第10話 初見


「全員ですか?」

 持田が聞き返すと、一番扉から離れて座っているその金髪の女性は鬱陶しそうに首をだらりと傾げる。精巧に作られた顔、聞き返されたことが面倒なのだろう、光のない大きな瞳を細めた。


「そうだって、言ってんじゃん。おっさん。ったく、こんなかで私が一番待たされてんだから。ねえ、小瀬川こせがわさん」

 酷く口の悪い彼女は、意地悪そうに彼女の前に座っていた黒髪の女性に話しかけた。小瀬川と呼ばれた女性はいきなり振られて驚いたのか、大げさなぐらい身体をビクッと震わせた後、小さく縮こまる。


「そ、そうですね」

 まるで怒られた子供のように、弱々しい声で話す彼女。あまりにも卑屈というか、引っ込み思案というか、悲壮感が一番漂っている。

「私なんか悪いことした? その被害者ぶった顔ムカつくんだけど」

「す、すみません」

「はあ、マジこのおばさんも、なんなわけ?」

 随分苛立った彼女は、少し呆れたように天井を見た後、もう一度俺を見た。


「おっさん、名前は?」

「も、持田です」

「そう、私は堂園どうぞの、で、そいつが小瀬川、アレが水戸部で、コレが鈴木」

 堂園と名乗った少女は、周囲に居た他の大人たちをついでと言わんばかりに紹介する。

 水戸部と呼ばれた俺よりも年上のおっさん。そして、鈴木と呼ばれたチャラ男。俺が一人一人目を合わせると、水戸辺は困ったように眉を下げ、鈴木はにっこりと笑って挨拶代わりと言わんばかりに指を動かす。


「本当に、全員なのですか?」

 ここに何故小島がいないのか。どうみても辞退するわけがないはずの彼女。持病持ちと言っていたが、もしかしたら持病が悪化したのでは。

 焦る気持ちから、もう一度小瀬川に尋ね直す。

「しつこいな。そうだって、言ってるでしょ。私がスタッフから聞いたら、ここに来るのは五人って言ってたの」

 しかし、答えは変わらない。もうすでに盤面の駒であろう五人はここに揃っていた。

 友達になれたと思ったのに。酷く落胆する自分がそこに居た。


「はあ、人に質問したくせにあからさまに落ち込むのマジウゼエんだけど」

「いやちょっと、実はこの前の撮影で仲良くなった人がいて……来るかとおもったんだけど」

「え、そんな話す時間ありましたっけ?」

 堂園に弁明する俺に、反応したのは意外にも鈴木であった。


「はい、スタッフが切り忘れていたらしくて、そしたら切り忘れた同士だけが繋がっていた感じで」

「えーそうなんですか! なんかめっちゃ運命じゃないですか! ちなみに美人?」

 鈴木は楽しそうに食いついてくる。そんな様子を堂園は汚物を見るかのような目で見ていた。

 これは鈴木の会話に乗るか、堂園の圧に屈するか。ずっと黙っている水戸部と、小瀬川はこちらを見ることもなく、床をじっと見つめていた。


「ここに居ない人の話をするのはちょっと」

 俺はハハハッと乾いた笑いをしながら、鈴木の言葉を躱した。鈴木は不満そうに「真面目だなあ」と口を尖らせると、途端に俺に興味がなくなったのか、だらりと椅子の背もたれに身体を預けていた。俺も一席空いていた一番入り口の席、水戸部と隣同士になる席に向かい、腰を下ろした。

 少しの間台車で移動していたせいか、ずきずきと違和感がある尻を包むような座り心地のよいオフィスチェア。こんなにも座りやすいのかと、思わず笑みが溢れた。ネットカフェの合皮が削れ割れ劣化していたい座り心地がとても違うせいだろう。

 椅子の感触を楽しんでいると、隣りにいた水戸部から腕をとんとんと叩かれた。俺が振り返ると、人の良さそうなおっさんが少し汗をかきながら、にっこりと不器用な笑顔を浮かべている。


「はじめまして、持田さん。改めてですが、水戸部と申します。短い間だと思いますが、宜しくお願いします」

「あ、ありがとうございます。持田です。宜しくお願いします」

 物腰の柔らかい感じで、不快感がないどころか、今ここにいる中では一番マトモに感じる。

 サラリーマンをやっていても可笑しくななさそうで、中肉中背という言葉がよく似合う。そんな水戸部はこそこそと俺の耳に小さな声で話しかけた。


「持田さんは、辞退しなかったんですね」

 なんだか少し不安そうに言う言葉、俺は驚いたように水戸部さんを見る。辞退していれば、ここにはいない。何を当たり前の事をと思ってしまった。


「ええ、まあ。水戸部さんもですよね」

「はい、正直藁をも掴む気持ちで臨んでいるので」

「俺も同じですから」

 どこか不安そうな水戸部の言葉に堂々と俺は返した。水戸部もここに死にに来ている。先程自殺願望者と蔑まされたが、ここにいるのは皆自殺志願者だ。変な安心感からか、俺の足元が浮きだつ。

 しかし、水戸部はそんな自身がある俺の顔を見て、少しばかり不思議そうな顔をした。


「死ぬの、怖くないんですか?」

「怖くないですよ」

 胸を張って返す俺に、水戸部は目を見開いた。その口は薄く開けられており、小さく動く唇から何を返そうかと悩んでいるのが伺えた。然し、此のやり取りは何も俺たち二人だけで聞いているものではない。


「へえ、おっさん随分大口叩くじゃん。まあ、私も怖くなんかないけどね」

 楽しそうに上から話すのは堂園。人差し指に髪の毛を絡めて、にたりと笑っている。よく見れば、髪を弄る彼女の手首には不自然なテーピングが巻かれていた。

 俺は思わず、唾を飲み込んだ。

 普通なら気づかないだろうが、俺が働いていた土木業界の仕事にはワケアリの人が多く、施工管理をしていた女性が不自然なテーピングを巻いていた事があった。そんな彼女が飲み会で話していたのだが、彼女はその昔リストカットの常習だったそうだ。人に見えないようにと、リストバンドやサポーター、テーピングで隠していると話していたことがあった。多分だが、堂園も彼女と同じなのだろう。


「じゃあ、俺と、同じですね」

 そう返せば、堂園は馬鹿にしたように俺を見る。


「さあ、どうだか。私もここで死ななきゃいけないの。あんたらよりも、私は、誰よりも高い金額手に入れるなきゃなの」

 ここにいた全員に向けて放たれた冷たい言葉。その言葉に、持田以外が過剰に反応する。自分以外の皆の目に、暗闇の中に揺れる青い炎のようなものが見れたのだ。


 高い金額を手に入れる。

 この時、俺は言いようのない居心地の悪さを感じた。コロッケの値段以下扱いを先程されても言い返せなかった俺は、正直少しでもお金が貰えればそれで良いと思っていた。なんなら、次の機会で死のうと思っていたのにだ。

 ここにいる人達は、そうではない。


 自分の命を賭けて、大金を得ようとしているのだ。


 俺と、同じ、なんかじゃない。

 なぜだか身体がヒヤリと冷たく感じた。

 その時だった、天使のコスプレをした撮影スタッフがこちらへやってきた。


「すみません、お待たせしました。皆さん撮影が始まりますので準備お願いします!」

 それは撮影開始の言葉、今の俺には救いにも近い言葉だった。

 ああ、さっさと始めて、さっさと死のう。

 もう引き伸ばされるのはたくさんだ。

 

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