探偵助手ブッコローの憂鬱 ~岡崎探偵事務所物語~

葵 咲九

探偵助手ブッコローの憂鬱 ~岡崎探偵事務所物語~


 僕の名前は、R.B.ブッコロー。

 ミミズクだ。


 今日は、僕が助手(兼マスコット兼ツッコミ役)として働いている岡崎探偵事務所、そこの所長を務める探偵、岡崎弘子の一日を紹介していきたいと思う。


 ちなみの岡崎弘子女史、過去にとあるテレビ番組で開催された『文房具王決定戦』に二度出場し、見事文房具王に――なれなかった。いやなれなかったんかい。

 そんな経験から彼女は『文房具王になりそこねた女』という、大仰な二つ名も持ち合わせているのだった。


 そんな岡崎弘子の探偵としての一日、そして、仕事の流儀をご紹介していきたいと思う。ナレーションはこの僕、話せるミミズクR.B.ブッコローが担当する。

 要するに、こういうことだ。


『敏腕探偵、岡崎弘子の世界ー!』


 あ、これあとで別にギャラもらえますよね?



 ◇ ◆ ◇ ◆



 岡崎探偵事務所の所長、岡崎弘子の朝は早い。

 六時半には起床し、まずは枕元のローテーブルに置いている眼鏡をかける。そうして視界をクリアーにし、意識を目覚めさせていく。


 ちなみにこの眼鏡は、十万円近くした大変高価なものだ。サウナ好きの店員さんに選んでもらったものらしい。

 知らんけど。


 朝食などを済ませて出かける準備を終えたら、書斎に入る。

 机の引き出しを開け、その日の気分にあったガラスペンを一本選ぶ。晴れた青空が広がる日には青いペン、日差しが強い日には太陽のようなオレンジのペン、といった具合だ。


 弘子にとってはガラスペンを選ぶこの瞬間が、朝の中で一番好きな時間と言えた。

 美しいガラスペンを眺めていると、なんとも幸福な気分になれる。一通り眺めて楽しんだら、上着の内ポケットに忍ばせて、家を出る。今日は緑の持ち手が美しい逸品をチョイスした。


 岡崎探偵事務所は、桜木町に居を構える。


 事務所に着いて上着をツリーハンガーにかけたら、すぐに戦闘服とも言える紺色のエプロンを身に着ける。彼女曰く、今どきの探偵は汚れ仕事が多いため、このエプロンが抜群に使い勝手がいいらしい。

 迷い猫を追って、田んぼに入ったことなどもあるそうだ。

 大変だね、探偵業……知らんけど。


 次に、所長机の上に鎮座したパソコンの電源を立ち上げ、仕事の依頼が入っているかをチェックする。その後、コーヒーを淹れるためのお湯を沸かしはじめる。


 お湯が沸くまでの間、事務所の助手でありマスコットでもある、喋る天才ミミズクの探偵助手R.B.ブッコローの餌を準備する。

 ここでようやく、僕の登場である。


「ブッコロー、ご飯の時間だよ」


 目の前に差し出されたのは、小皿に乗ったドライ漬物、たくあん。

 広○さんごめんなさい、僕ね、他のがいいんだわ!


「これ俺ヤダ!」

「え、せっかく内野さんからいただいたのに」

「あの人ついに商品送り付けてくるようになったの!?」


 さすが、書店の一画を食品物産展にした女だぜ。


「あ、もしかして桜カレーの方がよかった?」

「あっちもヤだよ! てかなんでそんなのばっかり常備してるの!?」

「干物とレトルトだから日持ちするんだよ」

「もっともな理由だけどさぁ!?」


 いつものように朝から無駄な軽口を交わしつつ、今日の予定を確認する。

 僕は小脇に挟んでいた緑色のスケジュール帳を開き、今日の予定を読み上げていく。

 一日のスケジュールを周知徹底、確認するのも探偵助手の仕事の一つなのだ。


「十一時から、佐藤貴広さんとアポイントがありますね」

「どんな用件ですか?」

「近隣書店の雑誌ディスプレイについて調査してほしいみたいですね」

「また同じ依頼ですかねー」


 岡崎弘子はため息混じりに頭を掻く。

 岡崎探偵事務所のお得意様である書店員の佐藤貴広という男は、無類のプロレス好きで、通称『書店をプロレスで私物化した男』とも呼ばれている。

 いやどんな二つ名だよ。


 彼はいつも、我々に『他書店さんがどのくらいプロレス雑誌を仕入れているのか調査してほしい』と依頼してくるのだが……こっちとしてはもう、色んな書店に行ってプロレス雑誌の数ばかり数える仕事は飽き飽きだった。


「よし、この仕事キャンセルで」

「そうしましょう」


 ザキさんの許可も得て、僕は手元のスケジュール帳の『書店をプロレスで私物化した男からの依頼』と書かれたところに二重線を引く。

 彼、三軍のピッチャーがしゃしゃってる感があるんだよなぁ。

 さて、別件別件。


「午後からは探偵事務所のPRってことで、取材のアポが入ってますね」

「どこの取材ですか?」

「フリーライターの渡邊郁さんからの取材申し込みですね」


 次の件は、フリーライター渡邊郁からのもの。

 彼女はフリーライターとして、神奈川県を中心に様々な職種の人間を取材し記事にし、神奈川県民に色んな形で情報発信をしている。

 その情報発信能力、人脈と情報を仕入れる能力を活かして、色々と裏で牛耳っているという噂だ。

 しかも仕事柄、あらゆる方面に顔が利くらしく、僕個人としては彼女には上手く取り入っておきたいところであった。


「ここはしっかり媚び売っておきましょう」

「了解です」


 このご時世というわけでもないが、探偵事務所は大して稼げない。

 そのため、こういった形でしっかり広告を打っていかなければならないのだ。

 郁さんに協力してもらって、TS○TAYAさんにもポスター貼ろう!


「他には?」

「今日はそんなところですかね。現場の仕事はないです」

「じゃあクラフトパンチで切り絵手紙作ってていい?」

「いや仕事しろや」


 探偵が急にクラフトパンチで遊んでていいわけ無ェだろ。

 と、そこで。


 チリリリン。

 チリリリン。

 事務所に据え置きの黒電話が鳴る。

 電話対応は助手である僕の仕事だ。


「はい、岡崎探偵事務所です」

『食いねえ食いねえ寿司食いねえ』


 ガチャリ。

 僕はすかさず電話を切った。

 ぜってぇ関わっちゃいけねぇ。


「どなたでしたか?」

「えーっと、よくわかりません」


 チリリリン。

 チリリリン。

 またも黒電話が鳴る。

 ちなみにこの黒電話も所長の趣味である。

 本じゃないから文房具である。


「はい、岡崎探偵事務所です」

『雅代姐さんとブッコローの、ワクワクぅ、大実け――』


 ガチャリ。

 僕はすかさず電話を切った。

 何度でも言う。

 ぜってぇ関わっちゃいけねぇ。


「誰からの電話?」

「んー、間違い電話だと思います」


 僕の冷や汗も意に介さず、岡崎弘子はマイペースを崩さない。

 こう見えても、岡崎弘子は敏腕探偵として事件現場でも引っ張りダコの探偵だ。

 過去には、神奈川県各地を股にかけ、様々な事件を解決してきた経歴を持っている。


「ザキさん、ちょっと広報の練習用に過去の事件とかを思い出して語ってもらってもいいですか?」


 僕は撮れ高のため、ザキさんに話を振る。

 取材される前に、きっちり練習しておかないとね。


「んー、覚えているのは……」


 ザキさんは顎に手を当てながら、中空へ視線を漂わせる。

 高価な眼鏡がきらりと光る。


「書店の一画が食品物産展にされてしまう事件とかかな」

「いやそれたくあん送ってきた人が犯人だろ」


 なんであんなに食品の水分飛ばしちゃうんだろうね?


「あとは、棚の一ヵ所全てをプロレス雑誌で埋め尽くされるという恐ろしい事件もあったなぁ」

「佐藤だろどう考えても! 絶対ゴングとプロレス面陳めんちんしたんだろ!?」


 どうせ並べ終わったあとに『壮観ですねぇ』とか満足そうに言ってたんだろうよ。

 だからプロレスから遠いところに飛ばされちゃうんだよ!


「あとは、古文で書かれたダイイングメッセージの謎を解いたりとか……あ、それは私じゃなかったか」

「解いたヤツ分かるよ! ハイトーンボイス清少納言だろ!?」


 今頃絶対良い先生やってるんだろうなぁ。

 感慨深いなぁ。


「あとは……書店売場で浪曲を歌い出す人を止めたりとか」

「それさっき電話かけてきたヤツだろ!?」


 編集長が寄席演芸専門誌を十冊持ってきてくれたタイミングで、めっちゃテンション上がっちゃったのかな……。


「あのぉ……もうちょっと疲れたんで、昼飯食いに行きません?」

「そうだねー」


 時計を見れば、もう時間は昼食の時間となっていた。

 こんなボケとツッコミのやり取りだけで午前中を無駄にしてしまった……。


 近くにある行き着けの、長谷部さんのいる定食屋で癒されなければ。


 しかしまぁ、平和な今のご時世では、探偵事務所の日常は、こんな感じである。


「あ、ちょっと待ってて。一回鼻かませて……ってぶぎゃあぁ!?」

「ザキさんそれティッシュじゃなくてキムワイプっ!?」


 みんな、キムワイプで鼻はかまないでね?

 血塗れになっちゃうよ?


「はぁ……もうここまでで疲れたわ……」



 ◇ ◆ ◇ ◆



 こうして、事件にも捜査にも特に赴くことなく、岡崎探偵事務所の一日は過ぎていくのだった。

 いつだって僕は、ツッコミ疲れで終電で帰宅させられる。


 ……いい加減、ギャラ上げてくれません?


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