R.B.ブッコロー、ぬいぐるみの世界に招かれる

@kuma-kuma-555

ここは、どこだ?

とある日。

 有隣堂に一通の手紙が届いた。子供っぽい手書きで書かれたその内容は「R.B.ブッコローさんをMCの講師としてお招きしたいです。お迎えにいきますので、よろしくお願いします」

 それを読んだ岡崎さんは思いっきり首をひねった。いや、お願いしますって言われても・・・。日付とか場所とか、必要なことが一切かかれていない。そしてなにより依頼人、いや手紙の差出人が「ぬい一同」としか書いてあるだけで、住所も連絡先も分からない。これ、どうしようかと岡崎さんは少しだけ考え、こう結論した。何もできないと。(それでも、他の社員に、手紙が来たことだけは伝えておいた)


 しばらく後、例の手紙の差出人たちが集まっていた。

「まだ手紙のお返事、来ていないよね」

「来てないね」

「でも、便りの無いのは良い便りって言うし、きっとOKってことだよ」

「きっとそうだ!」

「じゃあ、早速ブッコローさんを迎えに行こう」

 自分たちが出した手紙の内容が穴だらけで、相手にされていないとは露も思わず、差出人たちは意気揚々と出かけたのだった。


(・・・ここ、どこだ?)

 目を覚ましたブッコローは、そこが見慣れた自分の部屋でないことに気付いた。実はまだ寝ているのかと思い、壁に頭突きをしてみる。うん、ものすごく痛い。痛む頭をさすりながら改めて周りを見渡す。やっぱり自分の部屋じゃない。

「あ、ブッコローさん、目が覚めたんですね。おはようございます」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは、

(ぬ、ぬいぐるみ?)

 どう見ても、ぬいぐるみ、だよな。クマのぬいぐるみが立って歩いている。そして、喋っている。ありえないでしょ。その思いが顔に出ていたらしい。

「もしかして、『ぬいぐるみが動いて、喋ってる』思ってます?」

 図星をさされ、ドキリとした。

「ご承知のとおり、ここはぬいぐるみの世界なのです。当然、ぬいぐるみは動きますし、喋ります」

 ブッコローさんの世界で、動物が動くのと同じことですと、クマのぬいぐるみが言った。

「それで、起きたばかりのところをすみませんが、一息ついたら早速仕事の話をしたいです」

「・・仕事? 仕事の話って何。そんな話一言も聞いていないんだけど」

 僕としては当然のことを言ったのだが、今度はクマが(もう、面倒なので「~のぬいぐるみ」は省略することにする)首を傾げた。

「え、MCの講師をお願いしましたよね? 講師依頼の手紙、読んでもらってますよね?」

「いや、そんな手紙知らないけど」

「ええっ、それ本当ですか?」

 本当だよ。嘘をつく理由なんてない。そうクマに返事をする。クマは僕の顔をじっと見つめ、ややあって頷いた。

「ブッコローさんの言葉に嘘はないようです。・・てことは、大変だぁ!!」

 クマは、ここでこのまま待っていてくださいと言い残し部屋を出て行った。

 どのくらい待っただろう。さっきのクマと一緒に、イヌとネコがやってきた。

「ブッコローさん、少し話をさせてください」

 いまのこの状況を把握するには、相手から色々聞き出したほうがいい。幸い、言葉は通じるし、友好的・・なのかわ分からないが、話はできそうだ。僕は話し合いに応じることにした。


 話し合いの結果。

「本当にごめんなさい。こちらの早合点で、ブッコローさんにはご迷惑をおかけしました」

「はあ・・・」

 僕が今ここにいるのは、簡潔に言えば、ぬいぐるみ達の突っ走った行動が原因だと判明した。そして、本人の了解なしに、ぬいぐるみ界(というらしい)に引き込むのは、ご法度なんだそうだ。

「すぐには無理ですが、ちゃんと責任をもってブッコローさんを元の世界に送ります」

「そこだけはちゃんとお願いしますよ?」

 万が一帰れなかったら、有隣堂の仕事を放り出すことになる。なにより愛する妻子に会えなくなる。それだけは避けたい。

「もちろんです!」

 クマがポスッと自分の胸を叩く。

「ブッコローさんがここにいる間の世話係として、この子を置いておきます。分からないこととか全部この子に聞いてやってください。じゃあ、ご挨拶しなさい」

 クマの背後から出てきたのは、丸々としたシマエナガだ。

「よ、よろしく、お願い、します」

 やけにビクビクしている。なんだか頼りにならなさそうなので、他の人、じゃないぬいぐるみに変えてもらおうとクマに言おうとした。が、もうクマはいなくなっていた。仕方がない、とりあえずシマエナガに色々聞こうと思ったら、シマエナガのほうが先に口を開いた。

「あ、あの、わ、私のこと食べたりしませんか?」

「は? 食べないよ」

「よ、よかったぁ」

 安堵の表情を浮かべたシマエナガは、さっきまでの態度はどこへやら、生き生きと僕の世話を始めた。用意してもらった食事(僕の好みのものを用意してもらえた)を取りつつ、この世界のことをシマエナガから教えてもらった。

 この世界は、生まれたてのぬいぐるみが、僕がいる人間界に出ていく前に、ぬいぐるみに求められる教養を身に着けるためにあるんだそうだ。ぬいぐるみに求められる教養って一体なんだろうと尋ねたら、

「ぬいぐるみたるもの!」

 シマエナガは宣言するような口調で教えてくれた。

「別れがくるその日まで、常に主の心を癒し、心に寄り添い、話相手になる!」

「そ、そうですか」

 シマエナガの口調に押され、思わず丁寧語で返してしまった。それに気づいたのかいないのか、シマエナガは急に話を変えてきた。

「ブッコローさん、もしよければこの周辺を案内するよ。他のぬいぐるみとも話してもいいし」

「え、いいの? それはぜひ」

 ぬいぐるみと話すって、なんだか面白そうだ。

 シマエナガに連れられ、僕は部屋をでた。あちらこちらで、ぬいぐるみたちが集まっている。なにをしいているか尋ねたら、勉強や訓練の最中なんだそうだ。

「ところで、きみの名前、教えてもらっていい?」

 どのくらいここにいるのか分からないが、お世話になる相手だ。名前くらいは知っておかないと声がかけづらい。

「ないよ」

「へ? どういうこと?」

「名前は、主につけてもらうものって考えなので、ここにいる殆どのぬいぐるみは、名前をもってないの」

 主って、もしかして、ここにいるぬいぐるみを将来手にする人のこと?

「そうだよ」

 ああ、やっぱり。それなら、仮の呼び名を付けていいかと聞いたら、あっさりと拒絶された。最初の名前は、絶対に最初の主につけてもらいたいのとまで言われては、僕が引くしかない。仕方なく、シマエナガさんと呼ぶことにした。シマエナガさんの案内を聞きながら、あちこち見まわしていると、目のまえを何かが通り過ぎた。今のは、えーと。

「今のはマグロさんとホホジロザメさんで、多分泳ぐ練習してる」

 泳ぐ練習? いやここ、空中で水中じゃないぜ?

「ぬいぐるみだから、水分はタブーだよ。もし濡れちゃったら大きさによっては永遠に乾かない」

 それに空中で泳ぐの、そんなに変かなとシマエナガさんが言う。変だよと返事をしそうになり、その言葉を飲み込む。いや、多分僕の世界では非常識だけど、この世界では常識なんだろう。だから、「変じゃない」と返事をする。シマエナガさんが嬉しそうに笑った。

さらに歩いていると、どうみても生物じゃないぬいぐるみが目に入った。彼ら?は何のぬいぐるみなんだろう。

「ああ、セッケッキュウさんと、ガンサイボウさんだよ」

セッケッキュウとガンサイボウ・・・。セッケッキュウ、ガンサイボウ・・・。脳内で必死に漢字に変換する。ああ! 赤血球と癌細胞か。そうか、って、ええっ! 需要あるの?

「そう思うでしょ? 意外と人気があるらしいよ」

「あるんだ・・・」

 赤血球も、ぬいぐるみ訓練を受けるんだ。受けたとして、その、意思疎通できるの?

「うん、できるよ」

 当たり前でしょという表情のシマエナガさんに返す言葉がでない。さっきと同じで僕の世界の常識は、この世界の非常識。赤血球は生物じゃないけど、生物の中にある。だから意思疎通が可能なんだと思うことにしよう。ああきっと、僕はいま遠い目をしているんだろうなあと視線を横にずらす。その先に、さらに驚くぬいぐるみたちがいた。生物の一部ですならい、ぬいぐるみが。

「シ、シマエナガさん。あそこにいるぬいぐるみは、もしかしなくても、ええと、文房具なんだけど」

「うん、ぬいぐるみになると可愛いねって最近人気なんだって」

 うぐぐ、もう常識・非常識の範囲を超えてきた。そういうものなんだと受け止めるしかない。すでに脳が容量オーバーだけども。

「ブッコローさん、さっきから見ているだけで、他のぬいぐるみと話していないけどいいの?」

 うん、最初はそのつもりだったけど、やめておくよ。今の僕じゃ、話をしても会話が成立しないような気がしてきた。

「「え、僕らは話したいけど。駄目?」」

 後ろから急に声をかけられ振り向くと、そこにはイルカと、たしかシャチ。

「僕のこと、分かるんだ!」

 いきなり潰れるんじゃないかと思うくらいの力で抱きしめられた。ぐ、苦しい。イルカが慌てて僕とシャチを引き離してくれた。「シャチ」といっただけで、どうしてあんなに喜んだんだろう。首をひねっていると、シマエナガさんがそっと耳打ちしてくれた。イルカやクジラほどの知名度がないことを気にしていると。その後、シャチに「聞いてくだいよ、ブッコローさん」としばらく愚痴を聞かされた僕は、疲れ切ってしまった。もう部屋に戻ることにしよう。


 それから数日後。ようやく僕はもとの世界に帰れることになった。帰る前にシマエナガさんに、ここに来てからずっと気になっていたことを聞いてみた。どうして僕をMCの講師に招こうと思ったのかと。そうしたら、シマエナガさんが衝撃的なことを口にした。

「ブッコローさんのぬいぐるみが来ていたことがあって」

 そういえば、僕のぬいぐるみを作っていたっけ。彼らもここに来ていたんだ。

「そしたら、僕らのオリジナルもぬいぐるみなんだよって、動画ってのを見せてもらって。それを見ててね、ブッコローさんのお話がとっても上手だから、教えてもらおうって話になって」

 え、ええ、僕がぬいぐるみ? 違うって、僕はぬいぐるみじゃない。いやまあ、見た目はぬいぐるみっぽいけどさ。断じてぬいぐるみではない。

「あ、そうだ。ブッコローさんに渡すものが。はいこれ。好きな時にこの世界に来られる通行証。首に掛けておくね」

 いや僕の話を聞いて!

「じゃあ、バイバイ、ブッコローさん」

 いやだから、僕の話を! そう叫ぼうとしたところで、叩きつけられたような衝撃が僕を襲った。痛い、痛すぎる。何をするのさと文句を言おうと周りを見回すと、見慣れた自分の部屋で。

「夢、だった?」

 無意識に首元に手をやると、何かが首からぶら下がっていた。手に取ると子供のような字で「ぬいぐるみ界 つうこうしょう」と書いてある。夢じゃなかったのか。


 ぬいぐるみ界から戻って以降、始めて有隣堂に仕事に行った時、僕は貰った通行書を皆に見せた。そこでようやく有隣堂の人たちも、棚上げにしていた手紙が、どこから来たのかが分かったらしい。ぬいぐるみの世界か、いいなぁ行ってみたいという皆の声をききつつ、

「近いうちに、まずは手紙の書き方から教えたほうがいいかもな」

 僕はそう思ったのだった。

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