第6話 開始


《本日から、『エンゼルプレゼンテーション』の撮影を開始します。スタッフが通話アプリをパソコンにセットアップしますので、少々お待ちください》

「は、はい」


 朝かどうかもわからない空間の中、遂に待ちに待った時が来た。寝ていた自分を叩き起こした黒電話の受話器を、元の場所に置く。そして、パソコンを起動し、日付を確認した。もう、約五日ほどだろう。

 起きる、適当なご飯を食べ、風呂に入り、パソコンを眺め、寝る。そんな堕落した日々を過ごしていた。

 スタジオに入ってきた若手の天使スタッフこと田中は、俺へ声を掛けた後ノートパソコンに水色の線を繋いだ。


「これはなんです?」

「え、ああ、有線LANです。今回撮影用よ社内ネットワーク繋ぐので」

「へぇ」


 世の中よくわからない事ばかりだ。また、田中はノートパソコンの向こう側にもカメラを設置し始めた。更に暫くして、このスタジオに何人かの人たちが「よろしくお願いいたします」と言いながら入ってきた。カメラマンに照明、音響。目まぐるしく準備が進み、田中がカンペらしきものを持って、俺の目の前にあるカメラの向こうに座った。


「それでは始めます」


 その声とともに、ノートパソコンの通信画面が繋がった。


皆様・・、映ってますでしょうか》


 通信画面の向こう側には、一人の有名な男性アナウンサーが空の背景の中座っている。その服装は、天使のようだが、スタッフの白いワンピースみたいなのではなく、白いスーツに羽が生えていた。


《参加者の皆様、はじめまして。私、『エンゼルプレゼンテーション』の司会を努めますアナウンサーの梨川基次なしかわもとつぐと申します》

 梨川アナウンサー。それは一年前まで朝の情報番組を担当していた人であり、最近はあまり見掛けなかった人だった。


《それでは、皆様・・にはいい天国への階段を歩んでもらいたいため、ルール説明の方を再度させていただきますね》


 始まったルール説明は以前聞いた内容と同じものであり、正直俺はぼーっとそれを聞いていた。それにしても、皆様とアナウンサーは呼んでいるが、画面には他の人の姿は映っていない。

 本当に自分以外も参加してるのかと、不思議に思ってしまう。


《それでは、ルール説明も終わりましたので、一回目のプレゼンテーション・・・・・・・・・を行いましょう。では、画面をご確認ください》

 通話アプリの画面が切り替わりそこには、十四人の人達がずらりと並んでいた。老若男女問わずにだ。勿論、アナウンサーもいる。


《第一回のプレゼンテーションは『説明会』。言わば、ルール説明会がここに当たります。ここでは、唯一辞退が可能。辞退した場合は、ノーマネーですが、自らの意思・・・・・で生きて天国の道から去ることができます。ただ、全員残る場合は、誰か一人、天国の階段を上っていただく方を選ぶ必要があります。質問がある方は挙手をお願いいたします》

 アナウンサーの説明から、どうやら生きて帰るラストチャンスがここなのだろう。そして、全員が残る決意をしたのなら、誰か一人敗退者が出るようだ。

 画面に映った人たちは、皆お互いを探り合っている。


 自分を合わせて男性が七人、女性が五人、性別不詳が二人といったところだ。

 性別不詳に関しては、中性的な少年らしき格好をした子と、ガチムチで濃いメイクをしたドラァグクイーンと呼ばれる人が一人いるからだ。

 男性陣も気の良さそうなおじさんから、中学生くらいで表情の暗いパーカーを着た少年まで揃っていた。

 女性もおばあさんから所謂地雷系女子もいる。


 とにかく、様々な人達が沈黙が続く中で目をキョロキョロとさせ、全員のうかがっていた。


 その中で、中学生に見える少年が手を上げた。


《質問いいですか?》

《はい、田川さん。どうぞ》

 田川と呼ばれた少年は、にやっと笑った。


《逆に、僕が天国への階段を登ることに、立候補できますか?》

 画面に映るすべての人が、息を呑んだのがわかった。俺もまた、まさかの提案に顔を引き攣らせる。


《可能です。ただ、ここで天国への階段を登る場合は、出演料が千円です。それでも、良いですか?》

《良いです。俺、ここに、死にに来たんで》

 アナウンサーは少年に再度問うが、少年はさらりと交わす。口調の余りの軽さに、俺は顔を思わず顰めた。


《では、出演料を残す方はいかがしましょう?》

《祖母に》

《わかりました。では、お祖母様ばあさまへの言葉を》

 この淡々としたやり取りに、俺たちは着いて行けず、ただ眺めるしかなかった。

 少年はアナウンサーから促されて、すうっと空気を吸った後少し溜めて、口を開いた。


《田川ヨミコ。俺はお前の操り人形じゃない。二十五年も耐えたがもう無理だ。国立医学部にそんなに行きたいなら、お前がいけよ。見栄張りクソババア、赤本と共に朽ち果てろ。千円はお前との縁切り代だ》

 少年の怨嗟えんさ。何があったのか、俺たちには分からない。けれど、震え振り絞った言葉に重さを感じた。


《ありがとうございます。それでは、エンゼルさん、安楽死用配合剤『Stairway to heaven天国への階段』、通称『STH』を田川さんに》

 アナウンサーは、淡々と話を進める。エンゼルこと撮影スタッフが、青い液体が入った透明なパックにストローを差したものを渡した。


《田川さんの目の前にあるのが、『STH』です。ストローで、吸って飲んでください。田川さんは『STH』で初めて、天国へ上ることができるのです》

《ふーん、そうなんだ》

 田川はそれを受け取り、まるでジュースを飲むように、躊躇なくストローに口を付けた。そして、一気に飲みきった。そして、すぐに変化は訪れた。


《ゔッ、ゔぅッ……ッ!》

 呻きと共にバタリッと画面の向こうで倒れた田川。まるで映画のシーンのよう。田川に薬を差し出したエンゼルと呼ばれる天使のコスプレをした撮影スタッフが、駆け寄っていく。


《ご臨終です》

《田川さんは、無事に天国への階段を上られたようです。彼の素敵な旅路を祈りましょう。私達は皆様の素敵な天国への旅路を応援しておひます》

 エンゼルの言葉を聞いたアナウンサー、恐ろしく淡々と進められる番組に、俺はどこか怖気づく。人が死んだのに、動揺する雰囲気すらもなかった。唖然と画面を眺めていると、田中がこちらへと歩いてきた。


「持田さん、一話の撮影終わりです。二話目まで撮影開始まで休憩ですよ」

「終わりですか……?」

 あまりにもあっさりと終わりを告げられる。画面の向こうでも、休憩だからか参加者達が少し困惑しながら、一人また一人と席を立っていく。


「はい、しかし、今回全体的に撮れ高無さすぎるんで、心配ですけどね。持田さんも、質問してくださいよ〜今回尺足りないので、別のところで引き伸ばさないといけないの、こっちなんですよ」

 田中は随分失礼なことを言いながら、困ったように頭を掻く。一人死者が出たにしては軽いその言い様に、俺は思わず不快感と驚愕の気持ちが混じって、酷く顔を歪めた。


「ああ、大変だなあ。持田さんのご飯シーンとかしかこっちないのに。もっと撮影時には協力してくださいね。あ、蕎麦頼んでおきますね、たぬきわかめそば、でしたっけ?」

 田中はそれだけ言うと、カメラマンの方へと行ってしまう。


 本当に一人死んだのか、この番組は?

 俺はただただ、そんなことを疑問に思いながら、パソコンの画面をじっと見つめていた。

 

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