第9話 搬送
翌日。俺はまた、目隠しにヘッドホンを着けられて、車で移動している。
服装はいつもの灰色のジャージ。揺られる車の中、俺は痛む胃と絶えず止まらない吐き気に呻き声をあげる。
(高いものをいきなり食べると、身体が拒絶するのか)
昨日、高い中華を初めて食べた。
プリプリのエビと本格的な香りがするエビチリ。香辛料が
それに、北京ダックというものも初めて食べた。皮を食べることはテレビで知っていたが、本当に皮だけが宅配ボックスに入っていた。その中身の肉はどうなってるのかと、思わず勿体ないと思ってしまう。
皮はたしかにパリパリだったし、ソースがとても美味しかった。
他にも色々と並べられた中華料理を、物珍しさも相まって、考えもせず腹に入れた結果今に至る。
正直本当に気持ち悪い。
胃がギリギリし、吐き戻しそうだ。
車の匂いには、タバコの匂いと変に甘い芳香剤が充満してるしで、本当に最悪としか言いようがない。
うっぷうっぷと込み上げてくるものを、無理やり飲み込んで、どうにか眠ろうと意識を遠くにやる。どこに向かってるのかわからないが、その先に小島さんがいることを信じよう。
それから、少しして車は止まった。がちゃんっと車の扉が開くと同時に、外の空気が車の中に流れてきた。少し冷たくてひんやりとした、ガソリンの香りがする空間。なんとなくだが、地下駐車場に来た時の感覚に似ている気がした。
でも、その冷たい新鮮な空気のお陰で、胃の気持ち悪さが和らいでいく。
「移動、お疲れです。あと少し、移動しないと行けないので、こちらに体育座りとかで座ってもらってもいいですか」
こちらとは、どちらだ。
イヤホンの音が少し弱まり聞こえたのは、田中の言葉。しかし、その内容は視界を奪われ俺にとっては意味がわかなさすぎて、思わずツッコミそうになる。
でも、その前に「では降りてください」とスタッフから誘導され、降りたところで、そのままゆっくりと腰を下ろした。完全に言われるがまま、反論するタイミングを失った。
俺が座ったのを確認したのか、音量が大きくなり、カタンカタンッと骨を伝わって音がした後、座った床が進み始めた。
ビクッと身体は思わず跳ねる。
よく耳をすませば、音楽の向こう側にカラカラカラッと車輪らしき音が聞こえた。
これは、台車か。多分、台車に乗せられて、どこかに連れてかれている。
まさか貨物の気持ちをここで味わえるとは思わなかった。
カタカタカタッ、ガタッ
台車がなにか段差を乗り越えた。ガンッと台車の上で身体が跳ねた後、台車の動きが止まった。
するとイヤホンの音がいきなり消えて、周りの音が途端に聞こえ始める。
カチャッ
なにか無機質なボタンが押され、なにかものが擦れる音が聞こえる。少しあるふわりとした浮遊感。
ピンポーン
チャイムの音が聞こえた。
あ、ここはエレベーターの中だ。そう思っていると、誰かが入ってきた。
「おっ、田中じゃん。まじで
「庄司さん、お疲れです。はい、
「あの人、えげつないからなあ……」
庄司と呼ばれた入ってきた人は、声からして軽薄そうな男で、正直俺的にあまり得意なタイプではない。
「しかし、この番組予算えげつないだろ。一体どこのスポンサーだ? ネット配信だぞ」
ベラベラ喋る庄司に、田中は困ったように愛想笑いをするだけ。それにしても、この番組はネット配信なのか。
「で、このおっさんは出演者なの?」
あからさまに見下したような言い方に、思わず反応しそうになるが、今反応したら音が止まっていることがバレてしまう。
ぐっと俺は我慢する事を選んだ。
「そうっすね」
「まじ? じゃあ、金が欲しい自殺志願者ってことだろ、やべえじゃん」
やべえ、には確実に化け物を見た時のような、嫌な感情がにじみ出ているのがよくわかる。
ただ、彼が言う内容には間違いがない。
「こういう何もないオッサン、いくらなんだろうな、百円でも高い気がするけど、俺的に」
庄司の言葉がぐさりと俺の心を抉る。
そうだ、俺の人生には何もないのは確かだ。
でも、見知らぬお前が何故俺の価値を決める?
百円でも、高いか。
その言葉が酷く酷く刺さり、なんだかアイマスクが重く感じる。
ピンポーン
「あ、ここなので。庄司さんお疲れ様です」
「おう、今度シースーでチャンネーやろう。おつかれ~」
あまりにもベタな業界用語。台車はカタカタとまた動き出す。
状況を考えると、どうやらここはテレビ局の撮影スタジオ的なものがあるところなのだろう。
田中は出会う人出会う人に「お疲れ様です」と挨拶しながら進んでいく。たまに、俺でも知っている有名な芸人に声をかけられたりしつつも、台車は進んでいく。
そして、やっとどこかに着いたのか、台車の動きが完全に止まった。
「あ!」
田中の焦った声が響く。どうやら、音楽が止まっていたことに気付いたのだろう。
「持田さん、聞こえてました?」
「はい、少し……」
「お、教えてくださいよ……」
弱々しい田中の声。たしかに予想外なミスだ。
「すみません、良ければ秘密にしてくれません?」
「いいですよ」
「ありがとうございます。助かります。今度たぬきわかめ蕎麦にコロッケ付けますね」
「え、良いんですか」
思わぬ、嬉しいことが起きた。コロッケ、基本的に蕎麦屋だとトッピング一二〇円。
先程、あの男が言った俺の価値よりも高い値段だ。
「じゃ、外しますね」
アイマスクと、イヤホンが外される。目の間には白い外壁に白い扉が一つ。辺りを見回せば、そこはどこかの撮影スタジオだ。
「中へどうぞ、俺はもう行くんで。がんばってください」
田中はそう言うと撮影側へと向かって去っていく。俺はそれを見送ったあと、言われるがままその扉のドアノブに手を掛けた。
この先、一体何があるのだろうか。もしかしたら、小島さんがいるかもしれない。
脳裏に浮かぶあの優しい笑顔に、俺の胸はどきりどきりと高鳴る。
ガチャッ
扉を開くと、そこには四人のグレージャージを着た男女が居た。
俺より少し上のうだつの上がらないおっさん、地雷系と呼ばれるようなメイクをした汚い金髪を指で遊ぶ女、明るい茶髪のチャラそうな男、白髪交じりの黒髪の幸が薄そうな老け込んだ女性。
そこに、茶髪の美人な女性はいない。扉の中に入らず、その光景を眺めていると、金髪の女がこちらを見た。
「へえ、これで全員ってわけ?」
全員。どういうことだ。
俺はただ呆然とその人達を眺めていた。
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