それでも世界は変わらない

西影

だってそうだろ?

 これはある夏の深夜。俺が友人Aと、ある廃病院に行った時の話だ。これまで心霊と名の付く場所へ行ったことのない俺だが、不思議と緊張すらしていなかった。


 おそらく事前情報のおかげだろう。A曰く、今向かっている廃病院は安心安全らしい。心霊スポットに相応しくない謳い文句だが、調べてみると事実のようだ。最後には参加者全員生還し、夏の楽しい思い出になったというコメントが多く寄せられていた。


 噂通りだと廃病院には怪人が徘徊しているようで、そいつが襲ってくるようだ。その勢いや恐怖は凄まじく、例え死ぬことはないと分かっていても反射的に逃げてしまうらしい。その怪人の容姿については男や女、長身だったりメタボ体型と食い違う意見が多い中、フードを被っているという共通点だけあった。


 その時点で作り話確定だと思うが、Aに聞いたところ、よくあることらしい。同じ心霊スポットでも女の霊を見たという人もいれば、赤子の霊が見えたり、うめき声が聞こえたり等々。


 俺がそういうものかと納得した頃に車は廃病院前に到着した。流石は心霊スポットといったところか。暑苦しい空気が纏わっているのに鳥肌が立つ。薄気味悪く、これで幽霊が出ない方が逆におかしい。


 ただ、ここに出てくるのは怪人である。俺の予想だと勝手に住み着いてる不審者が正体だ。それはそれで幽霊より怖いが、今のところ被害者はいないので大丈夫だと信じる。


 懐中電灯を片手に中へ。多くの長椅子が並べられた受付を通って階段を上がる。掲示板によれば怪人は二階か三階に出没するらしい。効率がいいからと二手に分かれて捜索が始まった。安心安全なんて前評価がなかったら絶対にしなかっただろう。


 じゃんけんで勝った俺は二階の通路を歩いていく。ここはどうやら患者の入院フロアのようだ。手術室や霊安室がなくて安心する。とはいっても深夜の病院というだけで怖いが。


 一応、入院スペースにも入って捜索してみる。廃病院なのに未だベッドなど様々な物が残っていて気味が悪い。一階の長椅子だってそうだ。設置物は回収して再利用などしないのだろうか。


 まるで『回収できなかった』と語っているようで嫌な想像をしてしまう。演出なのか、ところどころリノリウムの白い床が赤黒くなっていて頭が痛くなった。


 本物かどうか考えてしまう自分が腹立たしい。すぐに立ち去りたくて作業のように手短に探索する。


 しかし、折り返し地点に差し掛かったあたりでそれは起こった。


「あぁぁぁぁぁぁ!!!」


 どこからか絶叫が聞こえて、肩を震わせる。男性の声。それに合わせて天井から足音がドカドカと響いてくる。どうやらAが走り回っているらしい。


 もしかして怪人が……。


 Aが心配になり走って階段へ向かう。三階まで駆け上がり、通路へ光を向けた。人影は見当たらない。気付けば足音も聞こえなくなっていた。様子を見に行こうと頭で考え、しかし体がそれを拒否する。


 恐怖で足が動かなかった。ただじっとAが戻ってくるのを待ち続ける。


 それから何分経っただろうか。光が一つの人影を映し出した。こちらへ走ってくる姿は普段から見慣れた姿だった。俺に気付いたAが声を張り上げる。


「早く逃げるぞ」

「お、おう」


 Aに従い階段を駆け下りる。来た道を戻り、俺たちは車へ乗り込んだ。


「はぁ……死ぬかと思った」

「もしかして怪人に会ったのか?」

「あぁ。ガチでヤバかった。噂通りのやつだったよ」


 Aは笑いながら車を運転し始める。心霊スポットの場数を踏んでいるだけあって冷静だ。俺なんて自分のところに怪人が来なくてよかったと安心してるのに。


 そのまま俺たちは無事に帰れた。安心安全の煽り文句は健在だったようだ。しかし家に帰ってからここについて調べてみると、新たな『考察』が書かれていた。


『その廃病院ではスワンプマンの研究が行われていたらしい。そいつは対象を補足すると容姿や性格など、何もかもをコピーしてから襲い掛かってくる怪人だ。もし捕まるとスワンプマンがオリジナルの代わりに生活し、オリジナルは新たな怪人に改造される。もしかしたら帰ってきた人たちは全員『怪人』かもしれません』


 ***


 ふぅ、と最後の怪談が終わって隼人はやとが唯一の明かりだったロウソクの火が吹き消す。数秒間は放置。ムードを十分楽しんだところでオレは部屋の電気を点けた。目の前には四本の消えたロウソクと、テーブルを囲うように座る三人の友人がいる。


 百物語……とはいかず四物語だが、夏休みの暇つぶしとしては十分だ。家とその機会を提供してくれた隼人はやとには感謝しかない。カーテンも開けて日の光を入れると、乾いた喉を潤すために麦茶を飲む。


「にしても最後の話、一昨日オレと隼人はやとが行った心霊スポットの話だろ」

「あ、バレた?」


 対面に座っていた隼人はやとが「俺一から話作るの苦手でさ」と笑う。


「道理で現実味のある話だと思ったわ」

「友人Aっていうのが赤坂あかさかだったんだな」


 両隣の二人も今の話に納得したらしい。実際隼人はやとの話は語り方のせいか、俺たちの話より怖く感じた。


「まぁね~。ちなみに赤坂あかさかは怪人?」

「どうだろうな」


 わざとはぐらかして口角を怪しげに上げる。こういった方が面白い。俺の反応に三人は笑い、それを止めるようにドアの方から物音が聞こえた。突然の物音に体が震え、すぐに視線を飛ばす。


 部屋の外ではない。明らかに部屋の中で生まれた音。しかもその場所って……。


「クローゼットから聞こえたよな?」


 確認を取るように三人に視線を配る。すると三人とも恐る恐る首を縦に振った。


「あぁ。隼人はやとって猫とか買ってたっけ?」

「うちにペットなんていねぇぞ」

「じゃあ何の音だよ」


 その場から動けず、ただじっとクローゼットを見つめる。その間も相変わらず微かな物音が聞こえ、扉が開いた。


「「「え?」」」


 隼人はやと以外のオレたちから間抜けた声が漏れる。だって仕方ないだろ。思わず後ろを振り返り、隼人はやとが床に座っていることを確認する。そして俺は震える指をクローゼットから出てきた奴に向けた。


隼人はやと?」


 高校大学と四年間見てきた俺が見間違えるはずがない。他人の空似でもここまで同じ顔はいないだろう。正真正銘、もう一人の隼人はやとが立っていた。


 スワンプマン。


 脳裏に言葉がよぎる。そういえば百物語で最後のろうそくの火が消えると何かしらの怪異が起きるという噂があった。


 ……いや、まさか。十話毎に霊的な強さが強まるんだろ? 俺たちは四話しかやってないじゃないか。


 けど、実際に起きて……。


「――はは、ははははは!!」


 そこで座っている隼人はやとが急に笑い出した。それに釣られてか、もう一人の隼人はやとが困ったような顔を浮かべる。


「いやぁ悪かった。まさかここまで面白い反応が見れるとは。……ははは」


 声に出して笑う隼人はやとに、テーブルを囲っていた全員が置いてけぼりにされる。唯一、もう一人の隼人はやとは呆れたようにため息をこぼした。


「うちの兄が申し訳ございません。僕は隼人はやとの双子の弟、俊斗しゅんとと言います」


 ***


 あの後は俊斗しゅんとも加わってゲーム大会をし、キリのいいところで解散となった。


 まさか隼人はやとに双子の、しかも一卵性双生児の弟がいたとは。確かに昔、弟がいるんだっていう話を耳にしたことはあったが……完全にやられた。本気で俊斗しゅんとのことをスワンプマンだと疑ってしまったよ。


 未だに二時間前の出来事が忘れられないままバイト先のコンビニへ。諸々の用意を済ませるとレジに立つ。隣にはここでのバイト歴三年でオレと同じ大学の坂本さかもと先輩。年上の魅力を感じる女性でつい意識してしまう。


赤坂あかさかくん、もうバイトは慣れたかな?」

「はい。もう一通りはできるはずです」

「頼りになるねぇ。まだ一カ月目も経ってないのに」

「そういうものなんですかね」


 今日も少し駄弁りながら時間が過ぎるのを待つ。しかし夕方ということもあり、客入りが多くてあまり話せない。バイトだから仕方ないと思いつつも話したい欲を我慢する。


 そんなこんなで今日のバイトも終わって帰宅。家に帰ったら温かいご飯が用意されてるのはいいことだ。今日も親に感謝しつつ平らげ、風呂で体を洗ってから自室のベッドに寝転がる。


 今日も充実した毎日だった。


「にしてもスワンプマン……か」


 思考実験の一つ。もし自分の死後、自分と全く同じ記憶や体を持つ存在が生まれたら、それは別人と言えるのか。そんなものだったと記憶している。


 ただ、深く考えるようなものではない。例え偽物でも周囲の人間が気付かなければそいつが本物だ。同じ記憶、同じ体を持った存在ならば世界は何一つ変わらない。


 だってそうだろ?


 ほら、現に今だって赤坂あいつの代わりに普通の生活ができてるんだから。

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それでも世界は変わらない 西影 @Nishikage

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