第2話 面接

 俺は呆気にとられながら、用意された椅子の隣に立つ。

「持田宗一郎です、本日はよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします。どうぞ、お座りください」

「ありがとうございます。失礼します」

 付け焼き刃の面接ルール。俺は真ん中の男に促されるまま椅子に座る。


「持田さん、本日はお越し下さり、ありがとうございます。これより、新番組『エンゼルプレゼンテーション』の参加者を決める、面接を始めさせていただきます」


 男の言葉と共にこの奇妙な面接が始まった。まず、面接官の右側の男が、履歴書を見ながら口を開いた。


「最初に、持田さん。簡単な経歴の説明をお願いいたします」

「はい、持田宗一郎。三十五歳です。中学卒業から、四ヶ月前まで早瀬土建有限会社にて、土工の仕事をしておりました。しかし、工事現場での事故で膝を故障してから、車の運転が出来なくなり、退職しました」

 就職活動のため、職業安定所の面接練習を受けていたため、比較的スルスルと今までの話をする。膝を故障してから、歩くのが限界の足にとって、土建業をするのは難しい。

 右の面接官が言葉を続ける。


「なるほど、ご家族は?」

「……居ません。両親は亡くなり、妹は親戚に引き取られましたが、俺は児童養護施設に」

「そうなのですね」

 両親は俺が三歳の頃、亡くなってしまったと聞いた気がする。詳細な死因等は分からない。でも、生まれたばかりの妹をあやしながら、大人達の醜い押し付け合いを聞いていたのは脳裏に焼き付いていた。

 何せ、自分を児童養護施設に置いてきた親戚とは、あれ以来会っておらず、どうにか探すほどの金を俺は人生で持っていたことはなかったからだ


「妹さんに会いたいとは思いませんか?」

 左の面接官から、鋭い質問が飛んできた。


「いえ、迷惑かけたくないので。今の俺はもう、学もない、金もない、職歴も死んで、持ってる免許も、もうほぼ使えないようなもんなので」

 面接官の質問に、俺は諦めを滲ませた声で答える。昔は会いたかったが、探す金も時間もなく仕事をしてきた。そして、一文もない今、妹に会いに行けたとしても、タカりに来たようなものだろう。生きる希望なんてない世界で、これ以上惨めな生き恥を晒したくない。


「でも、この『エンゼルプレゼンテーション』に思わず応募してしまうほど、困ってるのでしょう?」

 左の面接官の、イヤらしい質問だ。他の面接官達も俺を見据えている。これは重要な質問なのだろう。


「……困ってる。といえば、困っています」

「でしょうね。でなければ、普通の人が『エンゼルプレゼンテーション』というこの番組に参加しようとは思わない」

 左の面接官の言葉に、俺は軽く頷いた。


「『エンゼルプレゼンテーション』。貴方のエンターテイメント・・・・・・・・・として消化する代わりに、その出演料を指名した人へと支払う。普通なら倫理的にアウトな番組だ。それに参加したら死が待っている番組の面接、どんだけ困ってるのだろうかと思うよ」

 饒舌な説明。普通の人なら、ここで怖気づくものだろう。けれど、俺の顔には自然と笑みが溢れていた。面接官たちはそんな俺の表情に気付いたのか、じっと見つめる。そして、真ん中の面接官が問いかけた。


「では、持田さん、貴方が困ってることとは何ですか?」

 何故だか、はっきりとよく聞こえた質問。俺は嬉しくて、にっこり笑って答えた。


「誰にも迷惑かけず、この人生を終わらす・・・・方法がないことでした。この番組を知るまでは」


 そう。これは、俺がこの『エンゼルプレゼンテーション』に応募した最大の理由だった。



 あの時の、ダイレクトメールの内容はこの通りだった。


 ◇


 お忙しいところ失礼します。私は大和放送株式会社にてプロデューサーをしております。

 天使(あまつか)と申します。

 この度、バウフィ@はよしにたひ様に是非当社が企画しております以下の番組参加への面接に来ていただけませんでしょうか。


 番組名:『エンゼルプレゼンテーション』

 この番組について話す前に、少しばかり説明だけさせてください。

 少し前に安楽死合法化されたのは、知ってますでしょうか?

 理由としては、昨今における自殺による経済的損失に、政府が目を背けることができなくなったからです。

 例えば、人身事故による一年間の損害は四十五億超えてしまいます。

 電車だけではありません。ビルからの飛び降り、車での練炭、首吊り、車への飛び出し、オーバードーズ薬の飲み過ぎ

 どれも警察や病院に迷惑を掛けてしまうだけではなく、それを目撃してしまった人の精神的苦痛や、ビルの飛び降りに巻き込まれ亡くなってしまう人もいます。

 また、自殺者も遂行できたらまだしも、中途半端に生存してしまい、死よりも苦痛を感じながら生きることになるでしょう。

 さらには、自殺では保険金は降りません。もし、それ目当てで死んだとしたら、死に損ではないでしょうか。


 そこで、今回私達の番組です。

 私達の番組は、

「貴方達の死をお手伝いし、更には出演料を大事なお方へとお支払いいたします」をコンセプトの番組です。

 勿論、エンターテイメントの一貫のため、番組内ではいくつかの課題をお渡ししますし、ルールもございます。(申し訳ないのですが、詳細は番組始まってから発表させていただきます)

 しかし、参加者として合格した場合は、番組出演中の衣食住と後始末は、私達が責任を持って行います。

 いかがでしょうか。是非、ご検討いただけたらと思います。



 人生で初めて、SNSのダイレクトメールが輝いて見えた瞬間。何度も何度も読んで、読み間違えてないか確認する。でも、何度読んでもそれは、俺が求めてるものだった。

 俺が残したい相手、いや、俺が残しても不自然ではない相手は一人しかいないが、それよりもやっと死ねる方法が見つかったことが嬉しかったのだ。


 真ん中の面接官は、じっと見た後、ニンマリ微笑み口を開く。


「持田さん、貴方には是非、この『エンゼルプレゼンテーション』に参加していただきたい」

「それは……」

「私の一存で、合格です。他のエンゼルもそれでいいですよね?」


 真ん中の面接官は、左右の面接官へと目を配る。左右は俺と真ん中の面接官の顔を交互に見て、そして、仕方なさそうに頷いた。右の面接官は一回咳払いをした後、俺の方を見る。


「では、こちらからの面接は終了です。最後に、なにか質問はございますか?」

 面接お決まりの質問。合格を出された今、用意していた質問は全て消え、純粋に今尋ねたいことだけが残っていた。


「あの、皆さんの、その格好は一体?」


 面接官達は、顔を見合わせた後、左側の面接官が口を開いた。


天使エンゼルだよ。お前たちを無事に天国に導くためのな」

「は、はぁ、なるほど」


 俺はただ、納得すべき内容なのかと、首を傾げた。


 

 

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