第3話 移動
「それでは、持田さん。面接合格者専用のホテルにご移動していただきますので、ご準備を」
右の面接官はそう言うと、よっこらせと立ち上がった。首を傾げていた俺は、慌てて「はい」と返事をしながら、椅子から立ち上がる。
「本日は貴重なお時間をいただきありがとうござました! よろしくお願いします」
付け焼き刃としか言いようがない面接の作法、面接官たちに向かって一礼。頭をあげたあと、右の面接官に連なる形で、面接会場から廊下へと出る。出る時にもう一度面接官達に向かって頭を下げると、真ん中の面接官が優しく声を掛けた。
「よい、天国への階段を」
それは、昔よく聞いていた洋楽のタイトルでは。たしかに、今から俺は死に行くのだから、天国の階段を登るとも言える。
でも、なんとうか変な文脈に、俺は言いようのない違和感を覚えた。でも、もしかしたら、俺が学がないだけなような気がして、ぐっと飲み込んだ。
面接官に連れられ、あのガラス張りの廊下を歩く。先程と変わらない酷く青々とした空。
飛行機に乗ったことのない俺は今、人生で一番空に近いところに居る気がする。窓の外から見える建物たちは、まるでミニチュアの模型のように見えた。
あと少しで、俺はこの空よりも高いところにいけるのだろうか。
いや、もしかしたら地獄行きかもしれない。
でも、この世より辛いところはないだろう。
テレビ局スタッフの仕事をしてるだろう音が聞こえる空間の中、まるでおふざけのような
「あ、撮影開始は、少し後になります。まだ、他の人たちも集めなきゃです。撮影に関しては、ちょっと驚くことも多いかと思いますが、
「は、はい、そうですね」
沈黙が辛かったのだろうか。エンゼルのなんとも言えないジョークに、俺は苦笑いを浮かべながら応える。これは、笑ったほうが良かったのだろうか。
ただでさえ、安い天使のコスプレをしたおっさんと二人きりという状況に、少々困惑しているのに。
「実は持田さんをSNSでスカウトした
「え」
天使という名前はたしかにダイレクトメールに記載されていた。
まさか、この人があのメールの主だったとは。温和そうな男の顔を見ていると彼は気を良くしたのか言葉を続けた。
「いやぁ、いい感じに陰鬱で、『しにたひ』と呟いていて、これはいいぞ! って思ったんですよ。しかも、あの映画見てて、死んでいくキャラが羨ましいなんて、よく発信できるなと」
「馬鹿にしてます?」
「いやいや! もうっ、逸材という意味ですよ。私達が求めていた人物像にピッタリだったんです!」
「そ、そうなのですか」
自分が選ばれた理由が思ったよりも辛辣で、思わずムッと聞き返す。しかし、相手はこんな大手企業で生き抜いてきたテレビマンなのだろう、さらりと返されてしまう。
でも、やはりどこか馬鹿にされている感じは伝わってくる。これがテレビマンなのだろうか。でも、俺はぶつけそこねたムカつきを抑え込み、静かに黙ることしかできなかった。
ピンポーン
地下に着くと、そこは駐車場。無数の車が並ぶ中、俺たちを待つようにして一台の車が止まっていた。その車の運転席と助手席には、また天使のコスプレをした男二人。
「さあ、この車に乗ってください。あ、目隠しとヘッドホンもお願いしますね。
天使に言われるがまま、俺は車に乗り込む。今崎、田中と言うのは中にいる二人を指しており、雑な指示的に天使の部下たちなのだろう。
俺は言われるがまま車に乗ると、案の定目隠しが手渡される。ひと昔もふた昔も前の少女漫画のヒロインのようなキラキラお目々が描かれているアイマスクとヘッドホン。
あまりにもベタなバラエティ番組のお約束。思わず、乾いた笑みが溢れる。
ああ、これが、自分の死がエンターテイメントになるということなのだろうか。
俺はシートベルトを装着した後、ヘッドホンとアイマスクを装着した。ヘッドホンからは、寝てくださいと言わんばかりのリラックス音楽。
「持田さん、この先長いので、さっさと寝っちゃってください。車中は撮影しないので」
「わかりました」
ヘッドホンの音楽が聞こえるくらい大声、一緒に乗っている男のどちらかから声が掛かる。寝れるのは助かるけれど、暗闇の中知らない人に自分を任すというのは中々に恐怖がある。
でも、起きていても到着するまではこの暗闇の中だろう。エンジンの音が少し聞こえ、揺れで車が発射したのがわかる。
どんどん眠くなっていく。仕方ない、眠ろう。俺は腕を組んで、そのまま眠りについた。
何度か、眠り直して、どれくらい経っただろうか。
すでに身体は眠り疲れというのだろうか。それとも慣れていない環境のせいか。乗り物酔いとは違った吐き気と、身体の痛み。
昔の自分なら長距離運転も、車中泊も当たり前だったのに身体はどうやら慣れていないようだ。
まだまだ車は道を走っていて、揺れ的に止まる気配はない。
もう一度、どうにか眠ろう。俺は何度目かの無理やり目をつぶった。
「……さん、もちださん、持田さん、起きてください」
「んっ、あ、は、はい」
身体を揺さぶられ、目を覚ました。気づけば、ヘッドホンは頭から外されていた。
「着いたんですか?」
「はい、着きました。もう目隠し外して大丈夫ですよ」
俺は言われるがまま、アイマスクを外す。
目の前には、暗くて広い空間の中に、まるでコント番組で見るような和室のセットがあった。
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