有隣堂しか知らない王国に電子の波がやって来た。〜え、電子って悪くないんじゃね?〜

@kotatsudemikan

ゆくりなく心づくと、わたらいあるのみ 

 横浜は伊勢佐木町に本店を構える創業114年目を迎える有隣堂。社名の由来は「徳孤ならず、必ず隣有り」という『論語』から由来する。

 正しい経営理念を持って最大限の努力をしたならば、たとえどのような障害が現れようと、社会は必ず私たちの正しさを認め、絶大な指示がいただけると共に、共鳴する同じ信念を持った同志たちが必ず隣合って集う、これまさに商人の原点といって良いであろう。

 そんな神奈川・東京・千葉に約40店舗を構える大型書店の一角に、数多くの文房具の民を持つ『有隣堂しか知らない世界』がある。


 伊勢佐木町本店の奥深くにひっそりと、一部マニアから軽いアトラクションと呼ばれる二重扉のジャバラ式業務用エレベーターがある。それに乗って地下深く潜った先にその王国はある。

 建物はキムワイプや知育玩具、クラフトパンチで構成され、オカモッチーの丘がそびえ、ガラスペンの木が森となり、夜は蓄光文具が暗闇でほのかに光り、カラフルなインクの湧き水がバイヤーの気分で色を変えながら、巨大な湖を作り出したりしていた。今日はどうやらペリカンのロイヤルブルーが目に優しい癒しの色合いを見せている。いつの日か、はちみつインキ・アカシアになった時は、国王が難癖をつけたため数時間で撤去されたのはここ最近の話。


 さて、そこに住まう民は皆『トリ』と呼ばれ、それぞれの推し文具を胸に、せっせと商いに勤しんでいる。ボールペンで言えば、断然三菱鉛筆ジェットストリーム。その勢力に負けじと、パイロットのアクロボール、ゼブラのブレンなどが肩を並べ、ここ最近はゲルインクボールペン徒党が替え芯と共に領土を広げつつもあれば、フリクションボールペンが透明になれる特性をフルに生かして、摩擦熱を引っ提げて席巻もしている。それはまさに血で血を、インクでインクを洗う仁義なき戦いだろう。

 これが、消しゴムやカッター、セロハンテープにマスキングテープ、ホッチキスや鉛筆、色鉛筆と各種各文具でひしめき合う王国である。

 建国2020年6月30日、初代国王としてその栄冠を勝ち取ったのはリアルブック、知の本を小脇に抱えた異名ゴージャスハピオこと、R.B.ブッコロー王である。

 『トリ』の中でも『ミミズク』という種に君臨し、オレンジ色の腹毛と茶色の羽にピンクや緑、黄色の羽角はどんな情報も聞き漏らさない敏感さ表している。

 さまざまな時間に対応した働きをしたため、左右の目の色が違うままになってしまった過去を持ちながらも、幅広い視野で世の中を見るために左目が少しだけ外側を向いている。おかげで目ヂカラが半端ない。ただ、一部では赤色のボールペンが3倍以上のスピードでなくなっている実体験から、競馬のやりすぎでは?という話も密かに上がっていたりする。

 そんな彼の日課は、一日の業務を確認しながら三代目直記ぺんに乗って城の庭を散歩することである。

「あぁ、今日は撮影してか〜ら〜の生ライブで、撮影はザキさん、生ライブが間仁田さんかぁ…こりゃ帰りに焼き鳥でも食べに行く楽しみがなきゃやってらんねぇなぁ〜」

 ブッコローは三代目直記ペンを器用に操り進行方向を変えると、後ろに控えていた家来であるトリに「仕事終わりの飲み会セッティング、誰かPか郁さんに連絡入れておいて!」

 そう告げると、OKフェザーワルツをまとった一羽のトリが空高くへ飛び立っていった。

「企画がないないって、一人喋りやらされちゃうのも疲れるよなぁ。あぁ、今日も早く帰って、娘ちゃん達を愛でたいなぁ」そう呟きながら空を見上げると、家来のトリが数羽こちらに接近しているのが見える。さっき飛んで行ったOKフェザーワルツではないと、この距離からブッコローは視認できた。玉しき、アトモス、それに特殊警備隊のクラシコトレーシング星くずしまで見える。嫌な予感しか感じなかったので、ブッコローは三代目直記ペンをかなぐり捨てて、三羽とは別の方向に飛び立とうとしたところをキュリアスIR兵に止められた。やはり光沢が段違いなこいつは一味違う、ただなぜメスじゃないんだと下クチバシをギリギリと噛み締めるほどに腹が立った。

「王様っ!由々しき事態が発生しました‼︎」

「呑気に散歩している場合ではございません‼︎」

 玉しき兵とアトモス兵がそれぞれ慌てた様子で羽をバタつかせながらそう告げながら着地をした。あぁ、こいつらめんどくせぇ、という心の声を胸に、ブッコローは二羽の方へ背筋を伸ばして、無言でひれ伏すように指図した。その姿に二羽はギクリと羽を正し、すでに片膝立ちで顔を地面に向けて静かにしていた星くずし兵の後ろへと、玉しきとアトモスはドタドタと跳ねながら付いた。

 二羽が落ち着いたのを確認して、キュリアスIRと星くずしが目配せをすると、星くずしがスクと立ち上がった。

「拝謁ながら王様、電子の国がこの有隣堂本店をおとしめようと企んでおります故、そろそろ戦争のご準備に取り掛かる必要があるかもしれません。」そう告げると、星くずしは一歩下がって軽く会釈をし、また片膝立ちで先ほどいた場所に落ち着いた。

「なんだ、電子書籍のやつらだったら、本の仕入れの全権を握る女である神谷嬢の仕事だろう!」そうブッコローが答えると、星くずしはまた顔をあげ「いいえ、今回は電子書籍ではございません。」

「だったら何だよっ!」

「電子メモ&ノートアプリでございます。」

星くずしはうやうやしくそう告げると、後ろの二羽が「あぁ〜」と声を上げた。

 この国の王になってから、やたらと多くの文具やら便利グッツやらの知識が増えた。もっというとプロレス雑誌や地図帳、時刻表に辞書など、インターネット全盛期の令和の時代に紙の書籍の存在価値がブッコローには理解があまりできていなかった。ボールペンはまあまだいいとして、SDGsを率先して遂行してゆくG20である日本としては、ペパーレスもありなのでは?とぶっちゃけ思う。

 王様という立場に気をよくして、こんな国まで発展したのは、ひとえにチャンネル登録をしてくださる地上の民のお陰なのだが、私は実際ただの辛口コメンテーターにすぎない…アレ?

「ぶっちゃけ僕、何したらいい?」

後ろに控えていたキュリアスIRに助言を求めると、彼は迷うことなく「文房具王になり損ねた女に問いましょう。」

「えええええええええ、頼りになるぅ?」


 ということで、撮影前に以上のことをザキさんこと岡崎弘子に尋ねてみると、驚くことは全くなく彼女は極めて冷静に言った。

「文具博が毎年開催されるくらいなんだからから、そう簡単に文房具は電子に屈したりしない。だって電子じゃガラスペンの良さは出ないもん。インクだって使えないよ。」

なんだろう、質問しておいてムカつく。

 動画内で、ガラスペンとインクをどれだけ宣伝、普及させたところで、購入に踏み込むのは人口の何%なんだろう?今度TS○TA○Aの佐○間さんに会ったら聞いてみようとブッコローは思った。


 翌日、ザキとの会話を部下に伝えると、

「こうなっては私どもで、独自戦争をふっかけましょう!!」

「王国存亡のためだ!」

 と文房具を愛する部下たちは、何度も翼を空高く掲げた。それを見て、なんで僕が王様なんだろうなぁっとブッコローは、戴冠の儀を執り行う手筈を頭に描いた。

「もちろん王様、戦うと言ったらアレ一択ですよね!」

そうアトモス兵が目を輝かせながら言った。

「はて、アレとは?」

何もピンとこないブッコローを横目に、玉しき兵までも

「おぉ!王様の特技と言ったらアレしかないなっ!」

そういうと「準備せねば!」と二羽は仲良く廊下を飛び立ってしまった。

「一体アレとはなんだろう?」そばにいたキュリアスIR兵に尋ねると、相変わらず、いと簡単に

「おそらく※コリドールですね。」と答えた。

「コリドール!?って、僕は郁さんにも超一流国立大学出身アルバイトにも負けたけれど…」

やや弱気な感じで答えると

「でも、コリドール覇王戦を目指してプロになるとおっしゃっていましたが?」

「それは、言葉のアヤじゃーん。それは、はいはいはいはい、くらいで流してよ。」

「どちらも先手を譲ったのが悪かったのではありませんか?」

「なるほど!」

妙に納得してしまった。やはりキュリアスIRは一味も二味も違うなぁと感心してしまった。

「なら、話は早い!早速先制布告の果たし状を書くぞ!ブッコローデザインのガラスペンを用意しろ!インクはザキの※2 源光庵・血天井色借りてこーいっ!」

 達筆なブッコローは、有隣堂の社長からプレゼントされた川口さん制作のガラスペンで早速、果たし状を書いた。それを玉くずし兵に渡し配達に走らせた。

 それからは、電子メモ&ノートアプリ飛来予定である決戦の三日後に向けて、寝ても覚めてもブッコローはコリドールを死ぬほど勉強した。

 相手はどんな奴が来てもいいようにと、国王中のさまざまなトリ達と対戦し、感想戦まで行うことで、ブッコローは毛細管現象よろしく力を蓄えていった。


 決戦の金曜日、いよいよ対決を迎えるにあたりブッコローはなみなみならぬ気合いを胸に空を仰いでいた。


 気がつけば、遠い知り合いであったPの口車に乗せられて、僕は今ここにいる。ブッコローという姿が人気を博し、今では登録者21万人超えのチャンネルになった、それは心から嬉しく思う。(反面、写真撮りましょうか?とパンフェスに一人で来ていた女性に声かけて、いいですいいです。と猛然と言われた時は、結局顔出しかぁなんて、ザキや郁さんをちょっとだけ羨ましく思ったけれど…)

 初めは要領が悪くって、いつも終電で帰っていたし、特殊で変人すぎる人間の話は、毎度内容が入ってこなくて苦労もしたが、そんな人たちとの出会いも今では楽しい思い出だ。

 罰ゲームでモノマネさせてるけれど、本当は僕が一番やりたいんだよぉ、なんて。

 なんだかんだで、結構この世界が好きだ、とブッコローは感じた。人間の英知である電子メモ&ノートアプリがSDGsにハマっているのもとても理解できるのだが、書き味0.5のペン先や、擦ったとこだけ色が変わる、なんて技術に命かけてる人もいるってことを伝えるためにも、僕はこの戦いに負けられない。

 でも一発勝負は怖いから、おいでなすったあかつきには三回勝負にしてもらおうと思う。


 その時、遠い空から浮かぶ電子パッドに乗ったアザラシ達を引き連れて、こちらに向かって来る玉くずし兵の姿が見えた。彼はとんだセリヌンティウスで申し訳なかった。ごめん。

 ブッコローは右手に握る知の本に力を込めてはっきりとした声をあげた。

「よくぞ参った電子の世界の王よ。一時、決戦の前にそなたの見解を今一度伺いたい!」

 緊迫した空気の中、アザラシ達を乗せた電子パットが、地上スレスレのところで止まった。ペンタブを持っている王冠を被ったアザラシが王様なのか、電子パットからひらりとブッコローの前に舞い降りてきた。

 ブッコローが身長60cmに対して、アザラシの王は一回り小さかった。cpuは年々小さく薄くなっていくのに対して要領が飛躍的に増えているところを踏まえると、この小柄なアザラシが化け物に思えてくる。ブッコローは、気持ちだけでも大きくとより一層胸を張り、鼻から息を吐いた。

 すると「初めまして」と電子の王は若々しい声で話し出した。

「果し状をありがとうございます。こんな手書きの手紙をいただいたのは初めてで、私はとても嬉しかったです。」

第一声で切りふせられると覚悟していたブッコローは思わず「え?」と魔の抜けた声を出してしまった。※3 蓄光ペンだと言われて部屋の電気を消したら、その蓄光ペンも見えなくなってしまった時と同じくらいの「え?」である。

「お返事は電子メールになりますので、御社の広報マーケティング部に送らせていただいたのですが、届いていますでしょうか?」

「いえ、全く」

「そうでしたか、それは大変失礼を致しました。私どもは、これからの世界に先駆けていく存在として、あなた達の文具として築いた世界を尊敬しております。皆様が作り上げた世界があったからこそ、私たちが私たちの世界で活躍できると、そう感じております。」

「は、はぁ」

「つきましては、こちらの世界を見学させて頂きたいゆえを星くずし氏に伝えたところ、全く問題はないとのことで電子パットに乗れる、最大重量cpuでこうしてお邪魔させていただきました。」

 ブッコローは星くずし兵にギロリと目線を送ると、顎でこちらに来るように彼を呼んだ。

「ちょっとだけお待ちくださいね」

そうアザラシ達に告げると、星くずし兵の肩に翼を回した。

「お前、なんでそんな話になってたんだったら、とっとと帰ってきて報告しないんだよぁ!」

アザラシ達に聞こえないよう低く小さな声でそう尋ねると、星くずしは申し訳なさそうに、「電子の世界を見せてもらったんですけれど、すごく楽しくって、つい」そう言うと、彼は頭を掻いた。

 呆れて物も言えなかったが、それはそれでいいじゃないか、幸せなことじゃないかと自分を納得させた。

 力んでいた肩が緩むと、ここ数日の疲れがどっと出たのか、ブッコローはその場に倒れるように気絶してしまった。


 後日、有隣堂しか知らない世界、動画番号:176【プロが選ぶ逸品】文房具屋さん大賞2023の世界 その②が配信された。


 僕はこれからも、有隣堂の社員とゲラゲラと笑ってこのニッチな本屋をぶち上げて行こうと心に誓った。


 チャンネル登録、高評価、コメントも宜しくお願いします!




※7×7のマス目上に対面の端に立ち、それぞれの陣地からスタート。先手後手を決め、一マス駒を進めるか、手持ち8枚のフェンス(二マス塞げる)を立てるかの選択肢を1ターンごとに繰り出し、先に相手の陣地まで到達した方が勝ちというゲーム。フェンスで相手を囲ったり、進路を完全に塞いではいけないなどシンプルなルールながらも、攻守攻防の手に汗握るゲーム。

 詳しくは、有隣堂しか知らない世界、動画番号093:【目指せ覇王】知育玩具の世界(後半)をご覧ください。

 ブッコローは広報の郁さん、見学に来ていたアルバイトの一流大学出身者(女性)に「レディーファーストだから」と先手を譲っている。



※2 源光庵の血天井(げんこうあんのちてんじょう)色

有隣堂しか知らない世界、動画番号:041【〝書く″が楽しい!】インクの世界で岡崎さんが紹介しているインク。血の色が欲しくってセーラーのインクブレンダーさんに頼んで作ってもらったインク。



※3 有隣堂しか知らない世界、動画番号:112【使える!】蓄光文具の世界 の回より、初っ端からofuna glassさんのガラスペンを出して…とにかく皆んなに見てほしい動画の一つ。岡崎さん本人も「一番好きな動画」と言って笑っている。

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