第9話 終局へ向かう一手
「あなた!」
「カーミラか。で、視察の程はどうだっ……」
執務中のミハエルは妻の声を聞いて振り返り、続く言葉を失った。
「カーミラ……なのか?」
「見違えた、かしら?」
「びっくりしたよ。女神が現れたかと思った」
「お世辞でも嬉しいわ」
「世辞抜きで美しいよ」
思わず席を立ち、抱き止めるほどにミハエルは胸の鼓動が止められずにいる。
今までのカーミラに対し、こうまでドキドキすることはなかった。
執務中であるにも関わらず、見惚れてしまった。
すっかり瞳を奪われてしまって仕事が手につかない。
「視察先で?」
「ええ、腕のいいエステティシャンが居たの。私ったらすっかり仕事も忘れて満喫しちゃったわ」
「流石にそれは困るな」
「でも、アレはすごいわよ? 私のみならず、他国の間者と思われる人たちも骨抜きにしてた」
「誰が居た?」
「変装はしてたけどアレはおそらくハーベル聖教国の聖女リティス。そして北方のゼリツァー共和国の女王ミネバ」
「そんな大物がお忍びで?」
「女の美容にかける執念を甘く見てはダメよ? アレを一度知ったら今までの化粧品は全て欠陥品に見えてしまう」
「そんなにか?」
「そんなによ!」
ミハエルは妻が美容にどれだけ資金を投資しているかを知っている。
今でこそ容姿は整ったが、嫁いで来た時はそれはもう酷かった。
生まれこそ王族でありながら、病弱だった為に寝たきりで骨に皮が張り付いていた。不健康が過ぎて肌も青白く死人の様だった。
しかし今の彼女は別人だ。
肉つきは良くなり、血色も良い。
「分かった。その者をウチで雇い入れれば良いのだな?」
「それはそれで他国に禍根を残しそうなのよね」
「各国の用心が贔屓にしているのだったな」
「ええ、それと。そのエステティシャンの背後に賢者の影をとらえています」
「賢者! なぜザーツバルグの決戦兵器がそんなところに!」
カーミラはそれこそ見当もつかないと首を振る。
「分からないわ。でもあれほどの同時魔法術式。ただの魔法使いには扱えない!」
「君の眼で見ても異様だったのかい?」
カーミラはミハエルの腕の中で頷いた。
ダムピール家の魔眼は目に見えない魔力の奔流が色によって現れる。
水属性なら青、火属性なら赤、風属性なら緑、光属性なら黄、闇属性なら紫。
魔力の込められた強弱で色の濃度が変わって見える。
そんな魔眼で濃度の強いカラフルな景色が網膜を通じてカーミラの元に届いたのだと言う。
ミハエルを持ってしてもそれが異常である。
「しかしそうなると困ったな」
「はい」
その存在がザーツバルグにあるウチは、戦争を仕掛けられない。
それは各国もまたそうだろう。
その上で仕掛け人が賢者となれば……此度の賢者は違う意味で手強いな。
「ですが、もし招き入れのお考えがあるならばとこれをお預かりいただいてます」
「手紙?」
「はい、例の賢者と思われるコンシェルジュから手渡されました」
「中身は?」
「確認済みです。私は飲んでも良いと思いますが、ミハエル様の指示を仰ごうかと」
「ふむ」
ミハエルはすでに封を切ってある手紙の内容に視線を落とし、記された内容に衝撃を受けた。
「これは誠か?」
「賢者曰く、当代の勇者はかなり問題行動が見られるとの事です」
「鵜呑みにするには情報が足りないが……カーミラは乗っても良いと?」
そこに記されていた情報は、国に対して反乱軍の結成がされていること。
主な理由は突然の増税。
その原因となるのは新たに召喚した勇者、聖女、聖騎士にあるとの旨だった。
そして賢者率いるエステティシャンは亡命を求めている。
ひいては反乱軍への出資、あわよくば攻め落としてくれた国に移籍しても良いと言う条件が記されていた。
この書き方であれば、リンツァーだけに及ばず他国も動くと見て良いな。
妻が乗り気なのは立地的にリンツァーが近いから、勝ち馬に乗るなら今であるとの進言だ。
「確かにザーツバルグに頭を抱える国は多い。どうせ責めるなら競合国の少ないうちに出資せよとのことか?」
「反乱軍への出資であれば、我が国の兵士は疲弊しません」
「だが無駄に浪費すれば冬も越せぬぞ?」
「お金の心配ならする必要がございません」
「そのエステティシャンを匿えば、金などいくらでも手に入ると?」
「左様にございます」
「一歩間違えばリンツァーもザーツバルグの二の舞になるかもしれないとの恐れもあるが……」
「私の代では決して手放しません!」
「分かった、クラーフ」
「ハッ」
「ザーツバルグ向けの輸出品を多めに見繕ってくれ」
「敵に塩を送るので?」
「それを有効活用する者がいる。カーミラ、その者の特徴は?」
「私も同行致します。案内しましょう」
またそのエステティシャンにかかろうと言う下心が透けて見えた。
美しくありたい気持ちはわからぬでもないが、その相手に少しだけ嫉妬する。
後ろ手を引き、小言を漏らす。
「あまり無理をするな、君の体はもう自分一人だけのものではないのだぞ?」
「私を今までの病弱な私と同じだと思わないでくださいまし」
「そういう事ではない。長旅で帰ってきたばかりであろう? 今日は休んで旅先の話を聞きたいと言ってるんだ」
「ふふ、そういう事でしたか。安心なさってください。今日中に旅立つことはありませんよ」
「ならば、良いのだ」
会ってからずっと、カーミラのことが気になって仕方のないミハエルであった。今日はきっと仕事が手につかないな。
当代の賢者に恨み言をこぼしつつ、書類の山に向かった。
◇◆◇
「ふんふんふふーん♪ 」
受け取った書類に目を通し、私は鼻歌混じりにステップを刻む。
リンツァー国が一番乗りで名乗りを上げてくれたのだ。
昨日のお客様の中で国の用心と思しき相手にそれっぽく唆す手紙を送ったが、一番早い反応をくれたのがリンツァーだ。
どうやらあのお客のうち、誰かが権力者に近しい者だった様だ。
「随分とご機嫌ですね、茉莉さん」
「そうねー、さっきお手紙でうちの国に来てエステサロン開きませんかー? って誘致のお誘い来ちゃったのよねー。お受けしようか迷ってる」
「え、すごいじゃないですか。じゃあここの土地からは離れちゃうんですか?」
勇者として召喚されてここにいるけど、ぶっちゃけこの国に対して恩義もなんもないからねー。
王様もブラックな仕事押し付けてくるし、あの三人組とは仲良くできる気がしない。
「でもお得意様とかいるしどうしようかなーって」
「ですよねー、サザーランさんや串肉屋さんにはお世話になりましたし」
「うん、うん」
「そうなのよー」
わざとっぽく話をふれば、キサラちゃんも凛ちゃんもそのことを気にかけてる様だった。今でこそお金に困らない生活を送れていたが、その二名からの親切があるからこそ。
「でも最近治安も悪いしねー」
「確かに城下町に粗暴な人増えましたよねー」
「うん、うん」
そうなのだ。
増税した日を皮切りにまともに商売している人が国を離れ、裏稼業の人がのさばった。国の騎士団は機能しておらず、きっと足並みも揃ってない。
あの三人組が自分より弱い相手に給料をまともに払う筈がない。
騎士崩れが街に流れ込んだという情報もある。
私が思った以上に崩壊は目に見えていた。
反乱軍の設立は噂で聞く程度。
そこへ私は仲介人を買って出た。
「そこのあなた!」
「ああ、先日の」
「持ってきたわよ、例のブツ!」
先日つっかかってきた面倒な客が、笑顔で手を振りながら問題発言をした。
「茉莉さん、ブツってなんですか?」
「あはははははー、なんだろうねー?」
私はすっとぼけ、キサラちゃんから熱視線を浴びた。
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