第4話 住処
「あの、これは一体?」
和室セットの前で立ち尽くす俺は、思わず振り返り、俺と一緒に来た二人のスタッフを見た。
「持田さんの、これから『エンゼルプレゼンテーション』の最期の時までを過ごす部屋です」
スタッフのうち小太りの若そうな男性はさらりと答え、隣の同い年くらいの男性も一回頷く。
ちゃぶ台に、敷き布団、それにノートPC。和室の奥には
恐る恐るセットの上に上がろうと思い、靴を脱いで上がる。流石にセットとはいえ、脱がずに上がるのはなにか違うと思ったのだ。そして、和室を眺めると至る所に小型カメラが設置されてるのがわかる。勿論車の向こうにもカメラが数台設置されていた。
「ここでの暮らしは、『エンゼルプレゼンテーション』内の有料会員コンテンツで使用しますが、適宜カットするので生き恥を晒してても大丈夫です」
もう一人のスタッフの言葉、生き恥を晒すとはどういう事だろうか。生憎、こんなカメラが無数にあるところで晒す性癖はない。
「いや、晒しませんよ」
「本当に? じゃあノーカットで使っても?」
「ごめんなさい、晒さないようにしますが、カットはお願いいたします」
晒す性癖はないけれど、変なところが使われるのは避けたい。思ったよりも真面目なトーンでの返答だったため、俺は慌てて言葉を撤回した。
二人は俺の前言撤回に対して、「冗談ですよ」と返す。やはりテレビマンというのは、こういうジョークが得意なのだろうか。
二人のうち小太りのスタッフがエンゼルの衣装にあったポケットから、スマートフォンを取り出す。そして、少し操作した後、こちらを見て読み上げ始めた。
「毎日三食ご飯は届けます。今
「わかりました」
確かに撮影本番始まる前に餓死なんて、それこそ損害賠償されかねない。
ここには死ぬために来たはずなのに、生かされるとはおかしい状況だ。
また、大和放送のサブスクリプション動画サービスも使用できるらしいが、このサービスについては正直評判が良くない。なにせ、大和放送のコンテンツの一部しか見れないし、ドラマの最新話もタイムラグがかなりあって更新される。とにかく操作性がかなり悪いと、SNSで騒がれていた。
出来れば別のが良いのにと心では思うが、こんな厚かましい事を言う勇気が俺にはない。
「あ、アレルギーあります?
「特にないです。蕎麦なら、たぬきか、わかめで」
「いいですね、たぬきわかめ蕎麦あるので、それ頼みますね」
「ありがとうございます!」
たぬきわかめ蕎麦。なんと豪華な盛り合わせなのだろうか。そんな贅沢なチョイスをしたことがない。思わず、嬉しさから声が上ずる。
スタッフは少したじろぎつつも、スマートフォンに何かを打ち込んだ。
「基本僕たちは、撮影管理室で見てますので、あ、何かありましたら和室の黒電話からご連絡ください。ちなみに、着替えるなら棚に服もあるので」
スタッフはそう言うとこの空間から車ごと出ていく。俺はただ一人取り残されたので、言われた通り、和室にあった
キレイに畳まれたシンプルなグレーのスウェットの上下がびっしり詰まっている。俺は、その中から上下セットを一つ手にとって、さっさとスーツから着替えた。
びっくりするくらいに着心地の良いスウェット。こんなにも柔らかい服を着た事があっただろうか。
そう思いながら、ふと視線をずらした。
「あっ」
目の前にあるカメラのレンズがキラリと輝く。どうか、着替えシーンはカットしていてくれ。正直、生き恥みたいなものだから。
脱いだスーツを畳み、部屋の隅に見えないように置いておく。もう着ることなんてないだろうが、シワが付きそうなのでハンガーがあれば良かった。
さて、今の時間を確認しよう。その時、一つのことに気づいた。
スマートフォンがない。
俺は思わず、黒電話に飛びついた。
プルルル……
《もしもし、どうしました?》
「す、すみませんっ、俺のスマートフォンが見当たらなくてっ」
すぐに焦るせいで、異様な早口で尋ねる。スマートフォンを何処かで落としたのだろうか。
この現代において、スマートフォンは生命の次に大事なもの。銀行もネットバンキングで、日々スマートフォンで管理している。全財産と言っても過言ではない。冷や汗が流れ、
《ああ、説明忘れていました。スマートフォンはお預かりしています》
絶望住処している自分とは対象的に、電話の向こうのスタッフは淡々と返してくる。しかも、電話口の淡々とした感じから、明らかにスマートフォンを返す気はないのがわかる。
《あと、これ、通信自体は解約されていますよね?》
「は、はい、でもスマートフォンは……」
《え、連絡したい方がいるのですか?》
呆気にとられた俺に、スタッフはなにも動じることなく確認をしてくるので、俺は思わずスマートフォンを返してほしいニュアンスを伝える。
しかし、思わぬカウンターに俺はあぐあぐと言いあぐねる。
いるわけがない。居たら、こんな番組に参加決意なんてしないだろう。
俺が何も返事しないことに、スタッフもまずい気づいたのか、《すみません》と小さく謝った。
《情報漏えいされると困るので、対策しているんです。ノートPCに色々ルールを記載したものとかを用意しているので、確認していただけますか?》
「はい」
《もう少ししたら、蕎麦も届くので。それでは、また》
カチャンッ、ツーツーツー
通話が切れた。この短い電話で随分陰鬱な気持ちになりながら、黒電話の受話器を元に戻す。
そして、言われるがまま、ノートPCの前に起動した。特に問題なくゲストアカウントでログインする。
PCのデスクトップ画面は、美しい青々とした空を登るような階段の絵。階段の横には黒髪の天使が翼を広げていた。
まるで歴史の教科書に載っていそうな美しい絵画。その美しい絵画のど真ん中に、絵を邪魔するようなファイルが一つ置かれている。
『ようこそ_はじめに見てね.mp4』
なんとも酷いファイル名。俺は顔を引きつらせながら、そのファイルをクリックした。
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