の言葉に、一番に反応しそうだと野次馬根性で彼女の顔を見てしまったことを本当に後悔した。
「本番です!」
高らかに響く言葉に、俺の背筋がピンッと張り詰める。
カウントダウンの声の後、クラップボードが鳴り響いた。
俺たちの近くに黒いクレーン車のようなカメラが天井から現れる。
《悩める子羊たちよ、ようこそ、天国への審判『エンゼルプレゼンテーション』へ》
いつかのアナウンサーの声がエコーがかって響いた。俺はゆっくりと天井を見て、キョロキョロと見渡す。これはスタッフである秋間から演出のためにお願いされた事。他のメンバーもそれぞれ、演出に沿った動きをしているだろう。
《それでは、子羊たちよ、扉よりこちらに参られよ》
司会の声とともに、すごい轟音のエフェクト音が響く。すると、先程何もなかった壁が横にスライドしていく。壁の向こう側には、もう一つ壁があり、そこにはなんとも芸術的な扉があった。
その扉を、スタッフの指示通り、鈴木が一番乗りと言わんばかりに、ドアノブに手を掛ける。
扉がゆっくりと開く。扉の向こう、そこにはわざとらしいほどに明るい作り物の空が広がっていた。そして、もちろん片側はテレビ局の撮影スタジオらしく、天使のコスプレをしたスタッフたちが真剣にこちらを見ていた。音声スタッフや、カメラマン、スタイリストらしき女性までも皆安い天使のコスプレをしているのは、シュールな光景である。
「ようこそ、迷える子羊たち。私達、
青空のセットには司会のアナウンサーと、三人の仮面を着けた男が二人と女が一人、白い玉座に座っている。
仮面はあの説明動画に出てきた天使のような愛らしいイラストの顔。その男たちの後ろには天に登るような白い階段が設置されていた。
「皆様、こちらへどうぞ」
アナウンサーに促されるまま、俺たちはその扉の向こうに足を進める。正直少しばかりちゃっちい作りの空が描かれた壁は、繋ぎ目も見えており、なんというか芸人のコントとかはこんな感じだよなと漠然と思わせた。
よく見ると玉座の前には白いローマの柱のような装飾の椅子が5つと、白い枠のディスプレイモニターが置かれていた。
俺たちはその椅子に言われた通り、順々に座っていく。
座る時にどうにかモニターを盗み見ると、そこには美しい茶色の髪が特徴の小島がそこで微笑んでいた。よかった、居た。
俺は心の底から安堵する。勝手に持病で駄目なのではないかと思っていたが、よく考えれば彼女は持病のため俺たちとは違い、簡単には動けない場所にいるとこの前 言っていたのを思い出した。
椅子の順番は、小島のモニターが一番奥で、水戸部、小瀬川、鈴木、堂園、俺。
「小島さんは持病があるため、モニターでの参加になります」
《はい、よろしくお願いします》
小島の美しく儚い声が響く、俺から見ると参加者全員が小島のモニターに顔を向けていた。持病がある参加者がいるとは、俺以外誰も想像していなかったのだろう。ディスプレイのため、ほとんど見れないが
「はい、では早速ではありますが、皆様に今回の
小島に気を取られていた俺たちにアナウンサーが優しく、前を見るように促した。俺たちは自然と目の間に座る人たちに目を向けた。
「君たちが、今回私達に『プレゼンテーション』をしてくれる人たちか」
「そうみたいですわね」
「まあ、出資者である私達が最初を決める権利はあるだろう」
三人だけ、まるで神話の登場人物のような豪華な天使の衣装を着ている。どれも気品が溢れており、威圧感もある。
「私はアジマエル、今回の審査員をする」
一番右側に座る男、恰幅がよく渋い声をしている。それにしても、名乗っている名前はなんとも不思議な語感だ。
「こんにちわ、悩める子羊さん。私はナナミエルよ」
中央の女性は、美しい声でどこか美魔女の雰囲気があった。なによりもスリットの入った美しい足が、非常に艶やかだ。
「ササキエルだ」
そして、最後の男はぶっきらぼうに名前だけを言う。膨らみはち切れんばかりの彼の腹。
俺の知っている数少ない曲に「肥満の天使ラブリーちゃん」というデブオヤジ天使の曲があるのだが、その音楽が頭に流れた。
ドラム缶超えたナイスバディ、腕や足はフーセンみたいで浮かびそう
肉と脂身でできたリッチなボディ、小麦は野菜で血糖値上がりそう
頭にうかんだその曲の歌詞、まさにそんな感じの体型だ。心のなかに流れるポップとメタルが融合した音楽。それは以前同僚と現場見に行く時に車中で流れていた曲だ。
変に力が抜けて、思わず笑いそうになるのを堪えるはめになる。もう転職して今は何をしているかわからない同僚に、こんな形で苦しめられるとは。
「それでは、天使の皆様に今回プレゼンテーションしていただくのは、貴方自身。以前書いてもらった『人生の履歴書』を元に、貴方の人生をプレゼンテーションしてください」
アナウンサーはそんな俺のことに気づいてるかどうか、さっさと台本通り進行していく。そして、スタッフからそれぞれ履歴書が束になった物が配られた。勿論、目の前にいる三人の天使たちにもだ。
『人生の履歴書』、それはいつかの動画に居た天使が俺たちに出した宿題。少し前に書いたやつの一番上には
此の履歴書は一見普通の履歴書と変わらない形をしているが、よくよく見ると職務履歴書に当たる箇所は人生履歴書となっていたり、本来希望年収や希望ポジション等を書く箇所には、希望の出演料という項目になっている。
そうまさに、ここには何故自分がこの『エンゼルプレゼンテーション』に臨んだ理由が全て載っているのだ。
「それでは、まず鈴木さん。自己紹介と略歴をお願いします」
「は、はい」
鈴木は上擦った声を上げて、立ち上がった。トップバッターはどうやら彼のようだ。
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