エンゼルプレゼンテーション

木曜日御前

第1話 羨望



 小さなモニターに映る中学生が、銃に撃たれ、死んでいく姿が、吐き気がするほど、うらやましい。


 俺こと、持田宗一郎もちだそういちろうは、東京の外れにある漫画喫茶の一室にいた。簡易的な板で仕切られた狭い空間の中、ヘッドホンを着けて、そのモニターの世界を見つめる。

 自分の口に手を当てて、胃から逆流する感情を必死に堪えながら、一瞬のまたたきすら惜しいくらいに魅了されていた。

 自分がまだ中学生の頃、世間を震撼させた映画。中学生たちに、最後の一人になるまで殺し合いさせるという、正に問題作だった。

 実際にテレビに映る内容は、次々と同じ中学生に殺され、爆破され、一人また一人と死んでいく。散っていく中学生達、もし俺がこの画面の向こうにいたら、喜んでこの体を差し出して死んでいただろう。

 なぜ、生きたい彼らは死に、死にたい俺は死ねないのか。


 ああ、羨ましくて、羨ましくて、ねたましい。

 映画のエンドロール、画面を止めて、俺はトイレへと向かう。そして、堪えてた感情を便器に向けてぶちまけた。食べ飽きたカップラーメンと胃酸の据えた臭い。食べるのを止めたら死ねるのか、いや、死んだらこの店に迷惑がかかる。それに身元を特定されて、もし迷惑料とかが……。

 迷惑をかけられない人がいる俺にとって、やはりここで死ぬことはできない。


 しかし、どうするか。

 すでに枯渇しかけているネットバンキングの中身を思い出しながら、自分のスマートフォンでSNSを開く。


 ただの鬱々しい気持ちを呟くだけのアカウント。フォローしてくれる人なんていない。胡散臭さしかない詐欺の釣り針のような女の垢だけだ。


 そんな俺のSNSのダイレクトメールもまた、詐欺師の温床になっている。今日もまた何通か詐欺師からのメールが届いてるのだろう。アイコンに『3』という数字が表示されているのを見て、俺は溜息を吐きながら開く。


 さあさっさと、迷惑行為として通報してブロックして削除しよう。


 そうして、メールのアイコンをタッチして中を見た。一つは、謎の海外風景のアイコンに「私達のチームはすぐに働ける人を募集している」という違和感のある見出し。一つは、女の口と胸元のアイコンからの「これあげちゃう」というハート付きで思わせ振りな見出し。


 そして、もう一つは。


「なんだこれ……」


 見たことあるテレビ局のアイコン、そして、見出しは「お忙しいところ失礼します。私は大和放……」と割愛されている。


 なりすましアカウントのイタズラか?

 俺は最初そう思ったが、その考えはすぐに改めることになる。

 何故なら、送ってきたテレビ局のアイコンには公式証明のゴールド枠がついていたからだ。アカウントのプロフィールを表示したら、フォロー数二百に対して、フォロワーは百万超えている。

 正真正銘、大和放送株式会社の公式アカウント。この日本において、放送業界トップの会社からのダイレクトメールである。


 一体、そんな大企業が俺のようなダメ人間に何の用だ?


 胡散臭さは拭えない。もしかしたら、どこぞのバラエティ番組のどっきりとかか。良くない予想が頭に過るが、好奇心には勝てない。

 俺は震える指で、そのダイレクトメールをクリックした。


 一週間後、浅草にある大和放送株式会社。業平橋と昔呼ばれていた場所にその大きなビルは数年前に建設が完了したものだ。俺は久々に袖を通したスーツに身を包み、そのビルの受付に来ていた。


 受付には、タッチパネル式の画面と電話の受話器がある。俺はダイレクトメールの説明どおり、タッチパネルで一○三番を押し、受話器を取って呼び出した。


 〈はい、大和放送株式会社の総合受付でございます〉

「すみません、本日面接をお願いしております、持田でございます」

 〈はい、持田様ですね。お待ちしておりました。それでは、エントランスのエレベーターで四十五階まで上がっていただきましたら、面接会場でございます。発行されたカードをお持ちになって、お越しくださいませ〉

「はい、ありがとうございます」


 俺はタッチパネルの下から、発行されたカードを受け取り、その隣りにあったネックストラップ付きのカードケースにしまう。

 そして、エレベーターに向かうため、改札機みたいな機会を通っていく。さすが大企業と言わんばかりの初めて見るセキュリティ用の機会だ。カードをタッチして中に進む。エレベーターホールには、すでに十数人の人たちが待っていた。


 それにしても、面接なんて、果たしていつ振りだろうか。失業してからというもの、書類選考は出してみるものの、未だにその次の段階に進むことができない。


 それもそうだ。自分は、中学校卒業で学歴が止まっている。更に今までは土建業をしていたが、自分は膝を怪我をしてしまい、うまく動くこともままならない状況に。結果、そのまま首を切られてしまったのだ。


 数えれば、土建業に入る際に面接と言えるかわからない社長との顔合わせしたのと、家近くのコンビニバイトの面接の二回くらいしか面接はしたことがない。


 ピンポンッ

 エレベーターの到着を知らせるチャイムが鳴り響く。その後英語のアナウンスが流れた後、エレベーターの扉が開いた。


 思ったよりも、沢山の人が降りてくる。その顔ぶれに俺はただ顔を引き攣らせた。テレビ局のスタッフらしき人、スーツをぴしりと着たサラリーマン、草臥れた服装の若者、身なりが高そうなお上品な主婦、ボロボロの服を着た女性、中学生らしき少女、そもそも男か女か不明な人。まるで、人間の縮図が詰まったようだった。


 そんな人たちと入れ替わるようにして、エレベーターに乗り込む。この空間もまた、よく見れば先程と変わらないくらい。


 そんな人たちを連れて、上がっていくエレベーター。俺は降り過ごしのないよう、エレベーターの階数を凝視していた。そして、暫くして次は四十五階に到着するようだった。


 ピンポンパンポンッ

 到着のチャイムが鳴り響く。そして、英語のアナウンスが流れ、扉が開いた。

 どっと皆降りていく、俺は人の波に押されるまま流されるまま、四十五階へ降りていく。


「お待ちしておりましたー! 面接会場はこちらでーす!」


 すると、エレベーターホールには案内係だろう女性が立っていた。その格好は白く清楚で、顔もスタイルも美しい。俺含む全員は女性に案内されるまま、きれいなフロアを歩いていく。大きくガラス張りの世界。


 外は澄んだ青い空が広がっていた。

 前を歩く案内係の美しさと白さも相まって、まるで天国にいるような気分だった。


 廊下を曲がりすぐの扉の前で、案内係の人が足を止めた。

「皆様、こちらの部屋でお待ちください」

 そうして、中に通された部屋。椅子だけが規則正しく並べられており、入った順から詰めて座っていく。


 そこから暫くして、案内係によって前の席から順番に案内され始めた。

 次から次へと待機部屋から出ていく、この人たちも俺と同じ・・・・なのかと思うと、なんとも不思議な気分になる。


 暫くして、俺の案内の番。案内係から促されるまま、面接会場へと案内される。

 そして、コンコンッと扉を叩いた。


「どうぞ」

 中から声が掛かる。


「失礼します」

 俺は扉を開いた。そして、目に入ってきた光景に思わず、ギョッとしてしまった。飛び込んできたのは、面接官らしき三人の中年男性。

 俺から見て、左の面接は険しい顔をしており、気難しそうだ。真ん中は一番偉いのかどっしりとした安定感がある。一番右はメガネを掛けていて、温和そうな人だ。

 すでに四十五十くらいの男三人の格好が、想像を超えていた。白い布でできたワンピースのような服に、ワイヤーで無理くり固定してるだろう黄色い輪っかを頭に上に浮かべ、背中には作り物の白い翼。

 そう、まるで宴会とかでやるような、安っちい天使のコスプレをした面接官たちが目の前にいたのだ。



 

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