第10話 燃え盛る王城
「こんにちはー、お荷物お届けにあがりましたー」
元気よく、扉を開く。
とある酒場の裏口を開けると、そこには胃を結した商店街の人々が話し合いをしていた。
おい、誰がこの場所を教えたと言葉が聞こえるが無視。
そこに見知った顔があるので手を振った。
「セビオさん!」
「嬢ちゃんか! どうしてここに」
「それがかくかくしかじかでして……」
「要点を話せ、頼むから」
セビオさんは串焼き屋さんの店主である。
税制が敷かれるまではそれなりに暮らしていけたが、売り上げに比べて仕入れ額が50%を超える。
殆ど自分の給料を取ってないサービス事業。
そこから光熱費、肉の代金、串の代金、屋台の場所代。
諸々の経費を引いたら手元に残るのは端金。
しかし税金はセビオさんから仕入れ金すらむしり取った。
これによって失業者が激増した。
それでもこの街を出ていけないのは生まれ育った街だからだ。
そのために決起しようと集まるも、武器を買う金すら無い。
そこに届けた補給物資。
出所は隣国リンツァー。
セビオは背中を押された気がした。
「じゃあ嬢ちゃんが、俺たちの気持ちを汲んでこれを?」
「必要で無いのなら勝手に処分してもらっても良いですよ。私達はかつての城下町を取り戻したい、セビオさん達の気持ちを汲んでの行動です」
「金に変えても持ってかれる。ならば使うかどうかは俺たち次第って事か」
「セビオ、やるのか? 今、ここで!」
「俺たちに勝利の女神が微笑んでくれた。このチャンスを掴むかどうかは俺たち次第だ。やるぞ!」
「「「オオッ」」」
酒場が男達の絶叫で震える。
決起の日は近い。
「あなたが幸運の女神? 地獄へ誘う魔王の間違いじゃない?」
「そこ、余計なこと言わないの」
酒場の裏口を出ると、リンツァー国からの遣いであるカーミラが声をかけてきた。
「あなたが直接手を下した方が良かったじゃないの」
「なんのことです? 私はか弱いコンシェルジュですよ?」
「召喚された勇者の間違いじゃないかしら?」
「なんのことやら……」
「それよりも、約束は守りなさいよ?」
前を行く私の肩を引くカーミラ。
その視線は蛇の様に絡みつく。
「誘致のお誘い? 随分と気が早いのね。まずはこの国の問題ごとを解決してからよ。それに誘致は一番貢献した国を優先すると言ったはずです。一番槍を貰っただけで靡くと思われるのは心外です」
「あら、そんなに強気で良いの? うちだったら特別に王家御用達で特別待遇できるのよ? 他国ではそこまで優遇してくれるかしら?」
「まぁ、魅力的な待遇ではありますが……」
「でしょう?」
「あんまり束縛されるのは嫌いなの」
「わがままね!」
「せっかくこっちの世界に来たんですもの、わがままくらい言いたいわ」
「あら、勇者であることは隠さないのね?」
「バレてる相手にムキになって隠すのもだるいのよねー」
正直疲れる。
ここ最近頭脳を使いすぎてオーバーヒートしそうだ。
そういうには小説の中でだけにしていただきたい。
一人だったら完全に病んでるやつだよ。
「そっちがあなたの素?」
「普段はお仕事だからねー。今日は休業だから接客モードは期待しないで」
手を振りながら視線を払う。
なんというか不快な視線だ。
そんな私たちの前に、立ちはだかる暴漢。
騎士崩れってところかしら?
足運びは熟練のそれ。
しかしアルコールが入っていることから隙が多い感じ。
「なぁねーちゃん。こっち来て酌してくれや」
不躾な手が、カーミラの臀部へと向かう。
「あら嫌だ。汚い手で触らないでもらえる?」
相手側へ一歩踏み込み、おさわりを回避するとそのまま軸足で相手の右足を踏み込む。
先の尖ったピンヒールだ。川のブーツの耐久性では心許ない。
この人、離れしてるなという感想を持ちつつ、仲間を呼ばれたら困るし周囲一帯の空気の振動を遮断した。
暴漢を鎮圧した方が早いけど、目の前のお得意様は横殴りを嫌いそうな気配がある。前の世界の上司と同じタイプだから、なんとなくわかるのよねー。
「いデェ!?」
「ごめん遊ばせ。私、そんなにお安くありませんの」
軸足を中心に捻りを入れ回転。
長く伸びた濡れ髪が生き物の様に蠢く。
それが男の顔に絡みつくと、あっという間に息を塞いだ。
どういう原理か、男一人を髪で持ち上げて拘束している。
「サポートは必要なかったわね」
「助かったわ。あなたがここ一帯の人払いをしてくれたのでしょう? おかげで騒ぎにならなくて済んだわ」
扇子で口元を隠しながら、ドシャと足元に昏倒した男が崩れ落ちる。
濡れ髪は力強さを失い、今は重力に従って垂れ落ちた。
「バレた? まぁどうでもいいわ」
「オフだから?」
「どうせそのうちバラすから。取り敢えずそれまでは潜伏させていただくわ」
「何か考えがあるのね」
「そんなところよ。いい加減この国のやり口にムカッ腹立ってるからねー」
「ザーツバルグも恨まれてるわねー」
「そして、今後私たちに対しておかしな真似をしないための牽制も兼ねてるわね」
「これ以上触れるのはやめておくわ」
そう言って、カーミラは帰った。
なんだかんだと気安い関係だけど、引き際はいいのよね。
逆に言えばわかりやすくて助かるけども。
◇◆◇
「なぁなんか最近蒸し暑くね?」
聖騎士東が室内温度の急上昇に不満の声を上げる。
王宮内の女中を取っ替え引っ替え。
暴力の体現者として君臨している。
誰がこの男を聖騎士と言って信じるだろうか?
「はぁ? あたしの結界がパンピーに抜かれるわけないじゃない。歳で体力へばっただけじゃないの? だっさ」
爪の手入れの集中していた聖女三藤は、文句を言ってきた東に対して悪感情を露わにした。
そもそも男を毛嫌いしている三藤。
東と一緒に行動するのさえ嫌だった。
だが行動を共にするのは理由がある。
それは金だ。三藤が自由にできる金の入手。
それがこの男といる上の一番のメリット。
尽きたら最後、お払い箱である。
ここ最近はだいぶ入手できる金が減った。
そろそろ縁の切りどころかと様子を見ている。
何そこの東と言う男、独占欲の塊だ。
三藤を所有物と思い込んでる節がある。
手こそ出されないものの、聖女の力は当てにされていた。
ある意味でその男が生きている限り自由はなかった。
囚われの姫であると自称するが、この女の極悪性を知るものは口を揃えて非難するだろう。
この女をトップに立たせるにだけはやめろと。
現にこの国がこうまで傾いた原因は三藤の金遣いの荒さにあった。
「おいおいおいおい! 燃えてんぞこの城ぉ! 一体誰だよ火をつけたのはヨォ!!!?」
そこへ駆けつけた勇者吉野。
自由気ままに王宮生活を堪能した吉野は、愛しの王女と熱い夜を過ごそうと昼過ぎから探して歩いているのだが見つからず、中庭に出たところで王城に火がついていることを発見した。
なぜかいつもより王宮内に人が少なく、違和感を感じて仲間の元へと走ったのだ。
あいにくと三人がそれぞれを仲間と信じているものはいない。
お互いの肩書きを利用しあってる関係だからだ。
「あぁ!? ジジイはこのことを知ってんのか!」
「何日も飯やってねぇからなぁ。知らね」
当然のように吉野がぼやく。
その仕事は厨房に言えと言わんばかりだ。
ちなみに課税制度が課された時点で逃げ出している。
税が課されたのは国民だけにあらず。
貴族や王族も同様に請求されたのである。
全てが三人の勇者の欲が暴発した結果だった。
「バカが、飯くらいは与えとけって言ったろうが!」
「ウッセーな半分くらいオッサンの暴力に怯えて逃げ出したのが問題じゃねーか!」
「ったく口だけは達者なガキだ。お前だって城中の女に手をつけて回ったろ?」
「そりゃ俺は勇者様だぜ? 将来有望な子種を残すのは役目じゃねーか」
胸を張る吉野だが、何も成し遂げてない勇者の種を欲しがる女などいないことを理解する頭はなかった。
勇者だから無条件に優遇されると信じて疑わない愚かさを見せつけている。
「チッ、バカは扱いやすいが馬鹿すぎるのも面倒だな!」
「誰が馬鹿だって?」
「お前だよ、馬鹿!」
男共が喧嘩をする。三藤はそれをうんざりしながら視線を窓の外へとやった。
当分熱が払われる様子はない。
「ちょっと外の風に当たってくるわ」
そこで三藤が席を立ち上がる。
「あ? テメェ一人で逃げる気か?」
「火を消してやろうって言ってんの。どうせあんたたち騒ぐだけで何もしないでしょ?」
「まーな」
「俺はその分野が得意なやつを探そうとはしてたぞ?」
「それっていつまで経っても終わらないやつじゃない?」
この三藤の言い分に反論できるものはこの場にいなかった。
「熱っつ。全く誰よ。人様の城に無断で火をつけるバカは……」
三藤は使えない男たちに恨み言を吐き捨て、誰もいなくなった王城から城門へと向かう途中一切の身動きがとれなくなった。
「誰!」
「これはこれはお初にお目にかかります。ザーツバルグ国の勇者様」
室内の影が伸びると、それは人の形に姿を変えた。
「国の名前を出すってことは他国ね? この火はあなたの仕業?」
「さて? 私がきた時には既にこの有様でありました」
「しらばっくれるつもり?」
三藤は周囲に魔力を漲らせた。
普通ならこれでムカつく高速は解けた。
しかし……
「おやおや、涼しい風ですな。この中は蒸し暑いですからね。助かります」
謎の襲撃者の拘束が緩まる様子は見えない。
「何が目的?」
「脅威の排除にございます」
「ッ! 私が聖女と知っての狼藉?」
三藤は自分がそのリストに名を連ねてる可能性があると考慮して、肩書きを使って取り入ろうとした。
聖女といえば国防の要。自分は誰よりも優れている。
だから他国は自分をきっと欲しがると高を括っていた。
「あなたが問題の聖女でありますか。残念ながらこの程度の防衛力で聖女とは……お飾りの
「舐めた真似を! 東、吉野! 狼藉者よ!」
こうなったら奥の手と、暴力を振るうことでしか役に立たない仲間を呼ぶが……
「お探しの相手はこの方達でしょうか?」
いつの間にか足元に転がされていた仲間たちの姿に目を剥いた。
頭こそ悪いが、腕力にかけてはこの国随一だと思っていた相手を、まるで赤子でもひねるように縛り上げられていたのである。
自身の安全神話が完全に崩れ去り、三藤は尻餅をついて後退った。
「なんで? いつの間に!」
「本当に、この程度で国を支配しているとは笑ってしまいます。勇者だからとお遊びが過ぎましたな」
老年の暗殺者の拳が三藤の体をくの字に曲げた。
「ミッションコンプリート」
「本当に拍子抜けね、せっかくの防衛施設も機能しなければ置物と一緒ということを教わった気分よ」
「全くにございます。して、かの賢者様は?」
「フィナーレを飾ると息巻いていたわ。要するに、うまいところを全部持っていくつもりよ。尻拭いをこっちに押し付けて」
「女狐でございますな」
「本当に、そのポジションは私が居座っていたのにね」
影の中から現れた人物はカーミラだった。
聖女三藤を退けた相手はクラーフである。
生き残ったダンピール族の主従は、影の中に潜り、安全圏へと避難した。
この国の滅びを象徴するように、日光を阻む強大な岩陰がザーツバルグ城に大きな影を落としたからだ。
◇◆◇
その日、地図上から一つの国が物理的に消えた。
しかしそれほどの災害がありながら死傷者は0人。
王族やそれに連なる者は謎の失踪を遂げており、各国の首脳達はこの件を重く受け止めた。
かつて国があった場所には、大きな岩が鎮座している。
大きく陥没した地盤の底に、たくましく暮らす人たちもいたとかいないとか。
奇跡的に危機を逃れた人たちは難民となり、他国へと流れていく。
その中の一団の一つに、やたらと目を引く集団の姿があった。
「いやぁ、スッキリしたわー」
「あれやったの茉莉さんなんですか?」
「どうしてそう思うの?」
「だって一人だけ明らかにテンションおかしかったですし。凛は怖がってました」
「ぶるぶる」
口でぶるぶる言ってる凛ちゃんがかわいい。
「まぁねー、自分でもやり過ぎたと思うところはあるわ」
「力を隠してたことですか?」
「うんにゃ、そっちはもうバレてるじゃん?」
「まぁ、おかしいとは思ってましたよ。冒険者のお話を聞いてても、魔法の同時操作なんて魔法使いにはできないと言ってましたし」
「だよねー。温水シャワー出しながらお香を炊いてエアコントローラーも同時に行えばおかしいと思われるわ」
「でも、それが当たり前になってた私たちもいます」
「ないと、暮らすのもたいへん。茉莉さんに、助けられてた」
「そう言ってくれると助かるわー。こう言う細かい頑張りって気づいてくれる人あんまりいないの。やって当たり前だー、自慢するなーってお小言ばっかり」
「よしよし、よく頑張りましたねー」
「うわぁあん、つかれたもぉん!」
なんだかんだ甘えさせてくれるキサラちゃん好き。結婚しよ。
「そろそろリンツァー領に到着するから、その漫才やめてくれる? 紹介する身にもなってよ」
「ぶーぶー」
「ダメですよ、茉莉さんちゃんとしないと」
「あうあう」
空気の読めないカーミラに咎められた。
まぁいいけどね。なんだかんだ私の恩人のほとんども含めて引き取ってくれると言ってくれたリンツァーを新しい仕事場とするのだから。
ガタガタと揺れる馬車の旅はお尻には拷問もいいところだけど、筋肉疲労は凛ちゃんのマッサージでなんとかなる。
窓の風景の先には、断崖絶壁に守られた幻想的なお城があった。
うーん、ファンタジー。
「ようこそ、リンツァー国へ。あなたの来訪を我が国は歓迎するわ」
カーミラからの掛け声に、私達は新しい生活の息遣いを感じ取っていた。
最初この世界に呼び出された時はどうなることかと思ったけど、なんだかんだ楽しいことになりそうだ。
fin
社畜OLの賢者様〜ストレス溜まりそうな職場からおさらばして悠々自適な暮らしを送る〜 双葉鳴🐟 @mei-futaba
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