第8話 彼女
勇気を出して話したが、彼女は少しポカンとした表情でこちらを見た。しばしの静寂。なにかまずかっただろか。自分が話したせいで、なにか不快に思ったのでは。
急に偉そうに話した俺のせいで、嫌な思いをしたのでは。じわりと冷や汗が背中に滲む感覚がする。謝るべきだろうか、言葉を出し倦ねてる俺の口は、意味もなくパクパクと動いてしまう。それを見ていた女性は、少し考えた上で口を開いた。
《もしかして、何か話してますか? 声が聞こえなくて……マイクがミュートじゃないでしょうか?》
マイクがミュート?
言葉の意味が分からないが、先程のビデオマークへと目線を向ける。すると、緑色になったビデオマークの隣にマイクの形をした灰色のマークに斜線が引かれていた。
もしかして。マウスを動かして、そのマークをクリックすると、斜線が消え緑色のマイクのマークへと変わった。
「聞こえますか……?」
恐る恐る言葉を出すと、女性は少しのタイムラグの後、ぱあっと明るく表情に花を咲かせた。
《はい、聞こえます! はじめまして!》
「ああ、はじめまして」
元気の良い返事。顔だけでもなく、愛想もいいなんて。その女性は美しい栗毛のロングヘアを耳にかけた。耳にはよく街中で見る白いコードレスイヤホンが、彼女によく似合っていた。
《あの、私は
小島さん。下の名前の美しい響きに、思わず胸を鳴らしてしまう。まさか、死ぬ間際にこんな出会いがあるなんて。
「持田宗一郎です」
今まで、女性からはろくな扱いをされてこなかったせいで、ついぶっきらぼうな返事をしてしまう。でも、彼女は動揺する様子もなく、また一拍あけて話を続ける。
《持田さん! ありがとうございます。あの、テレビ撮影ってどうなったか知ってますか? まだ時間がかかる感じですかね?》
「いえ、トラブルがあったんで、今日はもうおしまいみたいです」
どうやら彼女側の撮影陣には、辞退による立て直しについての連絡が行ってないのだろう。彼女は、俺の言葉が届いた後に困ったように眉を下げた。
《あ、そうなんですね……》
「そちらのスタッフには、この連絡行ってないんですか?」
少しばかり肩を落とした彼女に、思わず疑問を口に出すと、少し遅れて彼女は首を縦に振った。
《はい……私実は持病持ちで、スタジオ撮影が難しいんです》
「あ……そうなんですね」
知らなかったとは言え、失礼なことを聞いてしまったかもしれない。そんな申し訳なさを感じていると、彼女は気を使ってくれたのか、手を振りながら答えた。
《今はリモート収録ですし、こうやって病院からでも撮影参加できるので! それに、こうやって持田さんとお話しできてますしね》
彼女の優しさに、じんわりと心が温かくなる。
「……はい、そうですね、こうみると元気そうですし」
素直に気持ちを伝えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔はまるで花が咲いたようで、また俺の心臓がドキリと高鳴る。
《はい、元気そうに見えるならよかったです》
「あ、はい」
《それにしても、持田さんはどうしてこの番組に参加したのですか?》
彼女の問い掛けに、俺はハッと思い出す。そう、この人も『エンゼルプレゼンテーション』の参加者なのだ。
「……生きてても意味がないって、ずっと思ってまして。でも、死ぬには後のことを考えてたら、この番組から連絡が来まして」
素直に話すと、彼女は一拍遅れて、ゆっくりと首を傾げる。
《生きてても?》
「あ、はい、家族もいないし、生きる意味なんてなくて。あ、小島さんは?」
もう一度答え聞き返すと、小島さんははっとした顔をした後、困ったように口を開いた。
《持田さんと、同じようなものです。私には家族はいますが、仲はあまり良くなくて。それのせいで、生きる意味が見いだせなくて》
同じ。小島さんの口から放たれた言葉に、どきりとする。家族がいるだけ、俺よりマシだろうと思ったけれど、彼女には病気がある。
《だから、今、持田さんに出会えて、こうして話せて……なんだか、運命感じちゃいました》
「は、はい……」
照れ臭さを隠すために、慌てて頭を下げる。
そんな俺に対し、彼女は数秒あけた後少し上ずった声で話を続けた。
《あの、もしよければですが、死ぬまでの間私の友達になってください》
「えっ、と、と、ともだち!?」
思わず声が大きくなる。
《はい、ダメですか?》
死にに来て、友達ができるとは。しかも、見た目からして彼女は俺より年下だろう。
「こんなおじさんでも、いいんですか?」
《持田さんだからいいんです。私の最期を看取ってほしいなあって》
「看取るですか……?」
《はい、あ、勿論持田さんが先に死ぬなら私が看取りますよ》
少し冗談混じりに笑う彼女に、思わず頬が緩む。笑う話ではないが、こんな美女を看取り看取られできるとは少しでいいだろう。
今までなかった経験、俺はつい胸を踊らせてしまった。
「はい、よろしくお願いします」
気づけば、俺は彼女の申し出を快諾していた。軽く頭を下げた俺に、彼女はにっこりと笑った。そんな時だった。
「あ、持田さん、何してるんですか!?」
声がした方に振り向くと、飲み物を持ってきた田中がそこにいた。彼はつかつかと歩いてくると、パソコンを覗き込む。
「だめですよ、勝手に他の参加者と話しちゃ。って、小島さん! 小島さんもですよ!」
声を張り上げて怒る田中。どうやら、駄目だったらしい。そんな田中に、彼女はすぐにフォローしてくれた。
「すみません、悪いのは私なんです。まだ撮影があるのかと思ってて、質問してた私に持田さんが答えてくれただけなんです! もう、終わるので、すみません、持田さん。失礼します!」
優しい彼女はそう言うと、困ったように頭を下げた。そして、ぶつりと画面が消える。
せっかく仲良くなったのにと、悲しくて肩を落とす。
「持田さん、本当に撮影に影響する勝手なことをしないでください。なんかあったら、スタッフに言ってくださいよ」
怒れる田中に、俺は「すみません」と消え入りそうな声で頭を下げた。そこまで影響するのだろうか、とは思うが火に油を注ぐ趣味はない。
パソコンで開いていた通話用アプリを田中は閉じると、さっさと去っていく。
俺はその様子をぼーっと眺めながら、彼女とはまた会えるだろうかとぼんやりと考えていた。
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